腐れ剣客と背中合わせの少女

 

 レベッカは自分の運のなさを呪っていた。

 不運にも陥った危機的状況。

 このままでは命が危険!!

 

 ――というところに突如登場した一人の男。

 思いもよらない助力と快刀乱麻の活躍によって窮地を救われたのはよかったものの……。

 

 何故かそいつは裸だった。

 全裸まっぱだ。

 そんな奴が無表情に死体を量産する光景を目の当たりにした感想は。

 言いたかないが地獄である。

 そのあまりの出来事に少女が全力の叫びを挙げて、それからどうなったのかというと――。

 

 

 

 

 

 

 

 篝火の炎が弾ける音が響くその片隅。

 互いに背中を向け合い。

 近すぎず、さりとて遠すぎない距離感で地面に座っている男女がいた。

 件の二人である。

  

 女の方は長めの金髪を背中で括り、革鎧と長剣を腰に下げて組んだ足の一方を小刻みに動かしている――”レベッカ”と名乗る少女。

 

 その反対に座る男の方は素性もまだ明らかでない真っ裸の不審者もどき。特徴と言えば黒髪で眠たそうな顔をしていることだろうか。

 

 レベッカは後ろに座り込む男の行動に気を揉みながら実にじりじりとした時間を過ごしていた。


「お、おい、まだなのか……!」

 

 その原因のは何を隠そう、彼女の後ろにいる男にあった。

 

「まあそう急くな、これで中々難しくてな、あー……ここをこうじゃったのう」 

「は、早くしてくれ! もう恥ずかしくて死にそうだ!!」 

 

 事の起こりはほんの五分ほど前のこと、あまり常識的ではない出で立ちの男に少女が『何で裸なんだ!?』という当然の疑問をしたことに対し。

 ――『いや、儂も知らん』……などという。

 聞かされた方はふざけてるとしか思えないような。

 そんな返答をしたことに起因する。

 

 ある意味ゴブリンと戦うこと以上の勇気を出したにも関わらず、男からは返ってきたのはそんな言葉。

 これには流石の彼女も窮地を救われたことを忘れ盛大にぶちギレた。

 おおいにやむなし。

 

 

 ――確かに自分は戦いに身を置く者ではあるが、それとしても乙女である!

 そんな自分を前にして前を隠すでもなければ不埒な物を堂々と、まるで気にもしないとは一体如何なる了見か……っ!!

 

 

 そんな内容のことを立て続けに吐き捨てられ、最後には『これでも着ていろ!!』――と顔面にローブが投げつけられて。

 少女の剣幕に大人しく男が従い、それを広げてみると、だ。

 何たることか、先の戦いによるものか中ほどから大きく裂けてしまっていたのである。

 当然このままでは男のあまりお見せ出来ない所セクシーゾーンは全解放のまま。

 キャストがオフから戻らない。

 それじゃいかんと。

 そのため仕立て直しをしている次第。

 

 まあ、そんなわけで。

 ガサゴソと音を立てながらいまいち切れ味の悪い短剣でちまちま作業をしている男と、その後ろでそれが終わるのを今か今かと待っている少女という……。

 何とも言いがたい光景が広間の一角に出来上がっていたのである。

 

 

  

「はぁ……どうして私はこんな男に助けられてしまったんだ……」 

「仕方ないじゃろー、儂だってなりたくて裸になっとったわけでもなし。それにそんなこと気にしとる場合でもなかったじゃろーが」

 

 そうして作業が終わるのを待っている間に一度頭に上がってしまった血が元に戻り、反動で今度は気分が落ち込んだような言葉を漏らすレベッカ。

 それに反応する男の言葉は無視。

 辛辣。

  

 だが実際のところ、あの時男が助けに入らなければ少女の命は尽きていただろうから、その点に関しては少女も感謝している。

 しかしだからといって裸は……――なんて具合で彼女の頭の中は現在、感謝と羞恥でない交ぜ状態になっていた。

 思春期の少女には成人男性の裸は刺激が強い。

 

「ところで、お主は何故こんなところに?」

 

 後ろで少女がそんな風になっているなど知る由もない男は続けざまに疑問を投げ掛ける。

 聞きたいことは山ほど。

 その声には抑えきれない好奇心が滲み出ていた。

 

「……それを言ったらお前もだろうが、寧ろ色々聞きたいのはこっちの方だぞ。最初の集まりの時にお前の顔はなかった、一体いつの間にここに侵入した?

