第2話 早起き

次の日の朝、奇妙なほど早く目が覚めた。春はあけぼのと言えど、あけぼのどころかやっと空が紫っぽい染まってきた位である。


 布団に入っても体が妙にそわそわして寝られない。仕方がないので僕は身支度を済ませてベッドに座る。


 ふと外を見ると、まだ朝ぼらけ程の明るさであった。


 僕は昨日から電源を切ったままのスマホを立ち上げる。立ち上げた瞬間、最大光量の明るさが僕の目を殺してきた。起動トラップである。


 そして、スマホを起動させると次は大量の着信が押し寄せる。逆に怖くなってきた。


 八割方は山吹からのメッセージだった。残りは公式の通知だった。


 『そっか。頑張れ!』

 『そういえば明日の数学小テストあったっけ?』

 『あれ、死んだ?』

 『不在着信』

 『不在着信』


 さらにうさぎかアザラシか分からない可愛い感じのスタンプが何個か送られてきていた。


 『ごめん。電源切ってて気付かんかった』

 『多分あったと思う多分積分の計算』


 僕は適当に返信を返した。あんまりメッセージのやり取りは得意じゃない。

 

 そして、ゲームのログインをして、小テストの勉強をして時間を潰した。


 そうこうしている内に登校するに良い頃合いになってきていた。

 久しぶりに早起きしたのだからと、30分ほど早く登校することにした。


 教室につくと、案の定一人だった。僕は教室の窓を開け、空気の入れ換えをしていると、廊下からスリッパの音が近付いてきた。


 教室のドアが開く。そこには顔馴染みの女の子が一人、こんなに早くやってきていた。椎名心菜であった。


 僕の中の緊張度は一瞬で振り切って、真っ白になった。


 「あ、野宮くん。おはよう」

 「椎名さん、おはよう」


 会話が続かない。椎名さんは挨拶を交わすと、緊張とかそういったものを感じさせずに自分の席へ座った。

 

 僕は彼女から遠ざかるように黒板の掃除を始めた。


 しかし、椎名さんを気にしないように黒板の方へ向かったが、無意識には逆らえず、ちらちらと椎名さんのことを見てしまう。まるで変態である。


 「ん? 私に何かついてる?」

 「いや、なんでもない」

 「そっか」


 会話が終わった。スムーズに会話をしたいのだが、昨日のことがあったせいで僕は雑談というもののやり方を遂に忘れてしまったらしい。


 僕は教室の掃除を終えて、やることがなくなってしまった。でも、僕はあまり自分の席には戻りたくなかった。なぜなら、僕の真横の席が椎名さんの席だからである。


 そして僕は普段絶対に見ることの無い学級文庫の前でうろうろとしていた。


 「そういえば野宮くん。今日の小テストやった? 分からないところがあるんだけど」

 「え、ああ。うん、いいよ何?」


 突然のことに声が裏返った。緊張のしすぎでちょっとのことに過剰に反応してしまっていた。


 「声裏返ってるじゃん。びっくりした?」


 椎名さんは大きな素振りをして笑っていた。なんだかそれはそれで気が楽だった。


 「まあ、ちょっとね」

 「えー、ほんと? 結構驚いてたよね」

 「いいや、そんなこと無い」


 僕たちはそんなしょうもない会話を繰り広げながら、僕は椎名さんの前の席に座った。


 やっぱり目の前ということもあって、緊張感が半端じゃないところまでやってきていた。正直まともに頭が働かない。


 椎名さんもそうなのか、明らかに口数が減っていた。椎名さんは紙から片時も目を離さず話し始めた


 「えっと、これなんだけど」


 さっきまでの元気な椎名さんはどこへやらと言いたくなるほど小さな声だった。


 「えっとこれはね、これに1っていう係数がついてるという風に見れるから」


 僕はなんだか教えている手応えがなくて、ふと途中で椎名さんの方を見た。すると、椎名さんは何かぼーっとしていて、こっくりこっくりと眠そうだった。


 「あの、椎名さん?」

 「えっ! あ、ごめん」


 アニメならパチンという効果音が似合う感じの良いリアクションだった。


 それにしても、かなり疲れている様子で申し訳なかった。間違いなく昨日の一件のせいだろう。


 「寝不足?」


 野暮な質問をしてしまった。確実に原因は分かっているのに気が回らなかった。


 「え、ああ。うん。まあ、その昨日寝付けなくて、すぐに目覚めるし。その、教えて貰ってるのにごめんね」

 「いや、そのあんまり気にしないで」


 こっちこそごめんと言いかけそうになったが、堪えて出来るだけ思い出さないように、単純な言葉をかけた。


 「うん、ありがとうね」


 彼女は僕の目を見てニコッと笑顔を見せた。疲れがみえる笑顔だったがやっぱり可愛い笑顔だった。


 「それで椎名さん、これどうする? やっぱり寝る?」

 「いや、せめてこれだけ終わらせてからにする」


 椎名さんは左手にペンを持って集中モードに入っていた。


 「わかった。じゃあ早く終わらせよっか」


 そして、五分くらいして問題が解き終わった。


 ちょっと難しい問題だったということもあり、さらに寝不足なのも合わさったせいで終わった頃には放心状態だった。


 「とりあえず終わったし、椎名さんは寝る?」

 「んん。ちょっと寝る。ホームルームのときまた起こしてね。じゃね」


 椎名さんは寝ぼけた声で話していた。もうほとんど頭が働いていないのか、緊張感すらない、素の反応と声だった。


 僕は椎名さんが寝たことを確認してから、教室の窓を閉めて日差しがちょっと当たるように調節してあげた。


 そして僕もやっと気が楽になって、時計を見ると8時を指していた。朝の30分ほど早く感じるものは無いのかなと悟った。

 

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