第6話 寄り添う心

「今日こそは! ルルイエと二人っきりのお茶会だ!」


 本日、王宮でルルイエとお茶の約束を取り付けた。彼女の異母妹は婚約者の屋敷へ出かけており、リチャードもライオスを避けている。つまり、邪魔者はいない。


(ルルイエも異母妹への淑女教育が上手くいっているみたいだし……今度こそ! 身も心も私が独占できる!)


 ──はずだった。


「最近ヴィオが勉強にのめり込んでいまして。わたくし心配しているのです」

「そう……」


 愛しいルルイエと二人きりのお茶会。しかし、やはりと言うべきか話題は異母妹の話だった。


「ヴィオったら『お姉さまにもあの方にも迷惑はかけられない!』と必死になっていまして……おかげで淑女らしい振る舞いが身についているのですが。今日は息抜きに婚約者の方に会ってきなさいと送り出してあげました」

「そう。優しいね、ルルイエは」


 本当に彼女は優しい。


(もうちょっと私の方を見てくれないかな~~?)


 彼女の心はやはり異母妹を心配している感情で占めているようだ。これはあの異母妹が嫁ぐまで続くのだろうか。ライオスは少し不安になる。


「そういえば、ヴィオは殿下に感謝していましたの!」

「感謝? なんで?」

「殿下が仰っていた『別にローウェン公爵も君を苦しめたくて家に招き入れたわけじゃないはずだ。もし、今の生活に慣れないようなら、学生の間に身の振り方を考えるといい』って」

「言ったね」

「あの時までヴィオはとても悩んでいたようです。貴族の振る舞いや慣習。婚約者の下へ嫁ぐ不安もあったのですって。それで殿下に言われてハッとしたようです。『今の生活に慣れず、他の身の振り方を考えても、彼の隣以外考えられない』と」

「ずいぶん、前向きに言葉を受け取ってくれたね?」


 棘のある言葉になってしまったことに、ライオスは遅れて気付いたが、ルルイエは嬉しそうに笑った。


「だって、厳しくとも、殿下の言葉にはちゃんと優しさがありましたもの。きっとヴィオも殿下の優しさに気付いたのでしょう」

(その優しさは、異母妹の為ではなく君の為にある優しさなんだけどな……)


 ライオスはそう内心で苦笑しながらも「そうだと嬉しいね」と心にもないことを口にする。


 すると、どうだろうか。後ろに控えていたマシューとルルイエの侍女が微笑ましいものを見るような感情が飛んできた。


(なんだろうか。今の彼女とのやり取りに、何か感慨深いものでもあったか? それに、どこかルルイエに落ち着きがないな)


 ルルイエから何かを心配する感情が伝わってくる。しかし、その感情は異母妹に対しての感情だと思っていたが、少しおかしいことにライオスは気付き始めた。


(そわそわとしていて、気恥ずかしい感情、それでいて不安や期待の念……もしかして、プレゼント?)


 そう、それは誕生日プレゼントを渡す時の彼女の感情に似ていた。


 彼女はいつもライオスがプレゼントを喜んでもらえるか不安や期待で胸をいっぱいにしながら、手渡してくれる。もちろん、ライオスは彼女が一生懸命悩んで選んでくれたものだと分かっているので、喜ばないことはないのだが。


(今日は何か記念日だったっけ? 誕生日はもっと先だし……祝い事の日でもないし……)


 ライオスはルルイエとの記念日を忘れたことがない。婚約した日、互いの誕生日、祝い事には欠かさずルルイエとの時間を取っている。


 サプライズにしたって、何かを祝われるようなことが思い当たらない。


『あっ! 来ましたわ!』


 彼女の浮足立った心の声が聞こえたかと思うと、二人のテーブルにマフィンが置かれた。


 いつものとは違い飾り気のないマフィンを見たルルイエは少しだけ表情を緩めた後、いつになく真剣な顔をライオスに向けた。


「殿下……」

「なんだい、ルルイエ?」


 ライオスはそんな彼女を愛らしく思いながら微笑みかけると、ルルイエから気迫に満ちた感情が伝わってくる。


(おや、これは前にも覚えがあるぞ……?)


