第18話 事前準備
「まったく、何を考えていらっしゃるのかと思えば…………口酸っぱく言われているでしょう? 殿下はなるべくフロイス公爵令嬢と関わらないようにと」
頭痛がするのかマシューは頭を押さえながらそう口にし、ライオスはため息をついた。
「甥を心配する私の優しさが分からないのか、マシュー?」
「どう考えても引っ掻き回そうとしているようにしか思えません」
「従者にそんなことを言われるなんて悲しいなぁ……」
ライオスは大袈裟に肩を竦め、再びロマンス小説に目を落とした。
(うん……ルルイエ、これを最後まで読めたのかな?)
身分差恋愛というのもあって、賛否両論ありそうな内容だ。大人向けの要素もあり、ロマンチックといえば、ロマンチックなのだが。
(ルルイエ、顔を真っ赤にして読んでそうだな……それにしても、王族がお忍びで城下に下りて遊ぶのは分かるけど、恋人どころか子どもまで作ってきちゃダメでしょ? 面白いから読むけど)
あくまでもこれは創作。ライオスはそう割り切って読むことにした。
ちなみに今読んでいるところは、戦争に行く恋人を見送ったヒロインに妊娠が発覚。戦争が終わり、恋人を待っていたヒロインが凱旋パレードで恋人が王族だったことを知る場面である。まだ物語は中盤、この後どうなるのだろうか。
ライオスがページをめくっていると、マシューの視線が突き刺さる。
「何?」
「俗っぽい作品を大真面目な顔で読んでいらっしゃるので。本当に面白いのですか?」
「ああ、娯楽として十分だ。それと今いいところなんだ、ルルイエが来るまで話しかけないでくれ」
「御意」
そう言って、マシューは室内にある使用人の控え室に向かって行く。
『王弟が女性向け恋愛小説にどっぷりハマるとは……はぁ……』
(なんとでも言うがいい)
頭の片隅で「これは作者買いを検討しようか」と思い始めてきた頃、遠くからルルイエの心の声が聞こえてくる。
『殿下とデート……殿下とデート!』
(あ、来た)
ライオスは本を閉じて緩めていた襟元を正した。
今日はルルイエと王都から少し離れた植物園へ出かける予定だ。
(リチャードはフロイス公爵令嬢と城下の散策かな。さらに仲良くなってくれると嬉しいけど)
キャロラインの優秀さと鉄仮面ぶりはリチャードの大きな支えになるだろう。彼女の内面を知ると不安がないとは言えないが、今までのことを考えるとキャロラインは優良物件だ。
ただし、彼女に親しい男性がいるのは予想外だった。
(リチャード達に任せるしかないな……頑張れ、甥)
ライオスが心の中で祈っていると、談話室のドアがノックされる。
ルルイエだ。
マシューが対応してくれ、ライオスも彼女を迎える。
「お待たせいたしました。ライオス殿下」
「気にしないで。私のクラスの授業がなくなっただけだからね」
ライオスはルルイエに微笑むと、彼女の手を取った。
「じゃあ、行こうか」
「はい」
ライオスはルルイエの手を引いて、まずは王宮へ向かったのだった。
◇
リチャードは緊張していた。
理由は簡単。今日の午後はキャロラインを連れて、城下に散策に出掛けるのだ。
もちろん、お忍びで。王族と公爵令嬢が城下へ遊びに行くとは物語のような話だが、これはキャロラインの希望だった。
この日は講義が少ないので、城下の様子を見たいと。
決まってこの曜日は、必修科目が少なく、リチャードは自身の休息の意味も含めて午後の選択科目を取っていなかった。
元々の予定に城下の散策が含まれていたが、いざ、彼女と一緒にとなると緊張しない方がおかしい。キャロラインに対して苛烈な女という印象が抜けきっていないのが大きな理由だ。カレンとその弟のヨルンも同行するが、彼女達は接待に関してあてにできない。
この姉弟は上下関係がはっきりとしており、特にヨルンは引っ込み思案だ。姉の言いなりのヨルンは常に腰が低く、おどおどしている。キャロラインと対面した時は、姉の雰囲気と似ていたのか、一言も話さなくなってしまい、リチャードは内心慌てたものだ。
(頭を下げてでも叔父上達に同行してもらえばよかった……!)
