第15話 ジミー・カーチスの滞在(続)
と、その時、黒猫が叫んだ。
「帰って来てるーっ!生首ーーーっ!」
メリルと私も驚いて、昨夜、ジミーの生首が座っていたソファに視線を投げた。
「そこじゃないーっ!目の前よ!」
と、黒猫はのけ反った。
いつの間にどこから戻って来たのか、ジミーの生首がまさしく今、自分の話題で持ちきりの三人の真ん中に陣取るように、宙に浮かび上がっているというのだ。
メリルも私も、慌てて黒猫の視線の先に目をやった。が、幸か不幸かメリルと私には見える筈もなく、宙を眺めただけだった。そして、
「今、ここに、ジミーの生首がいらっしゃるのね」
と、呟くに至った。
「戻って来たってことは、帰れなかったってことかしら?」
と、私が言った。
「ハリスの馬鹿っ!ハリスが置いてけぼりにするからよ!」
と、黒猫はまたもや鼻息が荒い。
私は、言った。
「メリル、キッシュ、祈るのよ。ロイやトムの時のように。きっと、うまくいくわ」
祈りの言葉は、ジミーが失くした体を見つけて無事に帰れますように、だ。
「さあ、いくわよ!」
と、私は号令をかけた。
私は、前もって決めておいた言葉で祈りだした。
すると、ジミーが現れた。ジミーは首だけでなく、胴も足も最初からついている。ん?…やっぱり失くしたわけじゃないのかしら?
それなら、帰るべき場所に帰れますようにだ、と思い直し、またジミーに話しかける。
ジミー、白い道があるはずよ、白い道を進んでいけば帰れるはずよ。
しかし、ジミーは明るい日差しのなかで笑っている。穏やかに。
道に迷っているのではないよ、というように。いつまでも、笑っている。
その時、
「もう、無理!」
という黒猫の声で、祈りは切られた。
「話が違うじゃない!ジミーったら笑っているだけ。祈りが通じないんじゃない」
と、黒猫が言った。
「ジミーには、他に目的があるのかしら?」
と、私が呟いた。
「何か言いたいことがあるんじゃないでしょうか?」
と、メリルが言った。
「でも、どうしたらいいのかしら…」
と、またもや、生首を前にして途方に暮れそうになった時、
「ねえ、キッシュ。何とか、ジミーと話せる方法はないの?」
と、私は訊いた。
「はい、はい、そうでしょうとも。そう来ると思ってました。私が、ジミーに体を貸せばいいんでしょっ!」
やけくそ気味の黒猫の答えが返ってきた。
私は、いや、決してそんなつもりじゃ、と思いつつ
「頼むわ」
と言った。
まるで煙草を一服吸うような仕草で、ジミー、いや、ジミーの生首を吸った黒猫は
「それで、何から聞くの?」
と、言った。
私は、ロイ・カーチスの時の要領で、1、2、3…と3つ数え、ジミーへの聴き取りを開始した。
「ジミー・カーチスね。私はリンダよ、ご存じね」
と、私はジミーに語りかけた。
「ジミー、どうして、首だけなの?体はどうしたの?」
ジミーは黙ったままだ。
「どうして、首だけで来たの?何か意味があるの?」
しかし、ジミーからの返答はない。私は、首への疑問は一旦忘れることにして質問を変えた。
「ジミー、何か伝えたいことがあるの?」
すると、ジミーの唇がゆっくりと動いて
「見ないと…いけない」
と、言った。
「ジミー、見ないといけないって、何を?何を見ないといけないの?」
ジミーは何か言いたそうだが、うまく表現できないのか、唇を微かに震わすだけだった。
「ジミーは、見たいものがあるのね?それを教えてちょうだい」
しかし、ジミーはうまく言葉に出来ないようだった。
私は、またもや質問を変えた。
「ジミー、帰ることが出来ないの?」
ジミーは黙っている。
「じゃ、帰れないんじゃなくて、帰らないのかしら?」
と、私は訊いた。
ジミーの瞳が頷くように動いた。
「ジミー、帰らない理由は何なの?教えてちょうだい」
すると、ジミーが言った。
「団結が…みたい…」
ジミーとの交信はそこで切れた。
遠のいていた意識をとり戻した黒猫は、疲れた、と言った。ロイに体を貸した時も、確かに衰弱していた。
大丈夫?と気づかう私に、休めば落ち着くわ、とキッシュは答え、ソファに体を横たえた。
「キッシュのおかげで、ジミーが帰れないんじゃなくて、帰らないんだってことだけはわかったわ。ジミーは、自分の意思でここに居るのよ」
と、私が言った。
「ジミーは、生首のまま居るんでしょうか?」
と、メリルが訊いた。
「さあ、あえて首だけの姿で来た意味はわからないままだしね」
と、私が答えた。
と、その時
「仕方ない。気乗りはしないけど、当分ジミーに体を貸すわ」
と、ソファから体を起こしながら黒猫が言った。
「生首のままうろうろされたりしたら、こっちがたまったもんじゃない。リンダ、その代わり、当分厄介になるわよ。当然じゃん!生首と二人で生活するなんてまっぴらよっ!」
と、黒猫が言った。
「ジミーがご厄介になるなら、私も出来るだけのことをします」
と、メリルが頭を下げた。
またまた妙なことになってしまったと、私は苦笑するしかなかった。
こうして、黒猫との奇妙な共同生活がはじまったのだ。いや、正確に言えば、ジミー・カーチスも含む共同生活が。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます