6 うっかり魔術師と付箋メモ

 魔術師ロイドは腕を組み考えていた。

宮廷魔術師であるロイド・マーリンは頭から火が吹きそうなほど考えていた。

あまりにも真剣な横顔は、鼻筋も通り整っており、見た女性はみんな惚れてしまうほど。

それくらい物思いに、ロイドはふけっていた。


と、隣の部屋から助手のマークが顔を出す。

魔術師見習いのマークは、誰もが認める才能があった。宮廷魔術師で一二を争うロイドに師事してからは、めきめきと頭角を表している。

若干十歳とは思えないくらいだ。


だが、さすが師匠かロイドはそれを上回るほどの才能と経験、実力があった。


「あーまたぐちゃぐちゃだ。って、何を考えていたんですか? マーリンさん」


マークは床に散らばっている本をさっさと元の位置に戻し、ゴミを捨て箒でチリを掃く。

さっきまで散らかっていた床が、あっというまにキレイになった。


 マークがロイドの助手になったのは、片付けが苦手なロイドにぴったりだったからもあるとは口が裂けても言えない。

要するに家政婦である。さすがにそれを言ったら魔法で火の玉をぶつけられそうだ。

部屋の中で乱射されたら、宮殿が火の海だ。


「うむ、それがな、新しい術式を思いついて忘れた」


「えー! だからメモとれってボク、言ったじゃないですかあ! マーリンさん忘れやすいんだから!」


「紙がどっかいった」


「もぉ〜」


牛か? と言いたかったが、雷をお見舞いされそうなのでロイドは黙っておく。

防御は楽勝だが、床が焦げるのは必須。

マークはキレると怖いのを身に染みてわかっているからだ。


「それに安い紙は書きにくい。すぐペン先が引っかかってイライラするんだ」


「確かに安いと書きにくいですよね。でもボク、ハルtoナツの紙使ってるからなぁ」


「ハルtoナツ?」


聞いたことのない名前に、ぴくりと眉毛が動いた。新しい紙の名前だろうか。

確かにマークはいつも、見慣れない紙の束を使っている。仕事にも使えそうなカラーの表紙がついており、ただの紙の束ではなく丸い輪っかのようなもので閉じられた不思議な代物だ。

小さいのにスラスラとペンを滑らせていたのをロイドは思い出した。


「何だハルtoナツとは。新しい紙でも開発されたか?」


「いえ、店の名前です。オーダーメイドで手帳や文房具を作ってくれるんですよ」


「テチョウ? ブンボーグ?」


聞いたことない名前だった。マークのメモ帳から、筆記に使う代物をオーダーメイドで作るのだろうと推測する。


「気になるんなら行ってみたらどうですか? 一番街の東の端にありますよ。オーダーメイドですから、マーリンさんにぴったりのメモ帳を作ってもらえますし」


「ふーむ。行ってみるか」


好奇心が刺激され、ロイドはさっそく週末に休みをとった。マークに案内してもらいたかったのだが、彼は用事があるらしく、仕方なく一人でハルtoナツへ行くこととなった。



 マークの言った通り、ハルtoナツはシェステナの一番街の端っこにあった。隣には小さな古本屋もある。本好きなロイドは後で本屋にも顔を出すことにした。


木のドアを開けると、カランカランとドアベルが鳴った。中は思ったより静かで、ひっそりとしている。棚には見たことないような代物がずらりと並べられていた。

これが手帳と文房具(呼び方をマークに教えてもらった)なのだろうか。


「いらっしゃいませ!」


出てきたのは、不思議なワンピースを着た少女だった。灰色に白いストライプとボタンのついたワンピース。胸元には白いリボンがゆれている。腰には黒いエプロンを巻き、ハルtoナツのロゴが印されている。

どうやら彼女が店員のようだ。黒い髪に茶色の瞳。東洋人だろう。歳は十七くらいか。


「どのようなものをご希望ですか?」


愛くるしい笑顔を見せる少女が、店の雰囲気を明るくする。話しやすそうだとロイドは安心した。そして悩みを打ち明ける。


「実はメモ帳が欲しいのだが、私はいつもすぐなんでも失くしてしまうんだ。書いたメモも失くすし、メモの束もどこかにいってしまう。どうにか失くさずに目のつくところに置けるものはないかね」


