第5話 8月13日、調査開始

その日、私はメリル・グリーンの家を訪れた。調査開始だ。

黒猫キッシュを連れ立って。


「どうぞ」

とメリルが言って、私とキッシュは居間に通された。

一目で、掃除がいきわたり、整理整頓がなされた清潔な空間であることがわかった。

「これが、弟ハリスです」

と、メリルが写真を差し出した。

そこには無精ひげを生やした、ワイルドなイメージの男性が写っていた。茶目っ気たっぷりの瞳で、白い歯をみせて笑っている。

「31歳には見えないですね」

と、私が言った。

「はい、元々はこんなに色が白くて童顔なんですよ」

と、今度はハリスの19歳か20歳くらいの写真を見せてくれた。

実際にハリスと交流があったのはこの頃までだったと、メリルは言った。

「ハリスは小さい頃から、背が低いことを気にしていて、それを補おうとでも思ったのでしょうか、ハイスクールにあがったくらいから筋肉バカになってしまって!」

と、メリルが笑った。

「男らしさにこだわっていましたから、この無精ひげも、それでしょうか」

そう言って、メリルは微笑みながら、懐かしむようにハリスの写真を見つめた。

そして、それ以外のハリスの写真を数枚出して、

「写真はこれだけです。あっ、それとハリスのジャケットを形見に一枚貰いました。それ以外に、ハリスを送る時、私が喪主を務めましたから、その際の書類一式、これしかハリスに関するものはありません」

と、メリルは言った。

そうですか、と私は頷き、さっきから黙ってハリスの写真を見入っている黒猫キッシュに視線を投げた。

キッシュは、写真を一枚一枚注意深く覗き込んでいた。そして、

「これは弟さんの名刺ですか?」

と、メリルに訊いた。

「えっ、?」

と、キッシュから手渡された名刺を受け取って、メリルは

「これ、どこにありましたか?この名刺、はじめて見ました」

と、驚いたようにキッシュを見た。

「この写真の裏に引っついていました」

と、キッシュは言った。

「今のいままで、全く気づきませんでした」

とメリルは言って、名刺がくっついていた写真をあらためて見入った。

そして言った。

「これ、ハリスが亡くなる前に頑張っていた仕事の、セミナーの写真だと思います」

ハリスが、どこかの部屋で黒板を背にして、観客にむけて笑顔で話しかけている様子が写っていた。

「ほんとに、弟のハリスは頑張り屋さんでしたから…」

とメリルが呟いた。


と、その時、黒猫キッシュが何かに気づいたように、

「もう一度、さっきの名刺を見せてください」

と言った。

名刺を眺めながら、

「アルペンタの北部でしたよね?確か、ハリスさんのお亡くなりになった場所」

そう言って、キッシュが私に名刺の住所を指刺して見せた。私は目で住所を追ったあと、すかさず

「メリルさん、この住所、多分アルペンタの北部じゃないかと思うのですが、行ってみませんか」

と、メリルに訊いた。


私は、メリルと名刺の住所を確認する日時を決め、

「それで、息子さんは?ご一緒にお住まいですか?」

と訊いた。

「いいえ、エイドはもう独立をしていて、近所に一人住まいをしています」

と、メリルは答えた。

「そうですか、エイドさんの命が、もう猶予がないとおっしゃっていましたが…」

と、私はメリルに、二日前に聞いた内容を確認するように話をむけた。

「はい、ロイの事故死の胸騒ぎよりも、はっきりとわかっています」

と、メリルは話し出した。

5年前、ロイの事故死とともに、次の犠牲者は息子のエイドだと知ったメリル。衝撃とともに、逃れられない運命の残酷さにおののいた。どうすれば愛する息子を守れるのか、命を救えるのか、残酷な運命を変えられるのかを問い続けた。そして祈り続けた。

「そもそも、何故うちの長男たちが次々死んでいくのかがわからないって思ったんです。その理由を、原因を突き止めなきゃならないって。長男の死の連鎖を食い止めるためには、元凶となる“根”を絶たなければならない。そうじゃなきゃ、残酷な運命を変える方法なんて他にみつからないって思ったんです。だから、知りたい、知らなくちゃって…」

それでメリルは、13年前の弟ハリスの死について向き合う決心をしたというのだ。

「このことについて、息子さんはご存じなんですか?」

と、私は訊いた。

「はい、話してはいます。でも、私の思い過ごしだと言って本気で取り合ってはくれません。それどころか、俺が死ぬなんて、そんな非現実的な話はやめてくれ!と、怒り出す始末で……」

と、メリルは肩を落とした。

「取り合えず、一度、会えませんかね、息子さんに」

と、私は訊いた。

もし今回の件で、母親が虹いろ探偵団に依頼をしたことが息子さんにバレてまずいなら、伏せてでも、と付け加えて。

「はい、それは大丈夫です」

と言って、メリルは、エイドがそろそろ学校から帰ってくる頃だと言った。エイドは昼間学校に通い、夕方、その足で22時までコンビニエンスストアでアルバイトをしていると教えてくれた。

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