第3話

次の日、和佐は寝坊した。 


昨日、色々考えていたら寝られなかったからだ。


全力で自転車を漕ぎ、ホームルームが始まるギリギリの時間で席に着く。


多分、少し遅れた。


でも、幸いまだ先生は教室に来ていなく、怒られることはなかった。


席に着くと前の席の笠田が後ろを向いて、


「お前が遅刻なんて珍しいな。」


と話しかけてくる。


「遅刻じゃない。ギリ間に合った。それより、前向け。先生もう入ってきてるぞ。」


そう言って前を向かせる。


今日は最悪だ。


そう思いながら学校での一日が始まった。


ホームルームが終わると笠田が話しかけてくる。


「何で遅刻したんだ?」


「普通に寝坊だよ。ってか、ギリギリ間に合ったから遅刻じゃないって言っただろ。」


「はいはい。わかったよ。それで、昨日の用事ってのか何だったんだ?」


遅刻の話を適当に流されて、昨日の嘘の用事について聞いてくる。


あまり聞かれたくなかった。何て答えよう。


「えっと、少し前に頼んでた数学のプリントを貰っただけだよ。」


これしか呼ばれるようなことが思いつかなかった。それ以外だとゴミ捨てとかだが、それだと待たせる意味ないし。


「へー、それだけだったら待ってもよかったのに。」


「あの時は、職員室に来てとしか言われなかったから何があるかわからなかったから。」


「そもそも何で職員室なんだよ。教室で渡せばいいのに。」


「プリント、そこそこの量があったから、直接来て欲しかったんだよ。」


できるだけ、先生に悪い印象を残さないよう答える。


正直、雑用だがこれくらいのことを頼む先生は多い。そこまで気にならないだろう。


「雑用かー。そっかー。ま、どうでもいいや。」


なんとか誤魔化せたのかな?


「今度は話を聞いてから待つか待たないか決めるよ。」


「それがいいな。」


完全に誤魔化せたようだ。後はこの話を終わらせて話を逸らすだけ。


「そういえば寝坊したせいで何も持ってこれないから今日昼ご飯学食で食べるけど、一緒に食べるか?」


和佐がそう聞くと、


「昨日と言ってること逆だな。お前からなんて珍しいな。」


と返される。昨日は笠田が聞いてきたというか、いつも笠田からなんだよな。


「そうだな。」


「にしても、忘れたかー。お前が学食に行くって言うなんて一生ないと思ったが、こんなことがあるなんてなぁ?」


笠田はいつもと立場が逆転して調子に乗っている。


「あー、もう、うるせーな。仕方なくだよ。仕方なく。俺の意思じゃないよ。」


学食には行きたくないが、行かなきゃ昼ごはんがない。今日は我慢だ。


「で?行くか行かないかどっちだよ。」


「どうしよっかなー。俺、飯持ってきちゃったんだよなー。行くのめんどくさいなー。」


棒読みでそんなこと言ってくる。


昨日の仕返しか? 


