第6話 エイドのろくろっ首

「いらっしゃいませ」

と、男性スタッフの声がした。店内にはスタッフが二人しかおらず、一人は白髪頭の男性だったのでレジに立っているほうの長身の男性がエイドだとすぐわかった。

私とキッシュはお客を装って不自然にならないように店内を回りながらエイドを観察した。

と、キッシュがレジに歩み寄り煙草を注文した。

エイドは、キッシュが指定した煙草を手慣れた手つきで差し出した。キッシュはエイドと真正面から向かい合う姿勢で、エイドから視線を外すことなく、今度はアメリカンドックを注文した。エイドは、これも手慣れた手つきで素早く袋に入れ、ご注文は以上でしょうか?とキッシュに訊いた。キッシュは、ええ、と頷き勘定を済ませた。その間、エイドはお客であるキッシュの顔を見ることはなかった。淡々と事務的に仕事をこなしているという風であった。

「ありがとうございました」

というエイドの声を背後に聞きながら、私とキッシュは店を出た。


並んで夕暮れの道を歩きながら、キッシュはさっき買ったアメリカンドックを私に差し出し、自分は一服したい、と川縁のほうに向かった。

昼間の蒸し暑さが残るものの、夕涼みらしい爽やかな風が頬を撫でてゆく。川縁には高校生のカップルが並んで腰をおろし、見つめ合いながらささやき合っていた。その横を犬を連れた老人が通り過ぎていく。

高校生のカップルから少し離れた場所に、私とキッシュは並んで腰をおろした。キッシュが煙草に火をつけて、いかにも疲れた、という風に一息ついた。

そして、言った。

「メリルの言った通り」

私は、それはどういう意味?とキッシュに訊いた。

レジで真正面からエイドに向かい合った時、エイドの首から、もう一本別に伸びる首をキッシュは見ていた。それは、まるで“ろくろっ首”のように。

そのろくろっ首は重たげに、エイドの胸の辺りまで落ちていた、とキッシュは言った。

「あのろくろっ首、きっと足まで落ちると思う」

「それは何を意味しているの?」

と、私は訊いた。

キッシュはもう一息吸い込んで、ゆっくりと噛みしめるように言った。

「命の期限のカウントダウンがはじまっているってこと」

「胸のろくろっ首が、足まで落ちるのに要する期間はどれくらい?」

と、私は続けて訊いた。

「早くて半年。長くもって一年ってとこかな」

と、キッシュは言った。

私は、固唾を飲むように言った。

「本当だわ。メリルは、エイドが30歳をむかえる来年の夏が峠と言ってたわ」

私とキッシュは、向かいの川縁を走り抜けるランナーや自転車で走り去る婦人を眺めながら、暫く黙っていた。

私は、わざと明るく

「メリルが祈っているから大丈夫!母の愛に勝るものはないでしょう!」

と、キッシュを覗き込んだ。

キッシュは鋭い視線を私に向けて、

「甘いわっ」

と、吐き捨てるように言った。

やばい、と私は内心慌てた。黒猫キッシュのお出ましだ。この上なく不機嫌を逆立たせ、ケンカ腰の容赦ない言葉が鉄砲玉のように飛んでくる。まるで、毛を逆立てて威嚇する黒猫さながらに。

「母の愛だけで運命が変わるほど簡単なわけないじゃない。当の本人が何もわかっていないんだもの。あのエイドとかいう息子、馬っ鹿じゃないの!なにが、俺が死ぬなんて非現実的なこと言わないでくれ、よ!わかっていないのはお前だよ、お前!実際に身内の長男が何人も死んでいるのに、自分には関係ないっていう無神経さ、傲慢さが苛立つんだよ!」

と、キッシュは一気に言い放った。

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