第17話 8月22日、メリルの念願
その日、メリルと私と黒猫は、早朝から電車を乗り継ぎアルペンタに向かった。
アルペンタの北部はかなりの標高で、最後に乗り継いだ電車は登山電車だった。
車窓から流れる景色は、都会の喧騒から離れ連なる山々を目指す。山裾を流れる川、その奥に見えるダム、生い茂る木々。
「のどかな田舎ね」
と、私が言った。
「ほんと。確かに、ハリスが好きそうなところです」
と、メリルは言った。
ハリスの名刺に印刷されていた住所の最寄り駅はもうそろそろのはずだと、私は注意深く車窓の流れに目をやった。
さっきまでののどかな田舎風景から閑静な住宅街へと景色は変わり、ショッピングセンターと併設された駅に降り立った。
「さあ、捜索開始!と言ったって、右も左もわからないわね」
と、私は、メリルが大事そうに持参したハリスの名刺の住所をあらためて見た。
「まずは、駅員さんね」
と言って、私は改札口にいる駅員さんに駆け寄りハリスの名刺の住所を見せた。
「この地名があるのはこっち方面だとしか、わからないらしいわ」
と、言って、取りあえず私たちは南出口を抜け、駅員さんが示した方向を目指した。
「メリルは、レンタルボックスの目印になるようなものは何も知らないのね?」
と、私は訊いた。
「はい、実は一度だけ、13年前に来たことはあるのです。その時は、何時間も車に揺られて……。でも、土地勘もなく、おまけに車の運転も出来ない私は、ここがどこかもさっぱりわからなくて…」
その時は、ハリスの弟であるロンド家の次男と、三女、父親も一緒に、次女が運転する車に乗り合わせて来たという。長女のメリルを含めて家族五人が揃ってハリスの亡くなった場所に手を合わせたのは、その時が最初で最後だとメリルは言った。尤も、家を飛び出した母親を除いて。
「車を降りてからの景色は覚えているのですが…」
と、メリルは申し訳なさそうに言った。
四つ辻の交差点に差し掛かった。
「さあ、困ったわね」
と、私が辺りを見回していると、
黒猫の耳がぴんと立って、言った。
「多分、こっち」
メリルと私は、黒猫のあとを追うかたちで歩を進めた。
駅から遠ざかるにつれて、寂びれていく一本道を三人は黙々と上っていった。
道路脇に古い民家や田畑が広がりだした。
「あっ、この道です!間違いありません。車の窓から見た風景です」
と、メリルが言った。
「多分、この近くです。もうレンタルボックスが見えてくるはずです」
メリルが、自分の記憶を手繰り寄せるように小走りに進んでいく。
「ここです!確か」
メリルが、一本道から右脇にひろがる空き地を指さした。
そこには、雑草や木々が荒れ放題に伸びた空き地があった。殺風景なその場所は、いかにも所在無さ気に佇んでいる、といった雰囲気だった。
「でも、レンタルボックスがなくなっています…」
と、メリルが途方に暮れたように言った。
「メリル、確かにここなのね」
と、私はメリルに訊いた。
「はい、間違いありません。この風景だけははっきり覚えています」
と、メリルは言って、空き地の奥まった場所に進んで行った。
そして、二棟のレンタルボックスが、この辺りに並んでいたはずだと言った。
「ハリスの亡くなったボックスは、奥の棟でした。確か、この辺りだったと記憶しています」
と、ハリスがいたボックスが置かれていただろう場所を指さしてメリルが言った。
「まあ、13年も前のことだから状況が変わっていても無理はないわね」
と、私が言った。
暫く、私たちはそのレンタルボックス跡の空き地を眺めた。
「ボックスは無くなっていますが、でも、この場所に来れました。ハリスが最後に生きていた場所を、やっと見つけることが出来ました。それだけで充分です」
と、メリルが泣きながら、ハリスのいたボックスが置かれていただろう場所に手を合わせた。
私と黒猫も、ハリスに手を合わせた。
と、その時、目の前の一本道を上ってくる老人に、黒猫が小走りに駆け寄った。
「すいません、以前、この空き地にレンタルボックスがあったはずなんですが、どこに行ったのかご存じじゃないでしょうか?」
と、黒猫が訊いた。
さあ、在ったには在ったが、どこに行ったかはわからない、と老人は言った。レンタルボックスが姿を消してから、もう数年は経つという。
ありがとうございました、と私たちはお礼を言った。
「せっかくここまで来たんだから、探すわよ。レンタルボックス」
と、黒猫が言った。
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