3 勇者の休日とスクラップブック
賑やかなシェステナが、今日は一段と活気がある。人混みで溢れかえる街は熱を帯びているようだ。
やけにお祭り気分の今日、実は、勇者カイルが来たお祝いでパレードがあるのだ。
パレード好きと呼ばれるシェステナだが、今日ほど熱気のあるパレードはない。
大陸からやってきた勇者に、皆一目顔を拝もうと首を長くしている。
その中に、ハルとナツもいた。
勇者の乗った馬車が二人の前に止まる。
カイルたちは押し寄せる人々に握手をしたり、声をかけていた。
「お兄ちゃん! あの人だよ、あの人! 勇者カイル!」
ナツは初めての勇者に興奮気味だ。
人混みをぴょんぴょん飛び跳ねて、もっとよく姿を見ようとする。
ハルも物珍しい目でパレードを眺めていた。
「わ〜! なかなかかっこいいね。お兄ちゃんよりは絶対かっこいい!」
「はいはい、どうせ俺はモブ顔だよ」
面食いめ、とハルはナツを睨むが、この妹が気にするわけがない。
ハルは再び勇者を見る。整った顔立ちに、細マッチョな体つき。確かに輝いている。
勇者の上にイケメンとは、羨ましいものだ。
「勇者さん、ウチの店に来てくれないかな」
「来ないと思うけどなー」
ハルはすぐに興味を無くし、新しい手帳について考えをめぐらし始めた。
それにナツが気づかないわけがなく、
「だからお兄ちゃんには彼女ができないんだよなぁ」
と、呆れるのだった。
○
カイルは深々とローブを被って、街へ繰り出した。シェステナに来たのは初めてだ。
こんなににぎやかな街とは思わなかった。
交流都市、シェステナ。
さまざまな人種が集うこの都市は、右も左も人ばかり。
それがかえって今のカイルにはありがたかった。
今日は、勇者であるカイルの唯一のオフ。
たまにはカイルだってのんびり過ごしたいのである。
バレないようにブラウンのローブを来て、人混みに紛れる。
パーティーとも分かれて別行動だ。
今ごろ、仲間たちも思い思いに過ごしているのだろう。
故郷で勇者と神託がくだり、一年半。
仲間たちと共に旅を続けてそれなりに人々に貢献したはずだ。
旅は楽しい。もちろん、魔物と戦ったり、野宿をしたりと苦労もある。
今でこそこうやって歓迎してもらえるが、旅立った当初は騙されたり冷たい目で見られることもあった。
勇者の仕事は大変だったが、知らない世界を知る毎日はとても楽しい。
村にいた時より断然今の方がカイルには合っていた。
「さすが交流都市。なんでもあるな」
カイルは何か見たことのないものはないだろうかと街並みを物色する。
一番街の端に着くと、不思議な店を見つけた。
「ん? オーダーメイド手帳店?」
いろんな場所を旅したが、手帳なんて聞いたことがない。奇妙な名前に興味が湧き、カイルは店の中へ入った。
「いらっしゃいませ」
ドアベルに男の声が重なる。
白いシャツに店の制服を着た東洋系の男が迎えいれてくれた。
店の中はやけに静かだ。
「ここはどういった店なんだい?」
「はい。手帳と文房具のオーダーメイド店になります」
男は丁寧に、手帳と文房具について説明してくれる。
手帳とはとにかく、予定を立てたり記録したり、さまざまな使い方があるらしい。
その話をする時の男の顔は生気に満ち溢れ、興奮しているのか頬が染まっていた。
よほど手帳が好きなのだろう。
ハルと名乗る男の熱に当てられたのか、カイルは何か一つ買って帰ることにした。
「うーん。手帳っていろいろあるね。何を買えばいいかさっぱりだよ」
とハルに相談すると、こう聞かれた。
「何をするのが、一番好きですか?」
「そうだな。旅かな。見知らぬ異国の風景、聞き慣れない言葉、旅で出会った親切な人たち。
どれも俺の宝物だ」
「なるほど。では、こちらなどどうでしょう?」
