第14話 鋼の女の仮面の下

 

 キャロライン・フロイス。

 シャルメリア国王の姪にして、王位継承権もある公爵令嬢である。


 品行方正で成績優秀。自国の学校では生徒会副会長を務め、天秤の女神や鋼の女と呼ばれる彼女には、人には言えない秘密があった。


 それは、キャロラインが人気絶頂のロマンス小説作家であることだ。


 彼女は一人娘で公爵家の跡継ぎとして厳しい教育を受けてきた。元々厳格な性格ではなく、そうなるべく教育されてきただけのこと。キャロラインは周囲が望むフロイス公爵令嬢の姿を保ち、長年その期待に応えてきた。


 しかし、十二歳の時に弟が生まれたことでキャロラインの地位は一変する。


 次期フロイス公爵家当主の座を生まれたばかりの弟に奪われたのだ。


『キャロラインは後継者として教育は必要ないな』

『でも、この子が大きくなるまで分からないわ。教育は続けましょう』


 自分を弟のスペアとして扱おうとする両親の会話を聞き、自分の足元が崩れるような感覚がしたのを今でも覚えている。


 ──自分が今まで頑張って来たことはなんだったのか。

 ──なぜ自分の頑張りが認められず、何の実績もない生まれたばかりの弟が後継者に選ばれるのか。


 特段、家を継ぎたかったわけでも勉強が好きだったわけでもない。

 ただ、自分の努力が全て否定されたようだった。


 何度も自分を落ち着かせようと、事実を受け入れようとしたが、結局自分を納得させられる言葉は何一つ見つからない。


 弟を初めて抱っこした時、自分にニコニコと笑ったのを見て、このまま床に落としてしまおうかと思った。ただ男の子というだけで優遇される存在が、自分に笑いかけてきたのが憎くてたまらなかった。


 自分がこんなに苦しんでいるのに、悩んでいるのに、周囲は弟の誕生を喜んでばかり。気が狂いそうな毎日だった。


 そんな時、キャロラインは思いつく。



 ──日記に不満を書き出せばいい。ただ、誰かに見られることを考えて、物語調にしてしまおう。



 荒れに荒れていたキャロラインはどんなに小さな不満も日記に書き殴った。

 実在する人物の名前を変え、容姿を変え、身分を変えた。起きた出来事にもアレンジを加えた。

 こうして書いているうちに物語調の日記は小説として形を成していったのである。


 ムカつくヤツがいればミステリー仕立てにして第一被害者にしたり、エスメラルダが我儘ばかり言った時は婚約破棄されて断罪されるザマァものにしてみたりと好き勝手に書いた。


 日記も三冊目になった頃には、小説を書くことが楽しくなってしまい、ネタ帳を持って出歩くようになった。時折、ネタになりそうな痴話喧嘩や、嫌がらせ現場があったりすると野次馬しに行き、不当な扱いを受けていると分かれば割り込んで仲裁していった。



 こうして、ただの野次馬お節介令嬢に過ぎなかったキャロラインは、気付けば『天秤の女神』と呼ばれるようになっていたのである。



 そんなある日、キャロラインは放課後の図書室で寄宿学校を舞台に男装令嬢が入学する話を書いていた時、同級生の男子にノートを見られたのだ。


 相手は侯爵家の嫡男で、特段仲が良いわけではない。せいぜい廊下で顔を合わせたら挨拶をする程度の相手だ。


 ノートにはあらすじと簡単なプロット、書き出ししか書かれていなかったが、彼はそれを読むとキャロラインにこう言ったのだ。



「これ、本にしないか?」



 その一言はキャロラインにとって青天の霹靂だった。


 こうしてキャロラインは覆面作家として活動を始め、のちに彼女の小説、特にロマンス小説は爆発的に売れるようになる。


 世のロマンス小説では身分差恋愛やゆっくり愛を育むラブロマンスが多い中で、コメディタッチな少年少女の恋愛模様から壮大なヒストリックファンタジーまで描く幅広い筆力と個性豊かなキャラクターが大きな反響を生み、今や彼女の本は隣国にも流通するようになった。


 キャロラインは本で得た収入を全て貯金し、卒業後は夜逃げよろしくの精神で家を出るつもりだ。


 身分? 貴族の義務? 王位継承権? そんなの知らん。

 自分を散々振り回して今では見向きもしなくなった家なんぞに尽くす意味などない。


 その感情はもはや親への当てつけに近く、ビジネスパートナーの同級生に呆れられながらも応援され、着実に家出の準備を進めていた。


 そして最終学年に進級し、卒業まであともう少しとなった時、キャロラインは国王に呼び出される。


 国王の言葉を要約すると、隣国に留学して文化交流をしてきて欲しいとのこと。


 キャロラインは国王から大まかな予定表を受け取り、その留学の裏側を察してしまった。



(あ、これ……お見合いだ)



 隣国の王族と一緒に行動する時間が多い。


 おまけに相手はエスメラルダとのお見合いが破談になった王太子である。正直に言うと、結婚相手として無理がある。


 家出するつもりだし、王妃になれば執筆活動が容易にできなくなるからだ。


 しかし、キャロラインはそれに了承した。

 それはなぜか。



(ネタが豊富なあの王弟カップルに会える!)



 昨年、エスメラルダが留学した時に、彼女からリチャードではなく、王弟ライオスの話を聞かされていた。


 はじめは聞き流していたキャロラインだったが、やれ魔女の血を引くとか、やれ人の気持ちが分からないだとか、心を許しているのは婚約者だけだとか、そこら辺のスキャンダルなど吹き飛ばすほどの人物に、キャロラインが興味を持たないわけがなかった。


(まさか卒業間際にこんな機会に恵まれるなんて! これは行くっきゃないわ!)


 こうしてキャロラインはお見合いの話を受けて、隣国まで渡ったのである。

 予想してなかったハプニングもあったが、顔合わせで王弟カップルの様子を観察し、彼らの婚約までの経緯を聞いて、キャロラインは思った。


(新刊のモデルは彼らに決まりよ!)


 そして留学初日、キャロラインはさらなるインプットの為にライオスとルルイエを昼食に誘ったのだった。

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