5 貴族少年の嗜みとおこづかい帳
「ハルtoナツ」の前に馬車がとまる。
そこから一人の少年が現れた。召使いに支えられながら、馬車を降りる。
少年の名はサイモン・クリフゥ・バレイド。
貴族であるバレイド家の一人息子だ。
父親ゆずりの輝く金髪に、母親ゆずりのブルーの瞳。顔つきは凛々しさの中に少しだけ幼さを感じる。
ただその偉そうな態度で、見た者を萎縮させてしまう高慢さが見てとれる。
サイモンは周りを見渡して、ふんと鼻を鳴らした。
「一番街でも端っこじゃないか。みすぼらしい」
などと言いつつハルtoナツに近づく。
サイモンが首で合図し召使いがドアを開けると、ドアベルがカランカランと鳴り響いた。
「いらっしゃいませ」
東洋系の男がやってくる。サイモンは東の人間たちを見下していた。召使いに一人いるが、まるで役立たずなのだ。きっとこいつもそうなのだろうとサイモンは決めつけていた。
サイモンは「イスはないのか?」と男に聞く。
「イスですか?」
男はキョトンとした目で、サイモンを見た。
やっぱりバカだな、とサイモンはため息を吐く。説明してやらないとわからないのだ。
「まさか立ちながら商品を見せるつもりじゃないんだろうな? ぼくはバレイド家の者だぞ?」
「はあ。では、少々お待ちください」
いまいちピンとこない、とでも言うように男が引っ込む。それがサイモンに苛立ちを覚えさせる。全く理解力のない奴だ、と心の中でつぶやいた。
店の奥で「何よあれ?」と聞こえてきた。
それを聞いていたサイモンだが、なんとも思わずに堂々と立っていた。
自分はバレイド家の人間なのだ。
当たり前だろう?
「貴族だからってあの態度はないと思わない?」
プンプン怒っているのも無視だ。
「まあ、俺に任せておけ」
そんな言葉が聞こえた気がする。
男がイスを持ってきた。まったくトロイスやつだ、とサイモンがぼやくが男は無表情だった。
○
イスに座ったサイモンは、ぐるりと店内を見渡した。見たことのない本や、ペン。インクも種類が多い。あの丸くて穴が空いているのはなんだろうか?
シェステナでは見かけない珍しい品物が揃っているというのは、本当らしい。
「とりあえず、この店のもの全部買ってやろう。嬉しいだろ?」
鼻で笑うと、男の店員は至って冷静な顔でこう言い放った。
「すみませんがお客様、うちはオーダーメイドの店です。これらは全部見本なので」
そうだと気づいた時すでに遅し。
確かに看板にはオーダーメイドと書いてあったのを思い出す。サイモンの顔が真っ赤になる。
東の人種に馬鹿にされて黙ってはいられなかった。
「この店ごと買う! 金ならいくらでもやる! 店を売れ!」
「それはできかねません」
ぴしゃりと言い放つ男。サイモンが脅してやろうと口を開く前に、棚から一冊の本をとりだしてサイモンに渡した。
「お客様にぴったりな手帳を見つけました。これを三ヶ月使ってみてください。この手帳が自分に合わないと思ったら、店を売りますよ」
「言ったな」
サイモンが睨んでも、男はどこ吹く風だ。
「三ヶ月使ってやる。もし気に入らなかったら、この店をもらうからな!」
サイモンが店から出て行くと、店員の少女が奥から駆け出してきた。
「お兄ちゃん! お店を売るってなにバカなこと言ったの? バカバカバカ!」
と、お兄ちゃんと呼ぶ男の腹をグーで叩きまくっている。
良い気味だとサイモンはほくそ笑んだ。
せいぜい自分をバカにしたことを後悔するがいい。
○
バレイド邸に帰ったサイモンは、自分の部屋にこもるとさっそく手帳を袋から出した。
お試しということだったので、オーダーメイドではない。試供品だ。
そんなものを渡してきたあの店員に腹が立つ。
まあ、三ヶ月したら気に入らないと言って店を貰えばいい。
サイモンは中身を開きページをめくった。
マンスリーページに、メモタイプのウィークリー。
店員の説明を思い出す。
「まず買い物をしたら、ウィークリーページに買ったものとその金額をメモしてください。買った時の感想も書いてもいいかもしれません」
買ったものを書く?
