腐れ剣客は脱出の一歩を歩み始める


 と、いうことで。

 これまで散々引っ張ったくせに結構あっさりと名前を明かした謎の男改め――自称剣客の鴎垓おうがい

 腕を組んでドヤ顔である。

 自分の手際に自信満々といったところなんだろうが、正直そんな姿で格好つけてほしくない。あと剣客ってなんだよ。

 と見せられている側のレベッカとしてはそう思わなくもなかったが、それはそれとして。

 

 

 思っていたような形ではないとはいえ一応は彼女の要望の通りにしようと行動した結果がこれなのだ、そう考えるとあの布切れからこの短時間でここまで見れるものに仕上げたのはかなり頑張った方ではなかろうか。

 本人が言うにはふんどしというそれ。

 

 前の方に集中するあまり後ろの防御がお座なりなのを、上に腰巻きをすることで二重にカバーするなどよく考えている。

 なけなしのアイディアと言えばそれまでだが、少ない布でやりくりしたその努力を思えばここで駄々を捏ねるのは逆に大人げない。

 

 それよりも鴎垓の言うようにこれからについて話をすることの方が重要だと考えたレベッカは服装に関してはもうこの際目を瞑ることにして。

 百歩。

 千歩。

 万歩。

 心の中で譲った。

 そうしてある程度気分を落ち着かせたレベッカは自身の務めとしてまだ謎の多いこの男の素性について知ろうとしたのだが……すぐさまそれを断念することになる。

 

 

 

 まずは『年は?』と聞いてみたレベッカ。

 鴎垓の答えは『二十と幾月ほどだったかの』。

 顔の割に自身より年上だったこと――このとき彼女は自分と同じくらいだと思っていた。ちなみに彼女はもうすぐ十八才になる――に若干驚いたものの、そういうものかと納得する。

 

 だが次に出身はどこかと聞いてみたのだが『生まれで言えば出雲となるが育ちはどこそこで――』などと、少なくともレベッカが知っている国の中には該当しない地名が飛び出てきた。

 嫌な予感が疼く。

 

 それじゃあどうしてこんなところにいるのかと、先程問い質すことが出来なかったことについて聞いてみれば返ってきたのは、

 

 

 

 ――『それは儂の方が知りたい』

 

 

 

 という、あれこれさっき聞いた気がする?ものであった。

 それで済ませられるわけもないので他に覚えていることはないかと聞いてみるも『いつの間にかここにいた』とか『目覚めたら全裸だった』とかでまっっっっっったく参考にならない。

 何というか、徒労感が凄まじい。

 正直入れ直したはずの力が全身から抜けそうな錯覚を覚える。

 内心、

 

 

 ――そこが一番知りたいところだろうが……!!――とか

 ――というか当事者だろがお前は……!!――とか

 ――それなのに落ち着きすぎだろうが……!!――とか

 

 

 他にも色々思うところがある。

 本当に色々あるが……だからといってそれをぶちまけたところで得るものがあるとは思えない。

 鴎垓としても真剣に答えているが、本人ですら自分の身に起こったことに対して何も分かっていないのだから尚更である。

  このように、まずもって二人の認識は前提からして違っているのだから話が噛み合うはずがない。

 

 

 

「く、これは……どうするべきなんだ?」

 

 頭を抱えレベッカは考える。

 これは一体どうするべきなのかと。

 言葉は通じているのにここまで話が通じないのは初めての経験だ。

 とはいえ嘘や出任せを言っているようには見えず、本人もいたってまともに受け答えをしているようだと彼女は感じていた。


「はぁ、もういい……。

 少なくとも、お前は危険な人間ではないようだ……」 

「いやーすまんなー。わざとではないんじゃよわざとでは」


 だからというわけではないが、彼女は鴎垓の事情をここで明らかにするのは諦めることにした。

 このままでは埒があかない。

 解決しない問題にいつまでも足踏みしている自分が馬鹿馬鹿しくなったのだ、それより自分にはやらばければならないことがある。 

 

 実力は十分にある、なら今はそれでいいーー。

 そう考えたレベッカは、思い切ってある提案をしてみることにした。

 

「ふぅ……よし。

 お前、確かオウガイというんだったな」

 

「おう、如何にも。

 周りの連中にゃ『腐れ剣客』の鴎垓とも呼ばれとった」

 

「そうか、お似合いだな。

 それでお前について何だが、正直言おう、私では対処のしようがない。なので一旦、素性云々は後にして先を急ぎたいのだが……その、もしよかったら手を貸してもらえないだろうか?

 

 流石に一人でここから脱出するのは骨が折れるだろうが、お前の協力があればそれも容易なはずだ。無事に仲間のところへ戻ることが出来たならお前の今後についても支援もしてやれる。

 

 だからどうか、ここから脱出するために協力してほしい」

 

 頼む――と頭を下げたレベッカ。

 一方的と言えば一方的な提案にもし断られたらどうしようかという不安が胸にあったが、実際のところそんな心配をする必要は皆無であった。

 

 この鴎外、元より何の頼りもない身空である。ここで放り出されてしまってはそれこそ困ってしまう。

 だからこそ、その申し出はありがたい。

 それにおまけもついてくるのだから文句など言うわけがない。

 渾身の自虐ネタをスルーされ悲しかったがそれはそれ、望ましい展開に彼は快く応じた。

 

「おお、そうであったか。

 いやいや、そうまで評価してもらえるなら剣客冥利に尽きるというもの。元より同道についてはこちらから申し出ようとしていたこと、それに加えて謝礼までくれるというのであれば益々断る理由もない。

 

 あい分かった。

 所詮は無頼の根無し草、多少腕に覚えがある程度ではあるがそれでも良いならこの鴎外、万難を排し道中お主の安全は儂が保証すると誓おう。

 よろしくの、レベッカ殿」

 

 應揚おうように応える鴎垓の予想外の聞き入れの良さに思わず飛び上がりそうになるのを必死に押さえつけるレベッカ。

 ようやくここから出られる……!

 感謝してもしたりないくらいだ!!

 

「本当か、それは助かる!

 いやここで拒否されたらどうしようかと……。

 では早速私が先導するから着いてきてほしい!

 方向は……こっちか!」

 

 そんな喜びを隠せず言葉の端々が弾むレベッカ。

 キメ顔の鴎垓を綺麗にスルーし早速彼女は腕に巻いていた装飾品に目を落とし、指でつつくような素振りをした後、広間に繋がる数ある穴の中からある一つを指し示す。

 

  

「こっちだ、着いて来てくれ。

 たぶんだがこの先に――私の仲間がいるはずだ」

 

 

 

 

 そうして、女剣士と半裸の男という、奇妙な組み合わせの二人による共同戦線がここに出来上がったのであった。

 目指すは外、少女の仲間のいるところへ。

 光溢れる空間から一歩踏み出した彼らは安全に背を向け、危険に満ちた暗闇に自ら進んでいく。

 しかしまあ、心配はいらないだろう。

 今のところは。

 

 

 

 

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