第11話 学習

 

 相手の国にどう抗議するかはさておき、リチャード達が中庭で過ごしている間にエスメラルダの扱いについて協議された。


 そして、エスメラルダはキャロラインと共に王宮に身を留めることが決まった。なぜなら、事情聴取する要件が多いからである。


 ミカエルに仔細を伝えられたライオスはやれやれと肩を竦めた。


(エスメラルダ王女の表向きの待遇は客人。その実は要注意人物として監視付きで王宮に軟禁か……まあ、そうなるな。留学生として扱うことはできないだろうし)


 エスメラルダの遊び相手として留学時の世話役だった侯爵家の令嬢を呼び寄せることにしたようだ。

 ライオスもルルイエに今回のことを伝えるべくローウェン公爵家に向かっていた。


(ルルイエにはなんて説明するか。あの険悪な様子をそのまま伝えるわけにはいかないし)


 ライオスはリチャード達が中庭でお茶をしている様子を思い出す。


 腫れた頬を冷やしながら不機嫌な顔をするエスメラルダ。そんな彼女を無視し、全く笑みを崩さないキャロライン。エスメラルダを無視することも、キャロラインの話に集中することもできないリチャード。出来上がったこの歪な三竦みに、従者はおろか給仕の侍女すらも足を踏み入れたくない様子だった。


(ルルイエに余計な心配はかける必要はないな。エスメラルダの存在と待遇を軽く説明するとしよう)


 ライオスは向かい側に座るマシューへ目を向けた。

 彼には出発までに色々な用事を頼んでしまっていた。


「マシュー、ローウェン公爵家への先触れの件。それと彼らのお茶の手配をありがとう。助かった」


 本来であれば、リチャードが従者に命じるべきことだが、急な事態に対応が遅れたのだ。予定としては客人を迎えるだけのはずが、エスメラルダの客室や侍女、護衛が必要となり、さらに中庭の安全確認に警備も配置しなければならなかった。いくらなんでもリチャードだけでは捌ききれない。


 正直、あの二人の接待はリチャードには荷が重いだろうと思い、ライオスも立ち会おうとした。しかし、ミカエルから『ライオス、お前は何もするな』という感情が伝わり、仕方なくマシューにお茶の準備を手伝わせたのである。


「ずいぶんと慌ただしかっただろう?」

「いえ、それほどのことではありません。しかし、殿下……」

「なんだい?」

「人の不幸を笑うものではありませんよ」

「っ⁉」


 一体なんのことだとライオスがぎょっとしていると、ため息交じりにこう口にする。


「フロイス公爵令嬢がエスメラルダ王女殿を冷たくあしらった時、隠れて笑っていらしたでしょう? 幸い、皆がフロイス公爵令嬢に注目していたから気付いていませんでしたが」


 どうやら、彼にはバレていたらしい。ライオスはエスメラルダを笑ったつもりは微塵にもなかったが、傍から見れば、泣いている彼女を笑ったように見えたのだろう。


「エスメラルダ王女を笑ったつもりはなかったんだが……すまない、気を付ける」


 ライオスがそう言えば、マシューは静かに頭を下げた。


「ルルイエと過ごす計画を少し見直さないといけないね……」


 ライオスは膝の上に置いていた読みかけの本に目をやって呟く。


 それはルルイエが読んだというロマンス小説だ。彼女には刺激が強かったようだが、ライオスにとって「この展開は、現実的にちょっと無理がないかな」というのが素直な感想だった。


「一体、どこを見直す必要が?」

「ほら、当初はフロイス公爵令嬢に私とルルイエの仲を見せつける予定だっただろう?」


 それに加え、ルルイエがロマンス小説の知識を基に甘えようとしてくれている。なるべく同じような環境を整えようとライオスは画策した。


「学園では個室ではなく、人の目に触れるところで昼食を摂るつもりだった。放課後は中庭の花を見て回ったり、カフェテラスへ行ったり、それから王宮でお茶に誘って、図書館で勉強会して……」

「…………別に変えなくてもいいのでは?」

「え? だって、本人が王宮に滞在しているんだから、回りくどくフロイス公爵令嬢に告げ口してもらう必要ないだろう?」


 ルルイエは恥ずかしがり屋だ。ロマンス小説を参考に行動をしてくれるのなら、個室で二人きりの方がいいに決まっている。ライオス自身もルルイエの可愛い顔を独り占めしたい。


