第18話 8月22日、メリルの念願(続)
メリルと私と黒猫は、取りあえず、もと来た道を戻りながら道行く人にレンタルボックスの行き先を尋ねた。そして、四つ辻の交差点まで戻って来たところで、
「それなら、アルル寺院に行ってみたらどうだい。確か、レンタルボックスの親会社がアルル寺院と関係があったと聞いたことがある」
と、教えてもらうことが出来た。
「そのアルル寺院ってどこでしょうか?」
と、私は訊いた。
アルル寺院はそんなに遠くはないらしかった。メリルと私と黒猫は、ちょうど登山電車で来た道をひとつ戻るかたちで、教えてもらった方向を目指した。アルル寺院はすぐわかった。
アルル寺院の僧侶らしき人物が、レンタルボックスの新しい落ち着き先を教えてくれた。私たちが降りた駅のひとつ手前の駅らしかった。親切にも、私たちはレンタルボックスの経営会社まで教えてもらうことができた。
「駅からここに来ただけでも、すでに短くはない距離を引き返していると思うから、このまま歩きましょうか」
と、線路に沿うように伸びた道路を私たちは再び歩きはじめた。
時刻はとっくに正午を過ぎていた。私はさすがに空腹を覚え、これはそろそろやばい、と黒猫に目をやった。ただでさえ挑発的で喧嘩っ早い黒猫は、お腹が空くとさらに攻撃的になる。しかし、周辺に空腹を満たせそうな店は見当たらなかった。私たちは、黙々と歩いた。
もう、相当の距離を歩いたように感じ、
「ここに来る途中、レンタルボックスらしきものは見えなかったわよね?見過ごしたりはしていないわよね?」
と、私は心配になって、メリルと黒猫に訊いた。
「はい、多分…」
と、メリルも自信なさげに答える。
「この道路沿いだって聞いたんだけど…」
と、私が言ったその時、黒猫の耳がぴんと立って
「こっちよ」
と、言った。
メリルと私は、今歩いてきたばかりの道を引き返すように黒猫のあとを追った。
数メートル進んだ先で、黒猫が立ち止まった。
神経を研ぎ澄ますように一瞬辺りを見回した黒猫が、
「やっぱり、ここ、この辺よ」
と、念入りに道路脇を辿った。
「見つけたわ!」
と、黒猫が叫んだ瞬間、鬱蒼と茂る木立に隠れるようにレンタルボックスが現れた。
二棟になって置かれていたボックスは、ここでは四棟に分かれて置かれていた。
メリルは、やっとハリスのいたボックスにまで辿り着いたのだという喜びを滲ませた表情で、四棟を端から端まで、確かめるように歩いた。
「きっと、ハリスの借りていたボックスは、これじゃない?このボックスの前に立つと、ビリビリと電気を感じるのよ」
と、黒猫がまるで、警察犬が嗅覚で追うようなしぐさで、電気の感触を追った。
「間違いないわ。やっぱり、これ」
と、再び黒猫が指さしたボックスの前に、メリルは立った。
そして、
「そう言えば、サングラスがないって言ってました」
と、メリルが言った。
ハリスの葬儀の時、ハリスが肌身離さず大切にしていたサングラスが見当たらないと次女が言っていたことを、急に思い出したとメリルは言った。
「発見時に、このボックスのなかに置きっ放しにしたままってことはない?」
と、私は言った。
メリルは、さっきアルル寺院で教えてもらった経営会社の番号にすぐ電話をした。
しかし、13年も前のことで資料は残っていないし、その当時勤めていた人は誰も残っていないのでわからない、との返答だった。
まあ、仕方がないわね、と私が慰めるように言うと
「でも、訊くだけは訊けたので、なんだかすっきりしました」
と、メリルは言った。
「ずっと知りたかったんです。ハリスの最後の場所…」
メリルが呟いた。
ハリスが亡くなる10年程前、ハリスとメリルはちょっとした諍いのようになってしまった。その後会うこともなく、そのまま絶縁状態になった。そして、思いもかけず、ハリスは死んでしまった。仲直りも出来ないままで。
「だから私、今までここに来る勇気がなかったんです。ハリスに嫌われたままだからって」
と、メリルが言った。
と、その時、黙って聞いていた黒猫が突然、感情を露わにして言った。
「自分はハリスに嫌われている、ですって?何言ってんのよ!あんた、馬っ鹿じゃないのっ!ハリスがメリルを嫌ってたなら、どうしてここに辿り着けたのよ!」
元をたどれば、メリルの家を訪れた時、黒猫がハリスの写真を見ていた時だ。
「あの時だって、写真の裏が気になるようにインスピレーションを送ってきたのはハリスよ。今日だって、ハリスが何度も、こっちだ、こっちだ、って呼ぶ声を私は聞いて、ここに来れたんじゃない」
「ハリスがメリルをここに連れて来たのよ。ハリスだって、今頃後悔しているわ、お姉ちゃんと仲直りしとけばよかったって」
と、黒猫が言った。
メリルは、まるで霧が晴れていくかの様な表情で静かに涙を流した。
そして、
「ハリス、教えてくれて有り難う。ここに連れて来てくれて有り難う」
と、手を合わせた。
「はーいっ、感動的な姉弟の再会はそれくらいにして。お腹が空き過ぎて、さっきから私ご機嫌斜めなの」
と、黒猫が言った。
「やっぱりね。さっきのメリルへの雄叫びは空腹も手伝ってるわね、きっと」
と、私が笑うと、メリルも笑った。
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