「わかったよ。一人で食べればいいんだろ?」


こう言っておけばどうせ冗談だって言ってくるだろ。


まあ最悪、一人でも購買で買うからいい。


「冗談だよ。冗談。めんどくさいとか思ってないよ。行けないのは本当だけど。」


思っていた通り...。


「えっ。」


予想外の答えに少し戸惑う。


「昼休み今日部活の集まりあるから、教室で食べてすぐに行かなきゃいけないんだよ。」


「まじか。」


部会。一ヶ月に一回くらいあるやつだ。


いつも教室で食べるのであまり気にしていなかった。


遅刻といい部会といい今日はまじでついてないな。


「悪いけど今日は増井とかと食べてくれ。」


いつも言っているようなことを返される。


増井か。たまに一緒に食べるのでまあ、いいか。


「後で誘うか。」


そう呟いて、一限目の授業教室に向かった。


和佐のクラスの数学はできる人、できない人に分かれている。


和佐は数学と物理だけはそこそこできるため、できる方授業に割り振られているが、笠田や増井たちは数学できない方の授業に割り振られている。


そのせいで基本、数学の授業は一人である。


そんな授業でも唯一の救いが佐倉さんと同じであるということだったが、今日からはそれも救いではない。寧ろ、気まずくて教室から逃げ出したくなるくらい。


教室はできない組の方が多いからと言う理由からクラスの教室にできない組、近くの小さな空き教室にできる組となっている。


空き教室に入ると端っこの方に座り、ため息を吐く。


「最悪だ。」


なんか今日一日憂鬱だ。


昨日の選択は間違いだったのかな。


ちゃんと一日ぐらい考えてからの方が良かったか?


正直、あの時はあの選択しかないと思っていたが他に何かあったかもしれないと考えてしまう。


昨日の夜からずっとそんなことを考えてしまって、


「はぁ。」


と窓から見える景色を眺めながらため息を吐く。


そんな和佐に


「ため息なんかついてどうしたの?」


と話しかけてくる人がいた。


「考え事しちゃって。」


そう言いながらその人の方を向く。目の前には佐倉さんがいる。


「佐倉さん!?」


嫌われて距離を取られると思ったので話しかけられることに驚く。


「おはよ。伊崎くん。」


と佐倉さんは普通に挨拶をしてくる。


「おはよう。」


とりあえず、挨拶だけする。


「隣の席、座ってもいい?」


「そこ座るのに俺の許可取る必要はないよ。」


「一応だよ。伊崎くんが嫌って思ってたら悪いかなって。」


そう言いながら佐倉さんは椅子に座る。


「考え事って、昨日のこと?」


佐倉さんは椅子を和佐の方に少しだけ近づけてそう聞いてくる。


「あ、ああ。佐倉さんの妹に悪いことしたなって。」


そのことだけを考えていたわけではないが、佐倉さんのことを考えていたなんて今ここで言えるわけもない。


「伊崎くんは優しいね。そんなの気にしなくていいのに。」


「でも、泣いてたし。」


「伊崎くんが泣かせたわけじゃないよ。告白って言うのがそう言うものなんだよ。そうやって考え込んでると、寧ろ奈那が悪いみたいになっちゃうよ。」


そう言われると、少し気が楽だ。


「俺は考えすぎてたのかもな。ありがとな。」


「どういたしまして。」


そう言って微笑む佐倉さんはめちゃくちゃ可愛かった。


「そういえば、さっきここに来る前に聞こえたんだけど今日、お昼ご飯学食で食べるの?」


「あ、うん。寝坊して何も買ってこれなかったんだよね。」


「なら、私と一緒に学食で食べない?」


「えっ?」


いきなりの誘いに驚く。


「今日、妹がお弁当を作る日だったんだけど、伊崎くんみたいに寝坊して私もお弁当ないんだよね。」


佐倉さんの妹、俺と同じで寝れなかったか。


「だから、今日妹と一緒に食べる予定なんだけど、もし良ければ伊崎くんもきてくれたらなーなんて。嫌だよね?」 


妹と一緒に。それだけで大体何のために誘われているのかなんとなくわかった気がする。


俺と佐倉さんの妹がある程度仲直り?させたいのだろう。


まあ、気まずい雰囲気にはなると思うが、このままの関係は佐倉さんとの関係が悪くなるだけなので俺としても良くない。


なので


「いいよ。」


と返すと佐倉は


「本当に?」


と心配そうに聞き返す。


ダメ元だったらしい。佐倉さんと食べることができるチャンス。断る理由なんてない。


「一人で学食はかなりキツイからね。」


適当な理由をつけておく。


「良かった。断られるかもって思ったから安心したよ。」


と胸を撫で下ろす。


それと同時にチャイムが鳴った。


先生はまだ教室に入ってきてはいないが、これ以上話すのは良くない。


和佐が「時間だ。」そう言う前に佐倉さんは和佐に迫ってきて、


「じゃあ、お昼休み学食に来てね。」


と耳元でそう囁くと椅子を元の場所に戻した。

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