 ただ、マシューの考えは違うようだった。


「学園での様子をフロイス公爵令嬢に伝えてもらい、王宮では直接仲睦まじい様子を見せつけた方が効果的かと思うのですが」

「………………本当だ」


 目から鱗が落ちた気分だった。


「まあ、彼女は客人ですから蔑ろにはできないでしょうが……」

「いや、そうだね。もちろん、分かっているさ」


 そう答えるもマシューから『本当に分かっているのか?』と視線から感情が伝わって来た。


「マシュー、そんな顔をしないでくれ。今まで客人を蔑ろにしたことはなかっただろう?」

「確かに蔑ろにしたことはありませんが、殿下の言葉は時折、心がないように聞こえます」

「心外だなぁ……」


 ルルイエにだけ特別に優しくしているだけであって、よほどのことがない限り、平等に接しているつもりだ。そう、ルルイエが特別なだけ。


「今回は十分に気を付けるさ。下手すれば国際問題になりかねない状況だからね……いや、もうなっているか」


 思わずから笑いを漏らし、再びロマンス小説に目を落とした。


(うーん、ヒロインが木から落ちて、それを受け止めるヒーローとキスする展開は、やっぱり無理があるよ……)


 絶対に歯か首の骨が折れると思う。


 ローウェン公爵家に到着するまで、ライオスはロマンス小説の楽しみ方を模索した。


 ◇


「急に訪問してすまない、ルルイエ」

「いえ、そんなことはありません。ライオス殿下、ようこそ我が家へ」


 急な訪問にも関わらず、ルルイエは和やかな雰囲気でライオスを迎えた。


 案内された応接室に入ると、ルルイエはすぐさま人払いを済ませる。


 今日は王宮で大事な客人が来る予定があったにも関わらず、訪問の連絡をしたのだ。大事な話があるのだとルルイエは察したのだろう。


 ライオスはすぐに本題に入ることにした。


「今日、シャルメリアのフロイス公爵令嬢が来るという話をしたね? 急な話なんだが、実はエスメラルダ王女も王宮に滞在することになった」

「まあ、そうなのですね。二度目の短期留学ですか?」

「いや、実はまだ理由が分からないんだ。フロイス公爵令嬢に内緒でついてきてしまったようでね」


 それを聞いたルルイエが怪訝な顔をするのを見て、ライオスは思わず苦笑する。


「これから事情聴取する段階なんだ。経緯はどうであれ、昨年と同じように接待をして欲しい」

「承知いたしました。ちなみに、殿下はもうフロイス公爵令嬢とお会いしたのですよね? どのような方でしたか?」

(どんな方……ねぇ?)


 淑女然とした態度とは対照的に、中身は面白おかしい愉快な人とは口が滑っても言えない。


「そうだね。噂通り、品行方正で大貴族の名に恥じないご令嬢だったよ」

「品行方正……ライオス殿下がそう仰るほど、とても素晴らしいご令嬢なのですね」


 彼女は感嘆とした様子でそう口にし、『同じ公爵家としてわたくしも見習わなければ』と生真面目なことを考えていた。


 ふと、ロマンス小説に書いてあったことを思い出し、ライオスはちょっとした悪戯を思いついた。


「ルルイエ、ちょっと耳を貸して」


 彼女に向かって小さく手招きすると、ルルイエは不思議そうな顔をしながらも耳を傾ける。


 その素直さに口元を綻ばせた後、ライオスは彼女の耳にそっと囁いた。



「素晴らしさなら、私のルルイエには負けるけどね」

「っ⁉」



 オリーブ色の瞳を見開き、ルルイエがライオスを見つめる。頬が真っ赤に染まった彼女が非常に愛らしい。恥ずかしさと照れた感情が伝わってくるが、逃げるほどではなかったようだ。


(意外と使えるものだな、ロマンス小説)


 声も出せず口をぱくぱくとさせているルルイエの反応を見て、満足したライオスはそのまま席を立った。


「今日はここで失礼させてもらうよ。また明日よろしくね、ルルイエ」

「あ、ま、ままた明日……」


 どうにか返事をした彼女はその真っ赤になった頬に手を当てていたのだった。


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