2 王宮司書の楽しみと読書ノート


 メリダ・カネルは王宮にある王宮自由図書館の司書だ。

王宮自由図書館は、王宮の一部を一般開放し、図書館として一般人たちに利用させている。


利用者はシェステナの市民から、旅人まで幅広い。ただ、貸出はシェステナ市民しか使えないようになっている。


 今日は久しぶりの休み。本が大好きで司書になったメリダは、今日も今日とて新しい本に出会う為に街へと繰り出していた。


「はぁ〜まさかこんなところに古本屋があったとは、今日の一番の収穫ね!」


シェステナの一番街にひっそりと佇む古本屋。

なかなかメリダにドンピシャなセレクト、つい手にする本の数が多くなる。


店番は小さな女の子で、きっと家族が古本屋をやっているのだろう。


「この辺りにいい本屋、ないかな?」


本は本好きに聞け。メリダがそう聞くと、女の子はくりくりした目でメリダを見つめてこう言った。


「本屋じゃないけど、おもしろいお店があるよ。おすすめだよ。となりにあるよ」


と言われたので、メリダは古本屋を出て隣の店の前に立った。


「オーダーメイド手帳店? なんだろう、手帳って」


知らない言葉に、好奇心が掻き立てられる。

いつのまにか店に入っていた。


 店内は静かで、静かすぎて少し不安になる。

と、店員を見つけた。何かを並べているようだ。


「あの、すみません」


メリダが声をかけると、店員の少女が振り返る。店員の前にある棚には、見たこともない不思議なアイテムが並べられていた。


「あの、ここ初めて来たんですけど、手帳って、なんですか?」


不思議なアイテムも気になりつつ、疑問に思っていたことを聞いてみる。


「いらっしゃいませ! はい、手帳とは」


「人生の伴侶であり自分という会社の秘書。執事とも言うべきか」


「もう! お兄ちゃんは黙ってて!」


店の奥から男性が突然現れる。

店員はキッとお兄ちゃんと呼んだ男性を睨み、メリダに向き直った。


「手帳と言うのは〜」


ナツ、説明中。


「つまり、書き込んで使うもの、かな?」


「はい! スケジュールを立てたり、日記を書いたり。好きなものをコラージュしたり。使い道はたくさんあります」


「へえ〜」


感心して、つい間延びした声を出してしまう。

そんなものは今まで聞いたことがない。

見せてもらった手帳と呼ばれるものも、初めて目にした。

彼女たちの国では誰もが使っているらしい。


「しかし最近はデジタル機器で手帳を作る人も増えてきた。全く、紙というアナログ感が良いというのに。疲れきった現代人にこそ手帳というものは」


「はーい、お兄ちゃんはちょっと黙っててね〜」


ナツと名乗った少女は、兄であるハルの脇腹に手刀を食らわせる。ハルは撃沈した。


「手帳かぁ」


メリダは目の前に並べられた手帳を眺める。

可愛いピンクやライムグリーン、高級そうな革製の手帳。

フォーマットもいろいろあるらしく、買ってみようと思ったものの多すぎて悩んでしまう。


「ふふふ。実は、メリダさんにぴったりなものがあるんです!」


と、ナツは棚から一冊の手帳を取りだした。

落ち着いた雰囲気のくすみピンクの表紙。


中を開いて見ると、枠の中に空欄があり、上には日付とタイトルを記入するスペース。

真ん中には星がついており、下にメモが書ける欄が空いていた。


「読書手帳です! 読んだ本をメモする手帳なんです。司書のメリダさんにぴったりですよ」


「わあ! これ、いい! いいけど、私、司書って話したっけ」


「実はよく王宮自由図書館に通ってて、メリダさんのこと見かけてたんです」


ナツはペロッと舌を出して可愛いく笑う。そういうことだったのとメリダは納得した。


「まあ読書ノートってのが私たちの故郷のものなんですけど、この読書手帳は店オリジナルで。ノートより小さめの手帳サイズで持ち歩きしやすいんですよ。

さらに! 感想を書く以外に、気になる本屋の住所をメモしたり、読みたい本のリストを書くページもあります」


家計簿と呼ばれる機能もあるらしく、本の支出まで記録できるのだとか。


「紙が薄いのに丈夫で、ペンのインクが裏写りする心配もありません。

ただ、ちょっとページ数が多いので重めなのが気になる方もいらっしゃるようです。

その場合は、ウチはオーダーメイドですのでいらない機能を削ることも可能です。

……ね、お兄ちゃん?」


「い、イエス。痛たたた。今のは効いたぞ」


ハル、復活。


メリダはページをパラパラとめくる。そして手帳を閉じてじっとそれを見つめた。


「いかがですか?」


ナツの問いに、メリダはすぐに頷く。

その目は明るい輝きに満ちていた。


「読書手帳のオーダー、お願いします!」



「メーリダ! 何してんの〜」


 ここは王宮自由図書館。白亜の内装に、高級な赤い絨毯。壁を彩るステンドグラス。

七階まである果てしなき本棚。

ここがメリダの仕事場だ。メリダが手帳に仕事のアイデアをメモしていると、隣から同僚のリーが覗いてくる。


「何それ? 本?」


同じく本好きのリーはすぐに手帳に食いつく。

メリダはニヤリと笑って、それを持ち上げた。


「これ、私の手帳なの!」


その声は手帳を誇らしげに語っている。


「手帳? 何よそれ。アタシ知らない!」


リーは不思議そうに手帳を見つめている。

嬉しくなって、メリダは手帳について説明を始めた。

今見せている手帳は、実は読書手帳ではない。

仕事で使う為のスケジュール管理用の手帳だ。


あれから手帳についてハマったメリダは、さらにスケジュール用の手帳を追加注文したのだ。

これでハルの人類手帳化計画はまた一歩進んだのである。


ついでに、文房具オタクのナツがペンやらシールやらでそそのかして、ついそれらもお迎えしてしまった。



仕事用の手帳も、オーダーメイドなので使い心地抜群。温かみのあるオフホワイトの表紙は、手触りが良く日の光で艶を見せてくれる。

汚れても拭けばキレイになるので、仕事場でもガシガシ使うことができるのが嬉しいところ。


「すごい! そんな本があるんだ!」


ついでにメリダは、持ってきていた読書手帳も引き出しから持ち出す。

リーは次は何なんだなんだと興味津々だ。


メリダのオーダーメイドの読書手帳は、ちょっと古めかしく革製のカバーになっている。

革の香りは心を落ち着かせ、使いこむうちに艶が出て育っていくのがいい。


ついでにハルがさらにそそのかして、革用クリームも購入してしまった。


読書手帳について話すと、リーは即「それ、アタシも買う!」と即決した。


「最近、本読みすぎてさ。今まで何の本を読んだのか、わからなくなって困ってたんだよね。

それがあったら読んだ本の管理ができて便利。

なによりオシャレ!」


リーは目をギラつかせながら、


「ねえ! それ、どこに行ったら買えるの?」


仕事終わりに即足を運ぶつもりのようだ。


「うん。オルディーヌ通りにあるオーダーメイドの手帳屋さんでね。ハルtoナツって名前。それでね、手帳の他にもカラフルなペンとかマスキングテープってのもあって……」


この日の夕方、ハルtoナツには読書手帳を求めて一人の客が足を運ぶことになった。

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