第14話 ジミー・カーチスの滞在
深い眠りから覚めたような感覚で、私は天井を眺めた。この数日の出来事が走馬灯のように駆けめぐり、体の奥深くに、柔らかく甘美なものが波打っていることを感じた。
私は、至福のモーニング珈琲から一日を開始するためキッチンに立った。出窓から見える街路樹の葉が、太陽の光を浴びてきらきらと輝いている。私は、この家が好きだ。朝の日差しがそそぎ込むキッチン。一日のはじまりを歌う鳥のさえずり。爽やかな風が吹き抜けるリビング。真っ赤に輝く日没を見届けるように大きな窓がある西向きのベッドルーム。
コトコトとお湯の沸きあがるのを待ちながら、私はすっかり忘れていた現実に引き戻された。
ジミーは? ジミーの生首は?
私は、慌ててリビングのソファを確認した。クリーム色のカバーが、誰も座っていないことを知らせるように佇んでいた。しーんと部屋は静まり返っている。
私は、淹れたての濃くのある苦みを確かめながら、あらためて思考をめぐらせた。
ロイ・カーチスが白い道を見つけることができて、いくべきところに往ったこと。
トム・グリーンが、生前に抱えていた孤独から解き放たれて、あたたかな愛の小宇宙へ包まれていったこと。そして、ハリスが現れたこと。ジミーを連れて……。
私は、人生の難問を課された生徒のような気分になって、
「はい、先生!課題が難しすぎてわかりません!」
と、手を挙げて言ってみた。
「誰か、教えてーっ!」
もう、お手上げよ!と、思っていたところに黒猫がやって来た。
玄関に入ってくるなり、
「ジミーは?生首は?」
と、訊いた。
「さあ、いらっしゃらないみたいよ、私には見えないけど。静かだもの」
と、私は言った。
まっ先にソファを確認した黒猫は、
「やったーっ!ジミーが帰った、帰ったーっ!生首、消えたーっ!」
と、万歳でもするように両手を挙げて叫んだ。
「これで一件落着ね!リンダ、祝杯がわりの一服を吸うわ、とびっきり美味しい珈琲を入れて!」
やれやれと苦笑しながら、私は注文通りのとびっきり美味しい珈琲を黒猫に差し出した。黒猫は煙草の煙をくゆらせながら、煙草と珈琲って最高の相性よねと、さも満足気に呟いた。
「本当に帰ったのかしらね?」
と、私は誰に訊くともなく言った。
「そりゃ、帰ったに決まってるでしょうよ。ここに居たって、どうしようもないんだもの」
と、すかさず黒猫が答えた。
まあ、それはそうなんだけど…と、釈然としない思いが宙を浮いていた。
そこに、メリルがやって来た。
「私、自殺したジミーの発見時がどんな姿だったのかを確かめなくちゃと思って、ロイの奥さんに電話をかけました」
と、メリルは話し出した。
ロイの妻の話によると、ジミー・カーチスは車のなかで発見された。死因は、車内での一酸化炭素中毒。外傷はなかった。勿論、首と胴体が切り離されていることもなく。
「私、ジミーのことをもっと知りたくて、ロイの奥さんに、ジミーはどうして自殺したのかしら、って訊きました」
ロイの妻は、ジミーが将来を悲観して死んだんじゃないか、と答えたという。亡くなる前、ジミーは何度も家出を繰り返していた。発見された時も、度重なる何度目かの家出中の出来事だった。ジミーは、世間が楽し気にジングルベルを奏でるクリスマスの日、家を出た。発見時、ジミーの両親は海外にバカンスに出ていた。ジミーの家出に気づいたロイ夫婦が、バカンス中のジミーの両親に連絡をしたが、いつものことだからと気にもとめない素振りで、その知らせに帰ってくることはなかった。そして、大晦日の31日、眼下に海がひろがり、風車がまわる高台に停めた車内でジミーは発見された。死亡推定時刻は、12月27日、または28日とされた。
そこまでメリルは一気に話し、ため息をついた。
「なんだかわからないけれど、やりきれない話ね」
と、私は呟いた。
「それに確か、ハリスやロイよりも若かったんじゃない?」
と、私はメリルに訊いた。
「はい、まだ28歳だったと聞いています」
と、メリルは言って、ロイの妻から聞いた話を続けた。
ジミーは、気の優しい明るい子供だったという。ハイスクールを卒業し、子供が好きだからと、幼児教育の福祉系のカレッジへと進学した。そして卒業後、地元で保育士として勤めた。しかし、理由は定かではないが、どうもその頃に悩みにぶち当たっていたのだろうか、こころざした筈の保育士を辞めてしまった。その後、福祉系の資格を活かして、今度は高齢者介護の仕事に就いた。しかし、そこでも長くは勤まらず辞めてしまった。それから、暫くはぶらぶらと過ごしていたが、元々音楽好きだったジミーは、友人の影響でボブ・マーリーの魅力に取りつかれ、レゲエミュージックにのめり込んだ。将来の夢をレゲエに見つけたジミーは、レゲエを本格的に学ぶために海外留学をさせて欲しいと両親に申し出た。が、両親は、ジミーの話には取り合わなかった。諦めることが出来ないジミーは何度も両親に懇願した。しかし、ジミーの声は両親の耳には届かなかった。この頃を境に、家に閉じこもりがちになった。家出を繰り返しはじめたのも、この頃からだったという。
「聞けば聞く程、やりきれない話ね」
と、私が呟いた。
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