第15話 分かるのに何一つ分からない

 

『げっ……』


 学食に現れたリチャードがライオス達の姿を見て顔色を悪くさせた。

 さっとカレンに視線を送ると、カレンが笑みを深くする。


『なぜ、ここに叔父上がいるんだ。カレン嬢……?』

『睨まないでよ! 私のせいじゃないわ!』

(すごい。視線だけで会話が成立している)


 彼らは心の声を聞く能力がないのに、綺麗に以心伝心していた。


 リチャードの背後に控えていたカレンの弟からもやけに気まずい雰囲気が流れてきている。

 それはそうだろう。リチャードの側近候補の彼にとって、ライオスは目の上のたんこぶなのだから。


 カレンとの交信が終わったリチャードは次にライオスを睨みつける。


『おい、カフェで食事するって話だっただろ!』

(悪いね、リチャード。私も悪気はないんだよ)


 事前に計画表を兄に提出していたのでリチャードはライオスの予定を把握している。さすがの彼も、ライオスが自分勝手に予定を変更したとは思っていないようで、半ば八つ当たりに近い感情だった。


「やあ、我が甥殿。実はフロイス公爵令嬢にお昼を誘われてね。お前も一緒にどうだい? 彼女は登校初日だし、顔見知りは多い方がいいだろう?」

「……ええ。私も彼女と交流を深めたいと思っていたので」


 リチャードは笑みを浮かべているが、敵意はビシバシと伝わってくる。


「では、個室の方へ行きましょう。その方がゆっくりできますしね」


 リチャードの険悪な雰囲気に周囲がハラハラして見守る中、王族関係者が使える個室に移動することにした。


「まあ、こちらの学園では食堂に個室があるのですね」


 広々とした個室は、教室くらいの広さがある。学食は注文して自分で取りに行くのに対して、ここではレストランのように専属の給仕がいる。ちなみにカフェも個室を選べば対応は同じだ。


 リチャードはその旨を説明した後も、さらに続ける。


「ええ。護衛の意味もありますが、常に人目に晒されている王族と公爵家のために構内には専用スペースがいくつかあります」

「羨ましいですわ。わたくしの学校は平等を強く謳っているので、食堂や売店、談話室といった共有空間に専用の場所がないのです」

「では、食堂が混んでいる時はどうしているんですか?」

「席が空くのを待つか。時間が後ろ倒しになる授業の時はランチボックスを持参して教室で食べるようにしていますね。かつて第一王子が授業終了と同時に売店に駆け込んだり、食堂に席がないと分かったらパンをかじりながら廊下を歩いたりして、構内を騒がせたこともありましたけど」

(突拍子の無い行動力は兄もなのか……)


 今の所、ライオスが会ったことがあるシャルメリア王族は成人済みの第一王子とエスメラルダだけだ。以前、第一王子に会った時は、落ち着いた好青年に見えたが、意外にやんちゃだったらしい。


 ルルイエも表情には出していないが「王族が、食べ歩き⁉」と内心では驚いている。


「こちらの学校では、身分によってメニューも変わるのですか?」

「いえ、基本同じものです。人によっては家から食事を持ってくる生徒もいますね。叔父上もその一人ですよ」


 人の感情が伝わる能力のせいでライオスは人ごみを好まない。特に学食は色んな感情が交錯するのでライオスは談話室で食事を摂っている。食事といっても簡単な軽食だが。


「あら、そうとは知らずお誘いして大丈夫でしたか?」

「ああ。今日はルルイエとカフェに行くつもりだったからね。ランチボックスは持ってきていないんだ」


 さりげなくルルイエとの仲をキャロラインにアピールすると、言葉では表現できないじっとりとした感情がライオスの肌を撫で、ぶわっと鳥肌が立った。



(な、なんだ⁉)



 この場で腕を擦るわけにもいかず、ライオスは笑みを崩さないだけで精いっぱいだった。


「お話を伺っていた通り、ライオス殿下とルルイエ様はとても仲がよろしいのですね」


 キャロラインの表情からではこれ以上感情を推測することもできず、ライオスは平静を装って頷いた。


「ああ。彼女とは幼い頃からの仲だからね。婚約者と良好な関係を築けて、私は幸せ者だよ」

「で、殿下……!」


 ルルイエが恥ずかしそうに頬を赤らめた時だった。


 キャロラインから何か感情をキャッチしたかと思うと、謎の空砲がライオスの鼓膜を突き破らんばかりに撃ち鳴らされ、教会の鐘音がライオスの頭の中で大きく反響する。


 まるで戦場と教会が同時にやって来たような騒がしさに、ライオスは奥歯を噛みしめた。



(耐えろ! 食事に誘われて応じたのに、食事もせず退室するなんて礼儀に欠けるぞ!)



 脳内に野獣の雄叫びにも似た野太い讃美歌が聞こえ始めた頃、リチャードが咳払いしたことでその騒がしさは一瞬に掻き消えた。


「叔父上達の仲がよろしくて何よりです。早くメニューを決めてしまいましょう」

(た、たすかった……)


 リチャードから『何イチャイチャしてんだよ……』と怨念めいた感情が伝わってくるが、割って入ってきてくれた彼にライオスは感謝した。

 気を取り直してライオスは、隣に座るルルイエの前にメニュー表を置く。


「ルルイエは友人達とよく利用するんだったね。オススメはある?」

『オススメ⁉ えーっと、えーっと。殿下は鶏肉がお好きだけど、今日はメニューにないから……あ、せっかくだからこちらを召し上がっていただきたいわ!』


 ルルイエが平静を装いながらメニューを目に通し、自分が好きなものを選んだようだった。


「そうですね……どれも美味しいですが、今日はAランチがオススメです」

「じゃあ、私はそれにしようかな? ルルイエは?」

「わ、わたくしも殿下と同じものを」


 照れながらも笑うルルイエを見て、ライオスは心が癒されているのを実感する。


(こんな混沌とした空間ではなく、できれば二人きりで堪能したかったな……)


 リチャードとカレンからの舌打ちと、リチャードの側近達の居たたまれない感情。そして、この状況を喜んでいるキャロラインの感情が伝わってきて、ライオスはもう何が何だか分からない。



(放課後こそ……放課後こそ! ルルイエとゆっくり過ごしてやる!)



 ライオスはそう決意し、昼食を摂ったのだった。


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