第17話 要注意人物との遭遇
キャロラインの登校初日から四日が経過した。
ポーカーフェイスが得意な彼女はライオスとルルイエに興味がある素振りは見せないが、遠くから感じる好意的な感情は未だ変わらず。かといって、リチャードやカレンともちゃんと交流をしているようだ。
ちなみに、エスメラルダはというと。昨年の世話役だった侯爵令嬢と顔を合わせているが、未だに密入国した理由を口にしないらしい。シャルメリアには既に手紙を送っているので、身内の手によって強制的に口を割らされるまで時間の問題だろう。
キャロラインもエスメラルダと毎日顔を合わせており、尋問……ではなく優しく諭しているようだった。
ライオスは引き続き、マシューにキャロラインとエスメラルダの情報を聞きつつ、ルルイエとの仲良く過ごしている。
(リグレー伯爵令嬢の気遣いには少々驚かされたけど、フロイス公爵令嬢の問題処理能力が高くて助かったな)
実は二日目、カレンは小さな失態を犯していた。
ライオスとリチャードは、キャロラインの状況を把握し便宜を図るため、夕食は共にすることがある。初日は国王ミカエルを含めた食事、二日目はライオスとリチャードと。
二日目の放課後はリチャードと一緒に過ごさなかったようで、カレンの対応を知る意味も含めてどう過ごしたのか尋ねたのだ。
すると、彼女はなんてことない口振りでこう言った。
「放課後、偶然、ルルイエ様の妹のヴィオ様とお会いして、カレン様に紹介していただきましたの。とても愛らしい方でした」
しかし、その心は。
『なんか喧嘩っぽい現場に遭遇したんだけど、あれはなんだったの?』
リチャードは状況が飲み込めず、心が読めるライオスは平静を保つのがやっとだった。
翌日、ヴィオから話を聞けば、キャロラインと出会ったのは本当に偶然だったらしい。ただし、カレンの友人達がルルイエの友人と一緒にいたヴィオに突っかかっている現場だったようだ。
カレン曰く、友人達はヴィオが近くにいると知って、リチャード達が気まずくならないよう彼女達を遠ざけたかったという話だった。おそらく、ヴィオ達を遠ざけるようにカレンが命じたのだろう。
キャロラインの機転によって現場はすぐに解散となり、不幸中の幸いかヴィオとリチャードの関係性は知られていない。
この一件でカレンばかりには任せられないと感じたリチャードは、積極的にキャロラインと関わりを持つようになった。
リチャードはキャロラインをお見合い相手として認識していないが、大事な客人として丁重に扱う姿勢はキャロラインも好感を持てたようだ。
キャロラインが苛烈な性格だと思っていたリチャードも少しずつ彼女の印象が変わってきている。
(あとは、彼らの進展を祈りつつ、私はルルイエとイチャイチャするだけ!)
現在、ライオスは教師の体調不良で授業が中止になり、中庭の四阿で休憩をしていた。
本来であれば自習にすべきだが、ライオス達が最終学年で必要な単位を取り終えている生徒が多いのが理由だ。この学年は卒業と同時に社交界デビューをするため、単位を取り終えた学生は人脈作りに勤しむ。
昼前の授業な上に、午後の選択科目を取っていない生徒の多くはサロンやクラブに向かっていることだろう。
ライオスも午後に授業を入れていないので、実質的に自由時間だった。
(さて、ロマンス小説でも読むかな)
マシューもいない自由時間は久しぶりだ。授業が中止になったことを知らない彼は、談話室で待機していることだろう。
最近のマシューはライオスがロマンス小説を読むのを快く思っていないらしく、二冊目の購入時にはだいぶ渋られた。
(マシューは酷いヤツだ。ロマンス小説に影響された私がルルイエに悪影響を与えると思っているんだから)
どうやら、ルルイエに美味しそうと言ったことが相当まずかったらしい。どちらかといえば、ロマンス小説の影響を受けているのはルルイエの方なのに。
(一冊目は共学の貴族学校が舞台だったけど、今度は身分差恋愛か……どれどれ)
この作家は時折、非現実的な設定や展開を織り込むものの、構成力、文章力が共に優れているのがよく分かる。おそらく、質の高い教育を受けてきたのだろうとライオスは推測した。
(現実とファンタジーの度合いがちょうどいいな。よく出来ている…………ん?)
「あら……なぜライオス殿下がここに?」
四阿に現れたのは、授業があるはずのキャロラインだった。
どうやら本に集中していたせいで、四阿に近づいてくる存在に気付かなかったようだ。
(まずいな、マシューもいないし、彼女と二人きりのところを見られたらあらぬ噂を立てられる)
ルルイエ一筋のライオスはたとえ噂でもルルイエ以外の女性と仲がいいとは思われたくない。
それにキャロラインが授業をサボろうが何をしようがライオスには関係のないこと。品行方正と名高い彼女にだって、授業を休みたい時だってあるだろう。
現に彼女から疲労感が伝わってくる。よほどカレンの相手に疲れているのか、それとも連日のリチャードの誘いに辟易しているのかは知らないが、一人の時間が欲しいと訴えているのが分かった。
「やあ、フロイス公爵令嬢。奇遇だね。急に授業が中止になって休憩していたんだ。君も休憩しにきたのなら、ここを譲るよ」
「いえ、そんな。王弟であられるライオス殿下に譲っていただくなんて……」
「気にしないでくれ。そろそろマシューがお茶の準備を終える頃だから、談話室に戻るつもりだったんだ。君も一人の時間が必要だろう? ゆっくり過ごすといい」
「あ、ありがとうございます…………あ、その本」
ライオスのロマンス小説に彼女の目が留まる。その瞬間に、彼女の心から悲鳴に近い声が上がった。
『そ、そそそそっそそそそそそっ、それは! 私の本‼』
(いや、私が購入したものだが?)
