第16話 8月20日、ジミーの言葉の意味
「見ないといけない。団結が見たい」
ジミーの言葉を繰り返しながら、私は首をひねった。
「メリル、ジミーが見ないといけないものって何だと思う?」
メリルも、黒猫も、思案顔だ。
「団結がみたいって…団結って何かしら?」
と、私が呟いた。
あっ、とメリルが声を上げて、
「家族です、きっと!」
と、核心を得たように言って、続けた。
メリルは、弟ハリスの死によって、自身の来し方を振り返ることができた。ハリスのおかげで、親族との絆をとり戻すことが大切だと気づかされた。メリルは、きっと自分だけではなく、残された家族も皆そうだと信じて疑わなかった。だからこれからは、ハリスの供養のためにも、皆で手を取り合って生きていけるのだと。しかし、現実は違っていた。家族の刹那的な生き方が変わることはなかった。どんなに言葉を尽くしても、メリルの声が家族の耳に届くことはなかった。
「あの人たちにとっては、ハリスの供養なんてどうでもいいんです」
メリルは、この人たちにとってハリスの死は、ただの現象でしかないのだと思った。ただ、“死んだ”というだけの現象。
本当の意味で、“ハリスの死”は見えていないのだと。いや、見ようとしていないのだと。
「ハリスの死を見ようとしないこの人たちは、そもそもハリスの死と向き合っていないんだ、って思いました。だから、考えないし、気づかないし、変わらないんだって」
人は、向き合うから、考えることが出来る。考えるから、気づくことが出来る。気付くから、変わることが出来るのではないでしょうか、とメリルは言った。
「そして、それはロンド家に限ったことではなかったんです」
その後ジミーの死を知り、メリルは、カーチス家の悲しみは如何ばかりかと思うにつけ、胸が痛んだ。その、ジミーを亡くした悲しみも癒えないまま、追い打ちをかけるように、今度はロイが帰らぬ人となったのだ。メリルは、今まで以上に故郷に足繁く帰った。愛する肉親を失くす苦しみ、悲しみを知っている私だからこそ、カーチス家に寄り添ってあげられる、メリルはそう思った。
「そして、ハリスだけじゃなく、ジミーやロイのためにも、ロンド家とカーチス家が、親族として信頼と絆をとり戻していかなければと思いました」
しかし、現実は違っていた。カーチス家とロンド家の間に横たわる蔑みと軽蔑が消えることはなかった。メリルの言葉は、ロンド家のみならず、カーチス家の誰の耳にも届くことはなかった。
「カーチス家の全員が、ジミーの死を、ロイの死を見ていませんでした」
メリルには、カーチス家の人々が二人の死を見るどころか、死に背を向けている、としか思えなかった。ジミーを奪った、ロイを奪った“死”に、ただ怯え恐れ、何も考えないように外に追いやってしまっているとしか。ジミーのことも、ロイのことも忘れたように。
「田舎に帰っても、誰も二人の話題には触れません。まるで語ってはいけないことのように。ジミーの死も、ロイの死も、なにもなかったかのように」
メリルは、心痛な面持ちで一旦沈黙し、
「見ないと、いけない。そのジミーの言葉は、まさに私の言葉でもあります」
と、言った。
「成るほどね」
と、私は呟いた。
「じゃ、ジミーの、団結がみたいって言うのは…」
と、黒猫が言いかけた言葉に
「そうです。家族の団結がみたいってことだと思います」
と、メリルが応じるように言った。
「はあー、そりゃ果てしなく難しそうね」
と、私が言った。
その時、黒猫の耳がぴんと立った。
「しっ、ハリスよ、ハリスが何か言おうとしてる」
黒猫が、何色かの文字色でハリスがおろしてきた言葉をなぞった。
「救え…聞こえていただろう…泣いているのが……。一番に弟…期限は9月13日…」
と声に出して、あらためて
「家族を救えって言っているみたい。一番に弟に会いに行けってことじゃない?弟に会いに行く期限は9月13日だって」
と、黒猫が言った。
「ハリス、わかっていたわ。行くわ、必ず」
と、メリルがハリスに応えるように言った。
「9月13日には意味があるの?」
と、私はメリルに訊いた。
「わかりません。でも、行けばわかると思うんです」
と、メリルは言った。
そうね、と私は頷いて
「ジミーは家族の団結が見たい、で、ハリスは家族を救え、な訳ね」
と、私が言うと
「死んでも、家族の心配をしているんですね、ジミーもハリスも」
と、メリルが言い、思い出したように
「あっ、そう言えば、キッシュさんにはハリスが見えるんですよね。ハリスは今、どんなでしょうか?どんな姿をしていますか?教えてください」
と、キッシュに訊いた。
「そうね、あの無精ひげを生やして、やんちゃそうに笑っている写真そのままよ。なんなら、着てるスーツまで」
そう黒猫が答えると
「そうですか、亡くなった時のままなんですね」
と、メリルは懐かしそうにハリスの姿を思い出しているようだった。
「幽霊だと歳もとりようがないんじゃない、時が止まっているんだから」
と、黒猫が言った。
「じゃハリスは、ロイやトムのように黒くないってこと?」
と、私は、はたと思いついた疑問を投げてみた。
「黒くないどころか、まるで生きている人間と同じ姿よ。あえて言えば、体の周りに透き通るような光の膜をまとっているかどうかの違いね。それがなかったら、幽霊だってことを忘れるところだったわ」
と、黒猫が言った。
「まあ、そうですか」
と、メリルは感慨深げに頷いた。
「じゃ、ついでに訊くけど、ジミーはどうなの?黒い首なの?」
と、私の問いに、
「ジミーは黒くないわよ。黒くないから余計に生々しい生首なだけ」
と、黒猫が答えた。
「死んだ後に、黒くなる人と、黒くならないで白いままの人がいるって、何が違うのかしら…」
誰に訊くともない私の呟きに、メリルも黒猫も黙っていた。
「どちらにしても、私、もう一度家族と向き合ってみます。ハリスやジミーのためにも」
と、メリルが意を決したように言った。
「出来るだけ早くしてね。ジミーへの体の貸し出しが長くなるのはごめんよ」
黒猫が言った。
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