と、ハルは棚から一冊の本のようなものを手にとり……見たことのない代物に、カイルは顔を近づけてまじまじと観察した。
表紙は革に似ているが、フェイクレザーらしい。
見た目は間違えるほどの代物だ。
中身は薄い茶色の紙のようで、あたたかくて素朴な印象がある。
「こちらはクラフト紙を使用した、スクラップブック手帳になります」
「スクラップブック、手帳?」
これもまた初めて聞く名前だ。
「はい。スクラップブックは貼り込み帳とも呼ばれ、さまざまなものを貼りつけて記録するものです。旅の思い出を残すのにぴったりかと思います」
「旅の思い出か」
「貼りつけるものはなんでもいいんですよ。店で購入した食料のロゴ付き袋を切り抜いたり、新聞記事に紙モノやスタンプを押したり。
そういったものをこの手帳に集めれば、きっと良い旅の記録になりますよ」
なるほど。カイルはパラパラと手帳のページをめくる。
このページいっぱいに、旅の思い出をつめこむ。そう考えるとワクワクしてくる。
ページの最後あたりには、地図が載っていた。カイルの故郷の大陸も描かれてある。
「あ、それですか。トラベルマップですね。
スクラップブック手帳はウチのオリジナル商品なんで、そういった機能もあります。
行った場所に印をつけたり色を塗れば、旅をした場所が一目でわかります」
面白いなとカイルは呟いた。
今まで、旅の記録をするなんて考えたことがなかった。勇者として旅をして、改めて知らない世界を歩くのが楽しいと感じた。
それを集めたら、いったいどうなるのだろう?
「スクラップブック手帳、注文していいかな」
「かしこまりました。すぐにお作りしますね」
カイルの心臓が高鳴る。
どんな手帳になるのだろうか。
○
「ありがとうございました」
旅人が帰ると同時にナツが戻ってくる。
だが何故か慌てているようで、ハルはどうしたのだろうかと首を傾げた。
「ねえ、お兄ちゃん! 今のお客さんって、勇者カイルだよね!? 絶対そう!」
「え? そうなのか?」
深くローブをかぶっていたし、手帳の説明に夢中で気づかなかった。
「も〜! なんで入れ違いになっちゃうの? いいなぁお兄ちゃん、勇者カイルと話せて。サイン欲しかったなぁ」
ナツはかなり残念がっており、ため息をついている。サインなんてもらってどうすんだと聞きたかったが、やめておいた。
まさか店に飾るつもりじゃないだろうか。
「ま、手帳を気に入ってくれたらまた来るんじゃないか?」
「そ、そうだよね! お兄ちゃん、何創ってあげたの? 勇者カイルの使ってる手帳ってふれこんだら売れるかも!」
と、ナツはキラリと目を光らせるのだった。
○
勇者一行はシェステナの人々に見送られ、再び果てしない旅に出る。
隣国まで馬車を出してもらい、カイルたちは車にゆられながらシェステナを出た。
手を振り終えると、カイルは袋から手帳を取りだした。深いブラウンのフェイクレザー。
汚れにも強く、耐久性のある表紙にしてもらった。
中をめくると、無地の薄茶のページ。
なんでも放りこめるように、ポケットのついたページもカスタムしてもらった。ポケット部分は透けていて、中に何が入っているか一目でわかる。
行きたい国リストと、トラベルマップもついている。
見本より少し大きめのサイズなので、たくさん貼り書きできそうだ。
カイルはそっと手帳を閉じると、顔を上げて仲間たちを見た。
「さて、みんな。ルクセブナ国に着いたらどうしようか?」
のちにこの勇者カイルの記した手帳は、伝説の「勇者の書」として語り継がれ、何世紀にも渡り宝として扱われることになる。
ただ、それはまだ長い長い先の話だ。
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