第7話 8月16日、長男の死の時系列
昼下がり、黒猫キッシュと私はローテーブルを挟んで、ソファにメリルと向かい合った。何度もご足労いただきまして、と私はメリルに挨拶したが、黒猫キッシュがみた“ろくろっ首”のことは言わなかった。
「さて、先日メリルさんがおっしゃったように、エイドさんを救うためには、長男さんたちの死の真相を知ることが解決策になるのではないかと、私たちも思いました。それで、先日お話いただいた長男さんたちの状況をひとりひとり詳しく聞かせていただきたいのです」
と、私は言った。
はい、とメリルは頭を下げ、話し出した。
時系列でいくと、まず2005年3月12日、ハリス・ロンドがレンタルボックスの中で、おそらく暖をとるためと考えられるが、ガスボンベ式のストーブを使用中に一酸化炭素中毒で亡くなっているのが発見される。
次に2011年頃、ジミー・カーチスが自殺をしたと聞かされている。ジミーについては、メリルは面識がないため顔すら知らないし、自殺に至る状況も何も知らない。
続いて2012年2月25日、メリルの義理の兄にあたるトム・グリーンが、住んでいたアパート内で首吊り自殺をはかる。発見者は弟であるジョージ・グリーン。しかし、当時メリルはまだ夫のジョージ・グリーンと出会っておらず、結婚したのはその翌年の5月であるため、メリルは義兄のトム・グリーンについても面識はなく、夫のジョージ・グリーンも兄の死についてほとんど語らないので、メリルは詳しいことは知らない。
最後は2013年4月10日、ロイ・カーチスが、自宅での筋力トレーニング中にロープによって誤って首吊り状態になってしまった事故死。
「私、ハリスは安らかに眠っているって確信があるんです。いえ、正確に言うと、死んだ者たちがあの世で実際に眠っているのかどうかなんて知りません。ただ、世間の人たちが一番納得しやすい表現を用いると、です」
と、メリルは言った。
メリルはハリスが死んでから、何故ハリスが31歳という若さで突然この世を去らなければならなかったのかを問い続けた。活力に満ち、将来に夢を抱き、目標に向かって前進の途上だったハリスが何故。きっと、叶えたい未来、手に入れたい未来があっただろうに、と思うと胸が張り裂けんばかりだった。ハリスの死によってメリルは、命というもの、寿命というものが、当たり前に与えられているわけではないということに気づいた。自分の力や意思だけで、生きたいと思って生きられるものではないのだと。生きたいと願っても、生きられない命があることに、あらためて気づかされた。人はみな生かされているのだと。ハリスを亡くしたことによって、“死”を問わずにはいられなくなったことは、おのずと“生”を見つめ直すことだった、とメリルは言った。
愛する弟を亡くして、あとに残された私が、私たちが、どう生きるのかという自問自答へと変わっていった。自分の生き方、来し方を振り返らざるを得ない気持ちになった。自分の原点、命の原点を置き去りにして未来などあるはずがないとメリルは気づいた。そして、再び故郷の土を踏む決心をしたのだ。ハリスの分も生きよう!ハリスの供養になる最高の生き方をしよう!とメリルは誓った。
「ハリスのおかげで、大切なものに気づかされました」
もしかしたら、それを気づかせるために死んじゃったのかしら、とメリルは呟いた。
ハリスが亡くなった当初は泣いてばかりいた。31歳という若さで死んだハリスのことが不遇だとしか思えなかった。ハリスを見送った冷たい3月を越し、春の日差しを浴びてはらはらと川面に舞い散る桜の花びらを目にした瞬間、メリルは腹のそこから号泣した。声の限りに泣かずにはいられなかった。川面に舞い散る花びらが、この世のものとは思えないほど美しすぎたから。
「ハリスはこの美しさを見たかしら、って」
生きているうちに、この世のきれいなものをたくさん目に焼きつけて逝ったかしら、って。ハリスに訊きたくて。
でも、ハリスの声は聞こえなかった。
「それから暫くして、夏をむかえた頃だったかしら、ハリスが言ったの。今は納得してる。だから、悲しまないでって。今も祈っていると、時折ふと、ハリスの気配や匂いを感じるんです。夢にさえほとんど出てきてくれないくせに!」
と、メリルは穏やかに笑った。
「私、いつも祈っている時はハリスやロイ、会ったこともないジミーやトムに話しかけているんです」
と、メリルは言った。
祈りはそのままハリスへの感謝であったり、トムやジミーへの挨拶であったり、ロイへの問いかけであったり。そして、決まって結びの言葉は、あなたたちの分まで生き抜いてみせます!なのだが。
「見守ってくれているって、確かに感じるんです。でも、…」
と、メリルの表情が陰って、
「従弟のロイと義兄のトムは安らかに眠れていないって気がするんです。だって、祈りの時にいつも苦しそうな表情が浮かんできて……」
と、メリルが言った。
目を閉じて、メリルの話に耳を澄ませていたキッシュが、はっ!と声をあげた。
どうしたの?という言葉を含ませて、私は
「キッシュ?」
と、問いかけた。メリルも不安げに見ている。
黒猫キッシュの表情はみるみる青ざめて、泣き顔のようにわなわなと唇が震えだした。
「キッシュ!?どうしたの?」
私の声も無意識に叫び声のようになっている、と感じた瞬間、
「ロイが来るーっ」
と、キッシュが叫んだ!
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