「異世界手帳店ハルtoナツ」あなたにぴったりな手帳をお創りします!
子猫のこ
1 落ちこぼれ学生とスタディプランナー
「オーダーメイド手帳店、ハルtoナツ? 変なお店だな」
ローランは看板の名前を呟き、店の前に立っていた。
交流都市シェステナ。ここには、さまざまな国から、さまざまな人種が訪れる。
人口が多いのに比例して、街には数えきれないくらいの店が立ち並ぶ。
新しい店がいつのまにかできていても、驚くことではない。
この辺りはいつもなら素通りするところを、ローランは不思議な名前につい足をとめてしまった。
赤茶の煉瓦で作られた店は、どことなくあたたかみがあり好感が持てる。
黒い看板には、本と不思議な、ペンだろうか?
ハルtoナツとロゴが入っている。
しかし、手帳とは一体、何なのか?
貴族の遊びだろうか? 新しい食べ物屋? いや、お腹が空く香りは漂っていない。服屋だろうか。アトリエかもしれないな。
結局、名前だけでは想像がつかなかった。
これはもう入るしかない。
ローランは緊張しながら、店のドアを開けた。
カランカラン。
ドアベルが鳴る。
中はやけに静かだ。街の中心部にあるというのに、外の喧騒が聞こえない。
木製の棚には、見たことのない本や、カラフルな棒、丸い穴が空いているもの、ハガキ、美しい色合いのインク、高級そうな羽根ペンが並んでいる。
「いらっしゃいませ」
顔を上げると、黒い髪の男が立っていた。
東の国の人種に似ている。顔立ちから二十代前半だろうか。
「何かお探しですか?」
その言葉に、ローランは慌てる。
「え、いや、あの。ここって、どういう店なんですか?」
「はい。こちらは、オーダーメイドの手帳と文房具を取り扱っている店になります」
「手帳?」
ローランにはさっぱりわからなかった。
まあ、そうでしょうね、と男は頷く。
その目がキラリと光った。
「手帳とは、人生の相棒です。伴侶とも言うべきかもしれません。自分の人生をまるまる受け止め、預け、共に歩んでくれるもの。手帳一つで、人生が変わるのです」
「は、はぁ」
あまりの力説に気圧される。
しかしそれだけでは「手帳とは何なのか?」はさっぱりだ。
「も〜! お兄ちゃんったら、説明になってないよ?」
と、男の隣にひょこっと少女が現れた。
男と同じ髪色に、同じ顔立ち。背は低い。
男とお兄ちゃんと呼んだことから、彼の妹なのだろう。
「あれ、ダメだった?」
男はきょとんとしている。
そんな兄に少女は腰に手を当て、人差し指を立て振る。
「ダメダメ! 意味わかんないから! ちゃんと説明して!」
「わかったよ。でもなぁ。手帳って人の数だけ使い方や扱い方が違うしさ。
一概にこう使うと言うと、自由がなくなるだろ?だから俺は」
「もー! わかったよ! わかった! お兄ちゃんに言ったあたしがバカだった!」
少女はため息を吐く。
ローランは二人の話についていけず、ただ戸惑うしかない。
少女はローランに向き合うと、口を開いた。
「ごめんなさい、お客さん。ウチは手帳って呼ばれるアイテムをメインに扱っています。
その種類は多種多様! 予定管理から勉強計画を立てたり、自分の毎日を記録したり。
しかもウチは、その人だけの手帳をオーダーメイドできるんですよ」
「勉強計画、ですか」
ローランはつい反応してしまった。
「あ、もしかしてお客さん、学生さんかな?」
「はい。魔術学校に通っているんですけど。
でも僕、勉強が苦手で、いつもテストの順位は下から数えるのが早くて……」
と、ローランは頬を掻きながら苦笑する。
平民でコネもないローランだったが、魔術特性がそれなりに高く何故か魔術学校へ入ることができた。
しかし、ローランはまだ下の下。
学校にはローランより魔術特性も頭もいい奴らはごまんといる。
いつも試験順位は最下位辺りをうろつき、難易度の高い授業にはなかなかついていけない。
自分が魔術師になるなんて、バカげた話だったのかもしれない。最近、よくそう思うようになった。
