第3話 依頼人メリル・グリーン

2018年8月10日、メリル・グリーンさんから虹いろ探偵団に依頼電話が入った日だ。

依頼内容は、13年前に亡くなった弟、ハリス・ロンドが死んだ場所を探してほしい、というものだった。私は依頼内容を聞いた途端、この手の案件は深入りしてしまいそうだ、やっかいな仕事になるぞ、と内心顔をしかめたくなるような衝動にかられた。が、その衝動とは裏腹に、答えは最初から“イエス”だ。出来の悪い子ほど可愛いという例えがあるが、やっかいな仕事ほど魂が躍るってとこかな。いや、これは例えが上手くないな、と頭の隅で苦笑いしつつ、

「なるほど、依頼内容については分かりました。その件について詳しくお聞きしたいのですが、こちらにお越しいただくことは出来ますか?」


メリル・グリーンはその翌11日、虹いろ探偵団のドアを開けた。

午後2時。私は、電話越しに聞いた少し甲高い声と歯切れのよい話し方からイメージしていたメリル・グリーン像と、目の前の女性を重ねあわせていた。つんと上を向いた鼻と大きな瞳が、気性の激しさだけでなく、さっぱりと男勝りな性格と意思の強さをあらわしていた。年齢は48歳だが、言われなければ10歳は充分に若くみえる。

「それで、13年前に亡くなられた弟さんの死んだ場所を探してほしい、とのことでしたね」

と、私が切り出す。

「はい、弟のハリス・ロンドは私より4歳下で、当時はまだ31歳でした。一酸化炭素中毒で発見されたのがレンタルボックスの中でした。実際、ハリスがどれくらい前から、そのレンタルボックスの中で寝起きをしていたかは分かりませんが、間違いなくそこがハリスの最後に生きていた場所です。だから、そのハリスの……弟の最後の場所を知りたいのです」

そう言ってメリルは、一点を見つめ唇の端をぎゅっと結んだ。

「なるほど。弟さんの、いえ、ハリスさんの亡くなられた場所はまったく分からないのですか?」

「いえ、アルペンタの北部とだけは分かっています。でも、私にとってはまったく知らない土地で、北部といっても広く、それだけの漠然とした情報でレンタルボックスを特定することは難しくて……」

と、メリルは言った。

「なるほど。弟さんの最後に生きていた場所を知りたい、というお気持ちはよく理解できます。でも、何故13年も経った今なのですか?」

私は、疑問を率直に投げかけた。

メリルは一瞬目を閉じ、意を決したように話し始めた。


メリルは、弟のハリスが亡くなる10年程前から、ハリスとは絶縁状態にあったという。ハリスは、18歳で結婚し、若くして二人の女の子の父親として幸せに生活をしているはずだと思っていた。

しかし警察から連絡を受けた時、ハリスは既に離婚し、住所不定の身となりレンタルボックスの中で発見されたのだ。

「何がどうなっているのかわかりませんでした。弟の身に何が起こったのか、さっぱりわからなかった。13年前のあの時だって、死んだ場所を知りたい、その場所に行きたいって思いました。でも、知らないほうが良いような気がして……」

と、メリルは一旦言葉を切って続けた。

「そう思って、終わったことにして今まで過ごしてきました。でも、終わっていないってことが分かったんです。だから、知りたいんです」

その後のメリルの口からは、メリルにとって肉親の死が、いや、明らかに人生の途上で突然打ち切られたような死が、弟のハリスだけではないことが語られた。

この13年前が、実ははじまりだったのだと。

「13年前も、なぜ弟が31歳という若さで死ななければならなかったのかを問いました。きっと意味があるはずだと。そうじゃなきゃ、弟が無駄死にする訳がないじゃないかと。そして、思いました。弟はきっと“死”をもってでも教えたいことがあったのだろう。命と引き換えにして大切な何かを伝えているのだろうって」

と、メリルは言って、話せば長いのですがと前置きして更に続けた。

実は、絶縁状態にあったのはメリルとハリスだけではない。メリルはもともと、暴力と育児放棄の両親から逃げる形で学生結婚をした。しかし、その結婚生活も長くは続かず、今度は元夫の暴力から逃げるため、二人の幼子を抱えて故郷をあとにした。

しっかり者の長女メリルが両親の代わりに育児や家事を切り盛りすることで辛うじて家族の形を保っていたロンド家だったが、メリルが家を出たことによって事実上、家族としての機能は壊滅してしまった。元々、父親は暴力的なうえ働き者ではなかったため、メリルの妹も弟もハイスクールに通える状態ではなく、家を出て働くこととなった。そんな状態の両親だけに、親戚一同から厄介者、恥さらし者扱いされていたのだが、メリルの母親に新しい恋人ができ、母親がその男性と家を飛び出したことで本当に一家離散となってしまった。

そんな家族環境で育ったため、物心ついた頃から父親など死んでしまえばいい、殺してやりたいと思っていたとメリルは言った。周囲の、明らかに無邪気そうにみえる子供たちとは一線を隔しているようで、その子供同士の世界に自分の居場所はなかったともメリルは言った。両親が不機嫌になることは、自分たち子供の身に危険が及ぶことを意味しており、そのため毎日両親の顔色をうかがい、機嫌をとり、いかに良い子でいるかということだけに全神経を研ぎ澄ましている日々だったと。

早く大きくなって両親のもとから逃げるんだ、この家から出ていくんだ、とそればかり考えていたと。


「だから、20歳で故郷をでた時は、もう二度とこの土を踏むことはないと決めていました。家族も親族もすべて捨てて生きていくんだと」

でも、13年前のハリスの葬儀で、二度と会うことはないと決めていた親族と再会することになったのだ。複雑な心境ながらも、ハリスのために遠い道のりを駆けつけてくれた伯父や叔母を思うとやはり嬉しかった、とメリルは言った。

「弟は命をかけて、“血に背いて生きることはできない”ってことを教えてくれたんだと思っています」

と、メリルは言った。

その表情はさっきまでの心痛な面持ちとは違い、澄みきった瞳で晴れやかですらあった。弟のハリスが、捨てたはずの親族を繋げてくれたのだと思っています、ともメリルは言った。

それからメリルは、ハリスの死を無駄にしないよう再び故郷の地を踏む決心をしたのだ。親族、家族の絆を取り戻すことが、弟ハリスへの最高の供養だと信じて。

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