サイモンは生まれてから今まで、数えきれないほどのモノを買い与えてもらった。
それをメモしてなんになるのかわからない。
サイモンは馬鹿馬鹿しくなってきて、手帳を机に放って召使いを呼んだ。
何かデザートでも食べたい気分だ。
三日後、ヒマになったサイモンはふと手帳を手にとってみた。
この三日でまた欲しいものをねだったので、部屋にはそれが散らかっている。
あまりにもヒマだったので、サイモンは馬鹿馬鹿しいと思いつつ買ったものをメモしてみた。
召使いを呼んで金額を聞くと、それも書いてみる。
「三日のうちにけっこう買ったんだな」
欲しいと言って買ってもらったのに、今はぴくりとも興味がわかない。
ただのゴミのように思てきて、気持ち悪くなってきた。
「あとは……欲しいものをメモページに書いて、一週間置いておくんだっけ」
サイモンは欲しくなっていた流行りのマントとティーカップ、宝石をメモに書き出す。
それから一週間が経った。サイモンは手帳を開き欲しいものリストを眺めた。
不思議なことに欲しい気持ちがさっぱりなくなっていた。
何でこんなものが欲しかったのか、今ではわからないくらいだ。
「今、欲しいものか」
さらに今欲しいものを書いて、一週間置く。
結局その一週間後に買ったのはたった一個だった。
手帳に買ったものと欲しいものをメモするうちに、サイモンは自分が何を必要としていたのか少しずつわかってきた。
それは、愛だ。
父は教育に厳しいが、愛情の形は何かを買ってやることしかしない。
母は母でいつもパーティーに出かけて帰ってこない。
友達だっていない。自分の地位に媚び売るように張り付いてくる蠅。
召使いたちだって自分を恐れて距離を置いている。
サイモンは一人だった。いつもいつも。
寂しさを紛らわす為に、なんでもねだっては買い与えてもらっていた。
だが、サイモンが本当に欲しかったのはそんなものではない。
一緒にごはんを食べて、笑ったり話したり、共に過ごす時間が欲しかった。
そんな寂しさを埋める為に、毎日大量のプレゼントを要求しつづけていたのだ。
「今、欲しいものか……」
ある日、サイモンは欲しいものリストにこんな言葉を書いた。
「ともだち」
○
おや早いな、とハルは店に入ってきたサイモンを見て心で呟いた。
いらっしゃいませ、とサイモンに近づく。
「手帳はお気に召しませんでしたか」
「……手帳をオーダーメイドして欲しいんだ。試供品を使うのは、イヤだ」
「そうですか。わかりました。では見本をお持ちしますね」
ハルは丁寧に手帳について話し出した。
サイモンが使ったのは手帳だが、使い方はお小遣い帳や家計簿と呼ばれているらしい。
さまざまな表紙や紙の質・色。そしてフォーマット。ハルとサイモンは、二人でサイモンに合う手帳を話し合っている。
ナツはそんな二人を遠巻きに見つめていた。
「あの、ありがとうございます」
召使いの女性が、ナツに声をかける。
「坊っちゃま、あの手帳を使い出してから落ち着いてきて。今までなんでもねだっていたのにすっかりそれがなくなりました。それに、私たちのことを気にかけてくれたりと優しさも出てきて。不思議ですね、手帳って」
「手帳は、人生の相棒です。書くことで自分を知って、自分を創り上げるものだ、って、お兄ちゃんはよく言ってます」
「できましたよ、サイモン様の手帳!」
「おお! これが僕だけの手帳なんだな!」
ナツと女性は、無邪気に喜ぶハルとサイモンを見て、お互い顔を見合わせて同じように笑う。
「なあ、確かハルと言ったな」
サイモンが突然、名前を呼ぶ。今までずっとお前呼ばわりだったので、ハルは驚きながら返事をした。
「そうか、ハル。その、な。もっと、この店の不思議なものについて教えて欲しいんだ。また来てもいいか?」
緊張しながらそう言うサイモンに、ハルは小さく笑って笑顔を見せた。
「もちろんです。また来てください!」
その日、サイモンは新しい手帳にこう書いた。
「手帳を購入。三千ロマ。
それから、ともだちができた」
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