第12話 音楽室で

「いらっしゃいッ。お菓子あるよ」

「NenEチャンネルの寧々ちゃんだよね? ファンです! いつも動画見ています!」

「あ、ありがとうございます。ボクお菓子大好きですし」

「「ボクっ娘ッッッッ!」」


 ―――はい、フラグ回収完了。

 いると思ったんだよな。もういないはずがないと思ってたもん。

 寧々は変装のためか黒色のウィッグをつけてうちの制服を着ている。手首には普段と同じ黒いリストバンドを装着していて、どこにでもいるような生徒を演じていた。いや、どこにでもはいないな。中二病みたいになってる。

 音楽室の扉の前で呆れていると、寧々に興奮して頬を紅潮させていた月見里が一気に冷めた目で俺を見てきた。


「あ、来た」

「・・・・・・帰っていいなら帰るが?」


 ・・・・・・お前が来いって言ったんだろうが。

 寧々は与えられたお菓子(チョコパイ)を頬に詰め込みながら「うぉ、ふぁいふん、ふぃらっふぁい」(訳:お、かいくん、いらっしゃい)と言っている。餌付けされてんじゃねぇ。

 俺はため息をつきながら音楽室の一番後ろの長机に荷物を置きパイプ椅子を開く。そして荷物からパソコンを取り出し、起動させた。


「ところで、この音楽部? って顧問はいるのか?」

「部活に「?」はいらないんだけど」

「ちょっと、喧嘩越しにならないでくださいよ。有希せんぱい」

 

 明日美が腰に手を当てながら月見里に詰め寄る。月見里は「かわいい! ごめんね」と明日美を抱きしめていた。………ふっ、百合ゆりごちそうさまです。

 明日美は息継ぎのために「ぷはっ」と胸から顔を出す(超うらやましい)と俺に目線を向けてきた。


「顧問は一応いますけど、強制的に顧問にしただけなのでここには来ないですよ?」

「強制的にってなにをしたんだよ」

「浮気現場を写真に収めただけです」


 いや、怖い怖い、怖いから。えーとなに? 浮気現場ってどうやったら撮れるん?

 ………もしかして――


 俺が戦慄していると二人共どこかとぼけた顔で話していた。


「っていうかあれ、浮気現場っていっていいんですかね? 有希せんぱい」

「うまく浮気って言っていいんじゃない?」

「そうですね!」

「いや、いやいやその論理おかしいからね?! それ脅迫って言うんだからね?!」


 ですよね〜〜……。

 どの先生だか知らないけど・・・・・・かわいそうに。


臥龍岡ながおかにこれを使う必要なくてよかったわ。合成写真ってつくるの面倒くさくて」


 ボソッとつぶやく月見里。き、聞こえているからな? もしつくられていたら俺学校でどうなってたんだろう・・・・・・。


 俺が女子に逆らえないと明らかになった歴史的瞬間だった。

 


♪♪♪


 

 音楽室に来て一時間。

 俺はパソコンをカタカタカタカタ。

 女子は互いにもふもふナデナデ。くっ、俺もあっちに行きてぇ。俺ももふもふナデナデしてぇよぉ……。

 そんな気持ちを押し込めつつ無心でキーボードを叩く叩く。叩く叩く。叩くたた……。……――――。


「いや待って? これが部活なの?」


 これだったら帰って良くない? ここでやる必要なくない?

 そう思っていると月見里は寧々を撫でる手を止め大きく息をついて俺を見てきた。


「特にやることないもの。今は」

「………は?」


 じゃあ、なんで俺は連れてこられたんでしょうか。教えて下さい。

 そんなぶっきらぼうな返答に困惑していると明日美が椅子から立ち上がって解説してくれた。


「私達は一応、コンクールに出ることが活動目的となっているんです」

「はあ……」


 内容を簡単にまとめるとこういうことらしい。

 まず部活を設立するに当たって必要なのは部員三人と活動実績。活動実績は設立してから一年間のもので評価する。

 別にコンクールである必要はないのだが、それが一番手っ取り早いのだろう。確かにそう思う。

 それを受け入れた月見里はまず明日美を勧誘。これで部員は二人となった。

 そこで必要となったのがもう一人の部員と活動実績。

 

 つまり―――


「俺にコンクールでろと?」

「そういうことです」

「そういうことよ」

「・・・・・・」


 ウン。清々しい他力本願だな。

 引き受けたのは月見里。部活を設立したのも月見里。それを聞いて入部したのは明日美。………俺は? 連れてこられただけの人間。

  

 そう! 連れてこられただけの人間! 

 理 不 尽ッ。


 ここは適当に頷いておいて頃合いを見計らって忘れてたとか言えばいいはなしなのだろう。

 だが口から出てきたのは別の言葉だった。


 

「―――いやだな」



 そう呟いてしまった口をおさえつつ周りをうかがうと二人は聞こえていなかったようで別の話をしていた。彼女らの中では俺がコンクールで賞をとることは確定事項らしい。 

 だが寧々だけは聞こえていたのか哀しそうな眼を向けてきた。

 その目を振り切るようにパソコンに目をやりフッと自嘲めいたため息を吐きながら動画の編集に戻った。

  


 ♪♪♪



 結局それ以降話をすることなく、俺は編集を終え、予約投稿。彼女らはトークを満喫し音楽室を出る。

 俺は勉強道具を学校に置き勉しているがゆえ、軽くなっているバックを肩にかけ昇降口に向かう。

 体を伸ばすと、部活動―――と言っていいのかわからないが、二時間以上ずっと座っていたので背中がすごい音を立てた。……編集用の椅子、持参したほうがいいかもしれん。

 ひとつあくびをして靴を履いていると袖が引かれる。見ると黒いリストバンドが目についた。


「なんだ? 寧々」

「かいくんはまだあのこと引きずっているの?」

「昨日もおんなじこと聞かれたよ」

「夏海ちゃんか。やっぱり」


 俺が首肯すると寧々は苦しげに顔を歪ませた。俺は昨日、夏海にしたように寧々の頭に手を置きなでる。

 今はウィッグをつけていないので、目立つ髪が夕日に照らされていた。


「今は引きずっていない。だけどコンクールに出るほど俺は回復していないのかもしれない。だからあんなつぶやきが出たのかもな」

「……それを引きずっているって言うんだよ」


 フフッと笑うと寧々は「嫌だからやめい」と俺の腕を振り払った。そ、そんなに嫌だった、かな。

 ちょっとショックを受けていると寧々は真剣な顔で問うてくる。


「あの二人には言わなくていいの?」


 正直言った方が楽なのだろう。だがこれは俺の問題であり、いくら理不尽でも言うことじゃない。

 それに何かが引っかかっていることもあるしな。  


「言っても面倒になるだけだと思うからいいや。それだけか?」

「あ、いや、えっと……、その」


 帰ろうと自転車の鍵を出すとまたも袖をひかれる。俺史初のモテ期、モテ期なのか!


「困った時はボクにちゃんと相談してね。もうああいうことになるのはいやだから」

「……ああ、わかった。ちゃんと相談するよ」


 俺がそう言うとまた複雑そうな顔をしそして微笑む。その微笑みは寂しそうな、でも嬉しそうなそんな笑みだった。

 俺はもう一度「相談するよ」とつぶやき自転車の鍵を差し込みまわした。ガシャンという鍵が開く音が俺たち以外誰もいない自転車置き場に響く。


 空は夕焼けで普段より澄んでいるように見えた。

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