第4話 依頼人メリル・グリーン(続)
「そうですか、とても大切なことに気づかれたのですね」
暫く黙って聞いていた私は、そこで言葉を継いだ。
メリルの生い立ちを通してロンド家の事情は概ね理解できてきたものの、依頼の核心に触れる内容にはまだ至っていないことを確かめながら、私はメリルに
「ひと息いれませんか」
と、お茶をすすめた。
コトコトとお湯が沸き、挽きたての珈琲豆の香りが部屋を包み込む。
私は珈琲を淹れるのが好きだ。どの豆がどうだ、こうだとか、産地がどうだ、こうだとか、七面倒臭いことを言うような知識はない。単純にこうして珈琲を淹れる行為が好きだ。呼吸を整えるように、ポットの口からこぼれ落ちる湯の流れに合わせて、1、2、3、と心で数えながら、注意深く、それでいて軽やかに……。
「どうぞ」
と、メリルの前に珈琲カップを差し出した。
メリルは焦げ茶色の液体を口に注ぎ、
「美味しい」
と、小さく呟いた。
「ハリスが亡くなって以来、故郷の田舎に年に二、三度は帰るようになっていました。祖母にとって私は初孫で大そう可愛がってくれていましたから。そんな時、ジミー・カーチスが死んだと聞かされたんです」
メリルは、ロイが死んだのが5年前だから、と指折り数えながら
「確か、7年前だったと思います」
と、言った。
その当時ですら80歳をとうにこえていた祖母にとって、ある日突然、見知らぬ男と姿を消したままの長女、メリルの母である、のことは心配の種だっただろう。そんな祖母の面倒をみてくれていたのが、次女である叔母だった。
カーチス家に嫁いだ叔母には三人の子供がいた。長男のロイ・カーチスはメリルより10歳下で、親しみを込めて“メリル姉さん”と呼んでくれ、田舎に帰るたびにメリルを歓迎してくれた。メリルにとって、唯一気軽に話せた従弟だった。
そのロイからジミー・カーチスの死を知らされたのだ。
当時、ジミーは28歳だったという。ジミーとロイも従弟同士だった。
メリルは、遠い親族とはいえ生前ジミーとは一度も会ったことがない。
それでも血筋のなかに、弟のハリス以外にもこの世を去った若い命があるという事実に胸が張り裂けそうになった。
「その日から朝も晩も、ハリスのことだけじゃなく、ジミーのことも祈るようになりました。二人が安らかに眠れるように」
そう言って、メリルは続けた。
「だけど、この時はまだ偶然だと思っていました。ハリスが死んだことも、ジミーが死んだことも」
それから暫くして、メリルは胸騒ぎを覚えるようになったという。
朝に晩にハリスのこと、ジミーのことを祈っていると、カーチス家に何か悪いことが起こるんじゃないかという不安が走るようになったという。
メリル自身、その根拠のない不安の意味がわからず、気にかけまいと努めていた。
しかし、打ち消そうとしても、しても、日が経つにつれ不安は大きくなる一方だったという。
「それで居ても立っても居られなくなり、直接ロイに会いに行ったんです。でも、何の根拠もなく、ただ悪い予感がするの、カーチス家に悪いことが起こる気がするわ、なんて言っても誰も信じる訳がないし、第一、そんなこと言える訳がないでしょう」
と、メリルは言った。
それでもメリルはロイと会い、ロイの近況を含めカーチス家の様子を出来る限り聞き出そうとした。その近況のなかに、不安が的中しそうなことはないか探り出したい気持ちと、反対に、いかにカーチス家が順風満帆であるかを聞き出し、ほら、そんな不安なんか気のせいだと胸騒ぎを打ち消したい気持ちとが複雑に入り混じっていたという。
結局、胸騒ぎの意味がわかるはずもなく、別れ際にロイの手を握り、なにかあったらいつでも連絡することと、祈ることを忘れないで、と伝えるのが精いっぱいだった。
でも、2013年4月10日、それが現実のものとなった。
ロイの妻から、ロイがトレーニング中の事故で亡くなったと聞かされたのだった。
「全身から血がひいてゆくのがわかりました。まるで、悪夢をみているようでした」
胸騒ぎの意味はこれだったのか、という絶望と同時に、救えなかったという己の無力さに打ちのめされそうになったと、メリルは言った。
「でも、この時理解したのは、胸騒ぎの意味だけではなかったんです。次は、エイドの番だって」
メリルは、切迫した声で続けた。
「主人の兄を含め、この13年の間に命を落としているのは全員、長男です。年齢は28歳から36歳。どういう理由なのか、どんな因縁なのかわかりません。でもきっと、うちの長男たちは30代を越せない、生きられないんだということだけはわかりました。親族のなかで、次にこの年齢を迎えるのは、私の息子、エイドです。来年、30歳をむかえます」
そこまで一気に話し、メリルは息をついた。
視線が泳ぐことはなかった。
暫くの沈黙を経て、私は
「今、息子さんは?」
と、メリルに訊いた。
「はい、今は元気です」
と、メリルは答えた。
メリルの長男であるエイドは、将来を見据えて新たな夢を抱き、現在は資格取得のため学校に通っているという。どこからどう見ても、エイドに死が忍び寄っている気配は感じない。
「でも、間違いなく次はエイドの番です。いよいよ猶予がなくなってきています。
もって、あと1年……。一刻を争うのです。だから、お願いに来ました」
と、メリルは懇願するように私をみて言った。
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