「なるほど」


少女は大きく頷きながら、珍しいメモ帳にロイドの希望を書いていく。


「あと、紙質が良いのを頼む。安いものは紙にペン先が引っかかって書きにくい」


「わかりました。それなら……」


少女はナツと名乗った。ハルtoナツは兄妹で営んでいるそうだ。ということは、兄はハルという名前なのだろう。

ナツは左にある棚へ向かい、正方形の不思議な紙の塊を持ってきた。


「付箋です。これなんかどうですか?」


「付箋? ただの紙の束じゃないか」


ロイドは肩を落として落胆した。マークの持っているようなメモ帳を想像していたのだ。これなら今持っている紙の束と一緒だ。品質は良いのかもしれないが。

まだ、彼女が出した紙の束の存在を知らないロイドに、少女は笑顔を見せてはきはきと説明を始めた。


「ただの紙の束ではないんです! これは裏に粘着性のテープが貼ってあって……」


ナツが付箋を剥がすと、壁に押しつける。

ロイドは驚いた。紙が壁にくっついたのだ。落ちることもなく、しっかりと貼られてある。

今度はその付箋を剥がすが、壁に跡や汚れなどなに一つ付いてなかった。


「なんだこれは? どうやって張り付けているんだ?」


付箋の裏を見る。うっすらと糊付けされたような跡があったが、壁に糊はついていないし、ねちゃりとした感触もない。


「こうやって壁などに貼り付ければ、失くさないし嫌でも目につきますよ」


しかも四角い紙の束は、一枚一枚くっついていてバラバラになる心配が無い。

量も多くてたくさん書くには助かる。


「ああ、確かにな。これはいい。作ってくれるか?」


「はい! ではお創りしますね!」


ナツが元気良く頷くと、カウンターに移動する。そこでロイドはナツに相談しながら、オーダーメイドの付箋を創ってもらうのだった。



 宮殿内、ロイドの研究室にマークは顔を出した。相変わらず床は散らばっているし、ハルtoナツに行ってからは壁も付箋だらけだ。


師匠は思いついた術式が覚えられることにかなり喜んでいた。逆に付箋が多すぎてわからなくなりそうだが。


今もロイドはノートとにらめっこしている。ノートもハルtoナツ製だ。

数ヶ月前から店に通いだし、今では良いお客様だとナツが話していたのを思い出す。


「マーリンさん、何しているんですか?」


「ああ、ちょっと思いついた術式と術式の掛け合わせを研究していてね」


ノートにはロイドが術式をメモした付箋が貼ってあった。術式の系統ごとに付箋の色を分けてわかりやすくしている。


「こうやって、付箋の術式と術式を並べたりしているといいものができるのだよ」


ちなみに付箋の粘着力がなくなったら、貼り剥がしができるテープを購入している。付箋の粘着力がなくなったら、その付箋にテープを貼れば元通りというわけだ。

ナツのおすすめで買ったらしい。


付箋の紙質も良く、ペンを走らせるとスラスラと気持ち良い音が聞こえる。

ロイドはこの紙質が良いのをかなり気に入っているようだ。


「なるほど、面白い活用の仕方ですね!」


相変わらずルーズだし部屋は汚いし人目を気にしないが、やはり凄腕宮廷魔術師。

将来は師匠のように歴史に名を残す魔術師になろうとマークは意気込んだ。


カサリ。

足元に何か黒いものが動いたのに気づく。


「うわああ! ネズミ! もぉ〜マーリンさん、いい加減にしてくださいよぉ!」


「なんだもぉ〜って、牛か? あ、いかん!」


ロイドは防御魔法を咄嗟に唱える。


「牛じゃないですよこのヤロー! いい加減にしろーっ!」


その日、宮殿の一角に大きな雷が落ちた。

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