 もし脱走した兵士だとしたら黙っておいてやるから正直に話した方が身のためだぞ」

 

 見事なまでのお前が言うな案件に思わず言葉を返すレベッカ。

 彼女がそう思った根拠はつい先程見せた男の戦いぶりにある。

 自分ですら躊躇するような数を前にして全く怯える様子もなく、投石だけで群れは半壊。

 あまつさえ素手で六匹のゴブリンを瞬殺してみせた。

 そんなこと普通は出来ない。

 というかしない。

 普通に武器を使う。

 

 そして最後の方に感じた”殺気”――自分に向けられたものでないにも関わらずその恐ろしさに足が震える思いをしたのはここだけの話だ。

 それもあって彼女は男をどこかしらの脱走兵なのかと思ったのだ。

 大穴で騎士かもと考えたがこれまでの行動でそれだけはないと確信しその選択肢は削除済みだ。

 

「いやなー、それが皆目検討つかんでなー。

 目覚めたらおったんじゃよ、ここに。

 それ儂は別に兵でも何でもないぞ。

 道場には通っとったが、ほとんど居候みたいなもんじゃったし。

 片田舎で命の取り合いなんぞ、それこそ片手の指より少ないわい。

 大人数相手なんぞ頭ん中で夢想するが精々じゃったくらいじゃぞ」

 

「は?」

 

 しかし予想は大外れ。

 これに彼女も思わず言葉を失った。

 

「じゃあ……さっきのは、一体……」

 

 途切れ途切れに問いかけるレベッカ。

 だったらあれは何なのか。

 あの熟練を感じさせる手際の数々は。

 

「おう、ぶっつけ本番というやつじゃな。

 たまたま上手くいったがそうでなければどうなっていたことか、いやーお互い運がよかったのう」

 

 しかし男は至極あっさりと、あれが思い付きの行動であることを告白する。戦況を見て試してみた戦法がたまたま上手くいっただけだと、正直にレベッカへと告げ、笑う。

 

「……どうしよう、今更だけどこんな奴に命を救われたのがすごく嫌になってきた。

 どうして私がこんな目にあわなくちゃいけないんだ……。

 ちょっとミスして皆とはぐれたと思ったらゴブリンの集団に遭遇して、手に負えず逃げていたらいつの間にかあんな数に膨れ上がっててもう駄目かもって……今すぐここから立ち去りたいみんなのところに帰りたいお腹すいたベッドで寝たい……」

 

 そしてレベッカはとうとう精神に限界が着たのか、延々と愚痴と弱音を垂れ流す機械になってしまった。

 よっぽど衝撃が強かったようである。

 こうなってはもう駄目だ。

 これ以上の会話は諦めるしかなる男はとりあえずこれまでの話で分かったことを整理してみる。

 

「ふむ、仲間に依頼に、そして巣ときたか。

 それにどうやらトーチというの。

 あのゴブリンとかいう化生を狩る者たちのことのようじゃな。

 ふふ、なんとも物騒な陰陽師がおったもんじゃわい」

 

 いや、ここは化け物退治で有名なみなもとの頼光よりみつよろしく武士というのが正しいか。

 そんな連中が。

 今まさにこの化生の巣に挑んでいると。

 それも誰かに乞われて。


「くくっ……!」

  

 まるで、まるでそう。

 そういう書物の中に入り込んだようである。

 そのあまりに馬鹿馬鹿しい考えに奇妙な笑いが込み上げる。

 だったら自分は桃太郎か?

 はたまた一寸法師かの?

 などと一人で盛り上がっていたところでちら――と視線を後ろに。

 

 そこには相変わらず壊れたままの少女。

 視線を元に戻し、黙々と手を動かす。

 心の整理が出来るまで余計なちょっかいはしない方がいいだろう。

 

 

 

 

 

 そうして会話のない時間が続き。

 十数分後。

 男の手元にようやく目的のものが出来上がるのであった。

 

「よしっ、完成じゃ!」

 

 ほとんど道具もない今の環境から考えれば十分上出来と思えるそれを歓声を上げる男。

 その声は頑なに閉じ籠っていた少女の耳にも届き、どこか遠くを見つめて虚ろだった瞳が覚醒しカッと見開かれる。

 

「っ、やっとかっ!」


 それはまさしく朗報。

 これで少しはまともになる――と、大きくマイナスに傾いた心がグッと上向き、瞳が輝く。

 それはこれまでの負債をちゃらにするぐらい心地のいい高揚感であった。

 

「ちょっと待っとれよぉ……よし、完璧じゃ!

 こっちを向いてもよいぞ!」

 

 そして少女が感動に打ち震えている間に準備を済ませた男から声が掛けられる。

 これでようやくまともに話が出来るとウキウキと喜ぶ少女は待ちに待ったその瞬間を迎え

 

 

 

 

 

 

「――ってほぼ全裸のままだーーー!!!?」

 

 られなかった。

 ここ一番で音量音質共に最高品質。

 その驚愕の表情も含めればリアクション大賞で八十点は固いだろう。

 まあそんなものここにあるか定かではないが、それはさておき。

 

 レベッカの視線の先。

 そこには申し訳程度に下半身の一部。

 より詳しく言うならば男の男の部分だけを隠す程度の――前掛けのようなもの。

 その上に前を止める部分だけになったローブの残骸を短いスカートのようにした何かを組み合わした、謎コーディネートの変態が満を持して待ち構えていたのである。

 


  

「さぁて、これでようやく話を進められるな。

 儂の名は鴎垓おうがい、通りすがりのただの剣客じゃ。

 改めてよろしくのうレベッカ殿」


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