父ミカエルは城下の散策時はライオスとルルイエの同行を提案した。
その理由は、ここ数日、カレンの態度がいささか強引だったから。
キャロラインについている侍女の話によると、学園ではカレンの友人達で周囲を固められてしまい、少し息苦しい思いをしているようだ。
カレンは伯爵家だが、旧家で親は国の宰相。スクールカーストの中でも上位に食い込み、同年代のお茶会にしか参加したことがないため、いささか謙虚さに欠ける。
それに比べ、ルルイエは社交界デビュー前であるが、ライオスと一緒にいることが多いためからか、自分よりも目上の人に対する気遣いや対応に慣れている。キャロラインとの相性も良さそうだった。
普段軽口ばかりのライオスもルルイエの前では大人しく、勝手に二人だけの世界に入ることはあっても、リチャードの邪魔はしない。
ライオスのことは苦手だが、今のリチャードにキャロラインと二人きりになる勇気はないため、ミカエルの提案は渡りに船だった。
しかし、ミカエルの言うことだけには素直に応じるあのライオスが、珍しく難色を示した。
ライオスにとってミカエルは親代わりの存在。いつもなら軽口を叩きながらも頷くライオスが、ため息交じりに首を横に振った。
『兄上、リチャードはもう十六歳になるんですよ。私も、甥と同伴のデートはちょっと』
『父上の心配には及びません。フロイス公爵令嬢とは少し仲良くなってきたところなので』
こうして、リチャードはまんまとライオスの挑発に乗ってしまい、結局リグレー姉弟を連れて城下に向かうことになったのである。
(まあいい。ヨルンの姉が出しゃばらないようにオレがフロイス公爵令嬢をエスコートすればいい)
幸い、キャロラインから事前に行きたい場所をリストアップしてくれている。カレンの好きなようにはできないだろう。
(しかし、視察以外で城下に行くのは初めてだな……)
リチャードは今、制服から平民を装った服装に変わっている。どう頑張っても自分の手持ちの服では平民に見えなかったため、騎士団長の従騎士に服を借りたのだ。しかし、生来の育ちの良さが抜けきれなかったので、富裕層の子どもに見える。
ちなみに従騎士に服を借りるアイディアはライオスからの助言だった。服を借りた時に知ったのだが、ライオスは何度かお忍びで城下に遊びに行っていたらしい。ミカエルがライオスの同行を勧めた理由をリチャードはこの時に気付いた。
ライオスは王族の象徴である青い目を眼帯で隠していたようだが、リチャードは色入り眼鏡と帽子を深くかぶることにした。
(お忍びだから目立たないようにしないと……)
「殿下、お待たせいたしました」
カレンの声が聞こえて顔を上げると、リチャードは絶句する。
普段よりも装飾が少なくドレスも大人しめな色を選んでいるが、ばっちり化粧をしており、どうみても貴族のお嬢様だった。後ろにいるヨルンも同様だ。
「リグレー伯爵令嬢……少し派手じゃないだろうか? せめてワンピースとか」
「あら、これでも地味なものを選んできたのですが、お気に召しませんでした? むしろ、殿下は質素すぎませんか?」
(護衛がいるとはいえ、お忍びの意味を分かっているのか……)
姉とは違い、ヨルンはリチャードの言うことが分かったのか、右往左往している。頭が痛い状況にリチャードは出そうになったため息をこらえた。
「すみません。遅れました」
キャロラインの声が聞こえ、リチャードはハッとする。
(リグレー伯爵令嬢がこれじゃあ、フロイス公爵令嬢は……⁉)
声がした方へ振り返ると、綺麗な銀髪を野暮ったく三つ編みにし、くすんだ緑色のワンピースを身に付けたキャロラインが立っていた。リチャードと同じく、いや、それ以上に平民を意識した姿だった。
カレンと隣に並ぶと、お嬢様とお付きの少女のように見える。
キャロラインはカレンとヨルンを見て、小首を傾げた。
「あのう……お忍びとお聞きしたのですが、間違っていたでしょうか?」
リチャードは侍従を呼び、カレンとヨルンをすぐに着替えさせた。
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