学校もやめようかと、悩んでいたのだが……。
「もったいないですよ、お客さん! せっかくチャンスがあるのに!」
ナツはローランの話を聞くと、興奮しているのか頬を赤くして引き止める。
男の方はハル、少女はナツと言うらしい。
この店は二人で切り盛りしているそうだ。
「でも、僕みたいなやつなんか……ムリだったんですよ」
「あきらめるのは、まだ早いんじゃないかな?」
ハルはそう言うと、棚から一冊の本を取り出す。鮮やかなブルーの表紙。
その色合いには、つい見惚れてしまいそうだ。珍しい。こんな表紙の本は見たことがなかった。
ハルはその本をローランに渡す。
「これは?」
「スタディプランナーの見本です」
「スタディプランナー?」
手に取ると、すべすべした肌触りに虜になった。こんな本は初めてだ。
中身をめくってみる。不思議なことに、文字が書かれていない。枠線がノートを囲み、数字が記されてある。
本ではないのだろうか、とローランはハルを見上げた。
「スタディプランナーとは、勉強計画を考えたり勉強のログを残す為の手帳です」
「勉強の手帳」
つい言葉を口に出してしまうと、ハルが頷く。
「ええ。計画を書き、ログを残すことで勉強へのモチベーションを上げ、スムーズに学弁ができるかと思います。
学生生活は大変でしょうが、手帳は貴方を裏切りません。きっと貴方の助けになるはずです」
ローランは唾を飲み込むと、手帳を見て、再びハルを見上げる。
それは、何かを決意したかのような目だった。
「……あの、これ、注文していいですか?」
○
ローランは寮に戻ると、自分の机について紙袋を鞄からとりだす。
この紙袋はハルtoナツ特製の紙袋。手帳と万年筆のイラストとお店のロゴがおしゃれだ。
紙袋から、そっと手帳を手に取る。
深いグリーンの表紙に、自分の名前が金で箔押しされている。
「これが、僕の手帳」
ローランは今まで経験したことのない、感動と興奮に包まれていた。
○
三ヶ月後。
ハルは自分のスキル<手帳創造>で新しい手帳を創っている最中だった。
ハルと妹のナツは、異世界からやってきた異世界人。もちろん、日本生まれ。
最初、異世界に来てしまった時はどうなるかと思ったが、今は念願の手帳のお店を始めてハルとしては願ったり叶ったり。
日本ではブラック企業の社畜だったハル。
今は大好きな手帳に囲まれ、しかもオリジナルの手帳が創れるというご褒美で毎日が楽しい。
大切な家族、ナツもいる。
カランコロン、とドアベルの音に視線を向けると、ローラン学生が店に入ってきた。
「ハルさん、スタディプランナーがなくなりそうなんで、注文していいですか?」
はきはきと話すローランは、三ヶ月前の印象とかなり違っていた。
目が輝いて、心なしか自信に満ちている。
「どうやらぴったりの手帳に出会えたみたいですね」
「はい」
ローランは元気よく頷いた。
「あれから、もう一度だけ頑張ってみようと思って。スタディプランナーを使って気づきました。
自分は勉強もできない落ちこぼれだと思っていたけど、毎日勉強した時間をメモしてると僕頑張ってたんだなーって。なんだか自信がついて。
それから勉強計画もしっかり立てて勉強したんです。そうしたら、今週のテスト、少しだけ順位が上がったんです! ほんの少しでも、とっても嬉しくて!」
「それはよかった。ローランさんの頑張りが、結果になったんだと思いますよ。すごいです」
ハルは心からの嬉しさを、笑顔で見せる。
手帳を通じて、こうやって誰かが幸せになってくれるのが一番嬉しい。
「あ、それで、ちょっとこういう機能が欲しいなーってのがあったんですよ。追加することってできますか?」
「もちろんです! すぐにお創りしますよ。どういった機能をご所望ですか?」
とある異世界にある、不思議な手帳店。
二人の兄妹は、今日も誰かの為の世界にたった一つの手帳と文房具を創っている。
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