 そう、それはつい最近のことだった気がするが、なぜかライオスは思い出せない。


 ルルイエはライオスに何かを伝えようと、必死に何かを考えている様子だ。彼女の心の声はあまりにも忙しなくしゃべり続けているため聞き取りづらく、ライオスは大人しく彼女の言葉を待った。

 そして、ようやく決心がついたのかルルイエはゆっくりとした口調で言う。


「こちらのマフィンですが……わたくしが作りましたの」

「え……ルルイエが?」

「はい……その、以前調理実習の時に作ったのは、あまりにも拙いものでしたので、そのリベンジをと……」

「ああ、あの時の!」


 調理実習でルルイエが作ったマフィンを二人で食べようと誘って、そのまま逃げられてしまった時のことをライオスはようやく思い出した。


「も、もちろん! わたくしだけでなく我が家のシェフにも協力いただきましたわ! 味見もしましたし……その……もし、よろしければ……ご賞味いただけたらと……それと……」


 ルルイエは恥ずかしそうに俯きながら、たどたどしく言った。



「あ、あの時は言えませんでしたが……食事でも思い出でもなんでも、殿下と思いを共有できればわたくしも嬉しいです……」

「ルルイエ……っ!」



 最後には顔を真っ赤にして告げたルルイエの言葉に、ライオスは心の奥底から喜びが沸き上がってくる。


 好きな女性からそんな風に言われて喜ばないわけがない。


『よく言えました、お嬢様!』

『うわ、甘……』


 後ろから彼女の侍女とマシューの心の声が聞こえてきたが、ライオスは無視してルルイエに思いを告げた。


「ありがとう。君が婚約者で……私はとても幸せだ」


 あの時、婚約者候補として出会った相手がルルイエで良かった。そう思った時だった。


「……ひゅっ」

(ひゅ?)


 彼女から息を呑むような音が聞こえ、ライオスがきょとんとしていると、ルルイエは椅子に座ったままその場にひっくり返った。


「ル、ルルイエっ⁉」


 慌ててルルイエに駆け寄ったライオスは彼女を抱き起す。


「どうしたの⁉ 大丈夫⁉ 怪我は⁉」

「…………はっ⁉」


 目を開けたまま固まっていた彼女は我に返った様子で、自分の顔を手で隠した。


「み、見ないでくださいませ! わたくし、とても見せられる顔をしていません!」

「え⁉ ど、どういうこと⁉ 大丈夫だ、ルルイエはいつどんな時も可愛いし、私はいつでも君の顔を見ていたいと思うよ⁉」


 どさくさ紛れに本心を口にすると、ライオスの腕の中にいるルルイエは、首から耳の先まで真っ赤にさせた。


 そして彼女からひしひしと感情が伝わってくる。


『可愛い』『殿下がわたくしを可愛いと』『いつも見ていたいとは?』『殿下の笑顔、素敵』『見ていられない』『近い』『胸が痛い』『音がうるさい』『死んでしまいそう』


(死にそうなくらい胸が痛い⁉ 音がうるさい⁉ 何、奇病⁉)


 医者を呼ぼうとライオスは振り返ると、マシューとルルイエの侍女が何やら悟りきった顔をライオス達に向けていた。


(なんで君達はそんな平然としてるの⁉)

「でっ、ででっでん、でで、でっでで殿下っ!」


 舌が回らないくらい苦しいのか、ルルイエが息絶え絶えにライオスを呼ぶ。


「大丈夫、ルルイエ⁉ 今、医者を……」

「わ、わわわわわ、わたくしっ……」


 彼女は顔を覆った手を外し、ライオスから腕から颯爽と抜け出した。



「淑女として、もう一度学び直してきますわ~~~~~~~~~~っ!」

「ルルイエ~~~~~~~~~~~~~~~~っ⁉」



 逃げていくルルイエを追う為、彼女の侍女はライオスに一礼して離れていく。


 その場に残されたライオスはただ呆然とルルイエが消えていった方角を見つめていた。


(どうしてこうなる⁉)


 恋人のようにとはいかなくても、さっきまでいい雰囲気だったはずだ。それなのに彼女はひっくり返った挙句、逃げてしまった。


 一体何がいけなかったのか、ライオスには分からない。


「マシュー……教えてくれ……一体、私の何がいけなかったんだ?」


 後ろに控えていたマシューに訊ねると、彼は肩を竦める。



「殿下は人の心が分からないってことですよ」

(誰よりも、分かってるんだが⁉)



 なかなか距離が詰められないライオスは、少なくとも卒業までには、彼女に逃げられないようにしたいと願うのだった。


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心が読める王弟殿下は人の心が分からない。 こふる/すずきこふる @kofuru-01

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