第13話 登校初日
フロイス公爵令嬢との顔合わせから翌日。学園への向かう馬車に乗ったライオスはため息を漏らした。
「はぁ、今日から登校か……」
挨拶の後のお茶会は滞りなく終わった。しかし、話を振られる度にキャロラインの好奇心がライオスに突き刺さって痛かった。
はっきりと分かるのは、キャロラインはライオスとルルイエに好意的だがエスメラルダのように恋慕を抱いているわけではないことである。
おまけにキャロラインの心の声は喧しく、その上ライオスが理解できない思考回路の持ち主だった。一度カマを掛けて問いただしてやろうかとも考えたが、あの鉄壁の笑みの前ではカマをかけようもない。
(私とルルイエの話を聞いて急に『美味しい』とか『ごちそうさまです』とか言い出すし……本当になんなんだ)
キャロラインはエスメラルダとは別の意味で厄介だ。しかし、彼女のことはカレンとリチャードに任せておけばいい。
(まあ、今日はリグレー伯爵令嬢が彼女に付いているし、なんとかなるだろう)
幸い、彼女がライオスとルルイエに興味関心を向けていることにリチャードとカレンは気付いてない。
リチャードは相変わらずキャロラインに苦手意識を持っているが、カレンはそうでもないようだ。むしろ、彼女の友人となることで自分の地位を上げようと考えている。
もし、このままキャロラインがリチャードの婚約者となれば、彼女の友人として誰よりも注目されることになる。将来的には彼女の父親がキャロラインの後ろ盾になるだろう。
(リグレー伯爵令嬢も婚約者がいないからね。王太子の婚約者の友人となれば、さらに箔がついていいかも)
カレンには宰相の娘という肩書があるが、性格がきついため敬遠されている節がある。彼女にはがっちりキャロラインについてもらって、頑張ってもらおう。
「殿下、フロイス公爵家に到着しました」
馬車が停車し、マシューに声をかけられたライオスは馬車を降りると、ロータリーにルルイエと彼女の異母妹ヴィオの姿があった。
「やあ、ルルイエ。それから異母妹殿。いい朝だね」
「ライオス殿下、ごきげんよう」
優雅な淑女の礼をして挨拶するルルイエの横で、ヴィオが緊張した様子でスカートの裾を捌いた。
「ごきげんよう、ライオス王弟殿下」
以前のぎこちない所作が、だいぶ様になってきた。ルルイエの言う通り、彼女の淑女教育が順調のようだ。
「ルルイエから話を聞いていたが、だいぶ所作が様になってきたね。君の努力とルルイエの指導力のおかげかな?」
「きょ、恐縮です!」
ヴィオからほっとした感情が伝わると、ルルイエは安堵感や喜び、ヴィオを讃える感情が流れてきた。
(ルルイエも異母妹殿の成長に喜んでいるようだね)
そんな彼女にライオスは手を差し出し、馬車までエスコートをする。
ルルイエが馬車に乗り込むと、ヴィオはマシューが対応する。一瞬硬直していたが、淑女らしく彼の手を取っていた。
馬車が発車すると、ヴィオがおずおずと口を開いた。
「あ、あの……私もご一緒して良かったのでしょうか。せっかくのお二人での登校なのに」
彼女なりの遠慮のつもりなのか、居たたまれない感情が流れてくる。リチャードを振った一件からライオスへの恐怖心は和らいだが、まだ怯えている節があった。
「ああ。私とルルイエの仲を見せる為でもあるが、君は君で注目の的だからね。婚約者の妹との仲も良好であることを示した方がいいだろう?」
ルルイエが人前でヴィオを叱ることがあったせいで、姉妹仲が悪いと噂されていた。おまけにリチャードが分かりやすくヴィオに関わらなくなったのもあり、彼女は好奇な目をむけられているのだ。噂の払拭と不躾な視線から彼女を守るためにルルイエとヴィオは一緒に登校するようになり、ライオスもそれに便乗したのだ。
「それにルルイエから聞いているだろ? 公表されてないがリチャードは今お見合い期間中だから、君を見る周囲の目が厳しくなる可能性もある」
自分達と一緒にいることである程度注目されるだろうが、ライオスとルルイエの庇護下にいれば、周囲の奇異な目も少し和らぐだろう。
「私も一緒で気まずいかもしないが、我慢してくれ」
「いいえ! 気まずいとは思っていません!」
勢いよく首を横に振り、そんな妹の様子にルルイエは声を押さえて笑っている。
「何かあれば、わたくしやライオス殿下に遠慮なく頼りなさい。それに貴方の学年にもわたくしの友人もいますしね。彼女達にも話を通しているから」
「お姉様、ライオス殿下、ありがとうございます」
ヴィオは気恥ずかしそうに頬を赤く染め、二人に礼を述べた。
◇
やはりと言うべきかなんというべきか。リチャードとキャロラインの登校は多くの生徒達の注目を集めた。
シャルメリア王族の親類で、立ち姿だけでもその高貴さを感じさせる存在感。
まだ幼さが残るリチャードと並び立つと、落ち着いた態度が強調され、それが彼女の魅力となった。
彼女はリチャードとも年も近いし、昨年はエスメラルダが留学しにきたのもあって、リチャードの婚約者候補ではないかと噂する者もちらほら。
はたから見ると、リチャードとキャロラインはお似合いらしい。
(まあ、フロイス公爵令嬢の普段の態度を見ればお似合いかもな……二人とも心の声がうるさいけど)
今日は校内で彼らと過ごす予定はない。代わりにルルイエと昼食を摂る約束を入れている。
(今日のお昼はカフェで一緒に食べるって話をしたし、二人きりの時間が楽しみだ)
恥ずかしがり屋のルルイエと一緒に食事をする機会は少ない。
これを機にキャロラインの留学終了後も一緒にいる時間が増えたら嬉しい。
(そう思っていた時期が私にもあったんだけど……)
「ライオス殿下、ルルイエ様。実はカレン様と一緒に学食へ向かうのですが、一緒にお昼を食べませんか?」
昼休みにルルイエと合流した直後、学食に向かうキャロラインとカレンと出くわして、そうキャロラインに声をかけられた。
(どういうこと?)
抗議の意味も込めてカレンに視線を送ると、彼女の方から驚きと困惑の感情が伝わってくる。
(リグレー伯爵令嬢も予想してなかったってことは、彼女の独断……?)
今日は彼女の登校初日だ。同じ学年でルルイエと同じ公爵家。ここで理由もないのに誘いを断るのも心象が悪いだろう。
(彼女から悪い感情も伝わってこないし、ここでルルイエとの仲を印象付けさせるいい機会かな……)
カレンから『断って!』という心の声が聞こえてくるが、ライオスは笑顔で無視をした。
「ああ、別に構わないさ。ルルイエもいいかい?」
「はい」
少し緊張した様子で頷くルルイエからライオスとリチャードを心配する感情が流れてくる。
予定の変更でリチャードの機嫌を考えているのかと思っていると、さらにルルイエから不満げな感情と共にこんな心の声が聞こえてきた。
『ライオス殿下とのお食事を楽しみにしていたのだけれど……』
(ルルイエ……)
じーんと嬉しさがライオスの心が響く。
自分も同じ思いだったので喜びは更に広がり、心がほっこりした気分になった時だった。
『よっしゃオラァ! 第一関門突破じゃあ!』
キャロラインの心の雄叫びがライオスの鼓膜を突き刺す。
さすがに耳を押さえるわけにはいかず、痛む耳に耐えながらライオスは微笑みを崩さないキャロラインを見やる。
(本当になんなんだ、彼女は……)
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