庄屋姉妹の七夕

みずまち

庄屋姉妹の七夕

 青臭い竹林を走る。

走る、走る、走る。頬に、もみあげに笹の風を感じながら姉の背を追う妹。

 自分たちの山をこうして走り回りながらどのくらい経っただろうか。前を走る姉の右手にはもう長い笹の葉が二枚、揺れている。そろそろかと妹も走る速度はそのままに目を左右に目配せた。

(あった! これだわ。これがいい)

 まだ短く丸い右腕を伸ばし一枚の笹の葉先を掴む。

しかし妹の小さな身体では笹が揺れるだけであり千切り取る事が出来ず、まるで帯を引かれたように走る足を止められてしまった。

「あ、あ! ねえさま! ねえさま」

 後ろで笹に捕まった妹に気付かぬまま姉は朱色の、少し色落ちした金魚帯を揺らしながら走り続けて行く。

慌てて妹は両手で笹の葉先を掴みなおし、ぷちんと今度こそちぎり取った。途端、ごおっと渦巻くような風の音が妹の頭上でした。一度強い波音がしたかと思えば、その後はさらさらと先程と同じ竹林の優しい風音に戻っていく。妹は少し怯えながらも空を見上げて、緑色の細かく突き刺さりそうな葉から溢れてくる朝日に目を細めた。空は水色をしているが妹の黒い目には緑色がいっぱいに映っている。

「いやだわ。葉っぱがあんなにもお空を隠してる。わたしたち、とてもとても奥まで走っていたのね」

 家ではそろそろ母が朝餉の支度を済ませている頃だろう。もう帰らなければ母は勿論、父も心配するはずだ。縁側の窓を開けて煙草の煙を燻らせながら新聞を読んでいる父。時々朝の優しい風がぱらぱらとその薄い新聞紙と父の美しい黒髪を撫でている。その奥の炊事場では母がこちらに背を向け白いお米をーーああ、早く帰りたくなってきた。

「かあさま! かあさま、ねえさま待ってくださいな」

 途端に家の音が恋しくなり妹は左手に笹の葉を握り走り出した。先程まで意識していなかったからか、自分の短い呼吸が両耳から頭にまで聞こえてくる。どんどんと心臓は自分の胸を押してきており喉奥が痛くなってきた。そうして走っていると、緑色の世界に白くぼんやりしたものが見えてきた。走り近付いていくと白い浴衣を着ていた姉だった。

「ねえさま」

 紺色の浴衣を着た妹を目に映すも、姉は表情を変えずその身体をぎゅっと抱きしめる。

「ねえさま。あたし帰りたい」

 姉の胸に飛び込み、肩で息をしながら妹は家の帰路を指差した。

「ちゃんと露はとったの」

 少し大人びた姉の声に顔も上げず首を横に振る妹。そんな妹の様子にニ、三度肩を叩いてやると、姉は右手に二枚持っていた長めの笹の葉を妹に見せてやった。

「私のでちょうど三枚になるわね。父さまと母さま。そして千代ちゃんの」

「ねえさまの分は」

 妹の問いかけには答えず小さな手を互いに繋ぐと帰路へ歩き出した。そうして再びざわざわとした竹林の群れへ入っていき、朝露を垂らした竹の節間へ手にしていた笹の葉を擦り付けていった。妹にもそれをさせようとなるべく大きく光った朝露のある竹を探す。

「露をとったら、頑張ってこぼさないように持って帰りましょう。その露を墨に混ぜてお願い事を今年も書くのよ」

 妹は姉の優しい声を聞きながら朝露を溢さないよう、なるべく笹の葉を竹へ引っ付けないよう慎重に擦っていった。

「ねえさまは何をお願いするの」

 姉と繋いでいた手を離して両手で盆を持つように笹の葉を平坦にして持ち、妹は掬い取った自分の朝露を見守る。

「そうねえ。父さまは朝日に強くなれますように。母さまはお身体を。千代ちゃんは来年の学校でご学友がたくさん出来ますように」

 姉は器用に一枚の笹の葉からもう一枚の笹の葉へと、取った朝露をころころと移しながら帰路を進んでいく。

さわさわと竹林の中を悪戯な風が通るたびに妹の足は止まり、笹の葉に乗る朝露をじっと見守り続けた。姉はやはり数歩先を行き、時々妹の名を呼ぶ。その声は柔らかい竹風に乗り妹の丸く薄い耳に届く。そうしながら二人はゆっくりと、風鈴の鳴る家へ帰宅した。





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庄屋姉妹の七夕 みずまち @mizumachi

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