もしかして、彼女もロマンス小説の読者だったのだろうか。彼女の心の声を聞いていれば意外とは思わなかったが、いつになく動揺したキャロラインの感情が伝わってくるのを考えるとこっそり読んでいた本をどこかに置いてきたのかもしれない。
『な、なぜ⁉ なぜ王弟殿下がロマンス小説を手に⁉ 意外にロマンチストだったの⁉』
(失礼な……)
『読んだ⁉ もしかして、読んだ⁉ 読んだの⁉ 確かそれはちょっと大人向けの恋愛ものなのにぃいいいいいいいいいいいいいい! 王弟殿下にあのシーンを読まれるのぉおおおおおおおおおお⁉』
(……ほう、それはそれで興味がある)
若干ネタバレを食らったような気もするが、聞かなかったことにしよう。
「ああ、これかい? 巷で人気があると聞いて購入したんだ」
「そ、そうなのですね」
内心では戦々恐々とした様子のキャロラインだったが、何かを決意したような感情が伝わる。
「あの、その本は面白かったですか?」
「え?」
まさか感想を聞かれるとは思わなかったライオスはきょとんとしてしまう。
「ロマンス小説は人の色恋沙汰を描いているので風紀的にもあまりよろしくないのですが、我が校ではこっそり読み回す女子生徒が多いのです。それほど魅力的なものなのでしょうか?」
それらしい言葉を並べているが、もちろんそれは彼女の建前。
内心はこうである。
『人の感想ってなかなか聞けないのよ! だってロマンス小説は下世話って言われているし、なんなら読むのを禁止している家もあるし! 特に私なんて学校で品行方正で生徒の模範なんて思われちゃってるから、迂闊に感想を聞いたらイメージが崩れちゃうんだもの!』
(この子も大変だな……)
『高貴な身分、それに加え男性からの視点! ぜひとも感想をお聞きしたい!』
高揚感、そして期待と希望、緊張の感情が一気に突き刺さって痛い。ここまで期待されたら応えるしかないだろう。
「この本はまだ最初の方しか読んでいないんだが、実は前に同じ作者の作品も読んでいてね。現実的とは思えない展開や人物設定が若干気になるけど、それをファンタジーとして許容できるなら、エンターテインメントとして十分評価できる作品だと思うよ」
ルルイエが興味を持ったものだったので購入したが、琴線に触れる何かがなければすぐに処分していただろう。それだけ読ませる力や共感するところが作品にあるということだ。
『はわわわわわぁ~~~~~~~~~~~~っ! 生感想だぁ~~! 嬉しい!』
喜びのまま声を震わせるキャロラインを見ていると、なんだか不憫に思えてきた。
(この子、友達少ないのかな……時折俗っぽい口調をするし、良くも悪くも表と裏で感情が激しすぎる)
今のところ周囲にはバレていないが、何かの拍子にぽろっと本音が出ないだろうか。
彼女の本性を知ったリチャードの反応を見てみたい気もする。
「そうですか。ライオス殿下がそうおっしゃるのなら、わたくしも世間勉強に購入してみようかしら?」
(もう持ってるくせに)
ライオスは内心で苦笑しながら、彼女に背を向けた。
「それでは、私はここで失礼する」
「はい、お時間をいただき感謝いたします」
ライオスが四阿から遠ざかったところで、見知らぬ男子生徒の顔がライオスの脳内に浮かぶ。おそらくキャロラインが思い浮かべた知人の顔だろう。
ライオスやリチャードとは違って、目つきが鋭く精悍な顔立ちをしていた。
『やったわよ、グレイ~~~~~~っ! 他国の王弟から感想聞いちゃった~~~~~~~~っ!』
脳内に浮かんだグレイという男子生徒は彼女の読書友達なのだろうか。しかし、脳内の彼は『うっざ』と顔をしかめているのが気がかりだ。
(…………なんか本格的に彼女が不憫に思えてきたぞ。リチャードに助言しようかな)
彼女に名前を叫ぶほど親しい間柄の男性がいるとは思わなかった。
このまま彼女との縁談を後押ししていいのかも不安が残る。
「リチャードの女性運について兄上と真面目に話し合った方がいいかもしれないな」
なんなら自分が一肌脱いでもいい。
ライオスはマシューが待機する談話室に向かい、マシューにミカエルと話す時間を取りつけるように伝えた。
ちなみに、理由を聞いたマシューに一蹴されたのは言うまでもない。
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