第2話 黒猫キッシュ登場

「それで?」

幾分か面倒そうな気配を消さず、キッシュが訊く。

「ロイ・カーチスがトレーニング中に事故死で発見された時、ロイのお父様が叫んだ言葉を覚えている?」

と、私はキッシュに一年以上前の記憶を遡るように訊いた。

勿論、といったふうにキッシュが煙草の煙をくゆらせる。


それは、ロイが自宅で日課にしていた筋力トレーニング中に起きた。

元々脊髄にヘルニアを患っていたロイは、ロープを使って腰や頸を伸ばしていたらしい。

そのロープが誤って首に掛かってしまったのだろう、34歳という若い命が一瞬のうちに奪われてしまった。

第一発見者であるロイの妻は、母屋に住むロイの両親に助けを求めた。

まさに誰が見ても首吊りの状態にしか見えなかったため、駆けつけたロイの父が、息子が自殺をしたと勘違いをしてしまったのも無理はない。

生命保険屋も当初は、自殺では保険金は支払われませんと妻に言ったそうだが、

筋力トレーニングを日課にしていたことは周知の事実だったため、すぐさま自殺の線は撤回された。

更にもうひとつ付け加えるとするならば、ロイに限って自殺の理由が見当たらない、という周囲の思い込みが事故死を決定づけた。

地方では資産家で知られているカーチス家の跡取りロイは、人柄的にも申し分なく周囲からも信頼をあつめていた。そのロイが家督を継ぐことに決まり、カーチス家にとって更なる繁栄をもたらすことは約束されたものと誰もが信じて疑わなかった。

そんなめでたい矢先の事故だった。


そう、確かそんな話だったと確認するようにキッシュは黒眼で頷く。

私は言葉を続けた。

「でも、そのロイのお父様の言葉にすべての真実があるってことに気づいたのよ」

それで?と視線だけで訊いてきたキッシュの表情に、じれったいわね、と

先を急ぐ苛立ちをみながら、

「もし、息子のロイが自殺に見えたとして……。

でもロイに、死ぬ理由が何ひとつ思い当たらなかったとしたら、あのお父様の叫び声になるかしら?」

と、私はキッシュに訊く。

想像してみて、あなたがロイの父なら、どう?という視線で。

どうやら、キッシュの興味を惹くことに成功したらしい。大きな黒い瞳の奥で、光が一層鋭さを増したようにみえる。

キッシュの共感を得たと確信した私は続けた。

「もし私がロイの父なら、何が起こったのかわからなくて、何故なんだっ、何故死んだんだ?って叫ぶと思うのよ。それ以外の言葉が見つからなくて。

でも、ロイのお父様はこう叫んだ。

お前、死ぬほど悩んでいたのかーっ、それほどまでに苦しんでいたのかーって」

暫しの沈黙をキッシュの同意だと受け取って、

「それが答え。

ロイには死んでもおかしくはない理由があった。事故死じゃなかった」

と、私は言った。

すべての結論をみたつもりのキッシュに、私はさらに続けた。

「それだけじゃないわ。そのロイのお父様の言葉はそのまま、甥であるジミー・カーチスの真実をもあらわしているのよ」

キッシュは驚きの表情を隠さず、えっ?と微かに漏らした。

「同じくカーチス家の一員で、ロイの従弟であるジミーは明らかに自殺とされていた。だけど、それじゃ理屈に合わないのよね、どこまでいっても」

息を呑むキッシュの気配を感じながら、

「一年と数か月前のあの時、ハリスとジミーが白い姿であらわれて、ロイとトムが真っ黒い姿であらわれた理由よ」

と、私は言った。

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