第4話 妹
動画を編集して急いでアップ。ギリギリだったが普段アップしている時間にはギリギリ間に合った。
投稿するとすぐに待っていました! と言うようにに再生回数がイッキに伸びていく。
今回投稿したのはアニソン。見てくれる方ありがとうございますっと。
コメントも見た限り批判的なのはないようだ。バットボタンはつけられているんだけど。どうしてつけるんだろうな、これ。
毎度のことだが俺は豆腐メンタルだからかなりツライ。木綿じゃないよ、絹のほうだからよりもろいよ。ちなみに味噌汁は木綿派。木綿じゃないと日本人じゃないって感じがする。
俺はコキコキと肩を回し音をたて後ろで寝転がっている妹へ振り向いた。
「それで、・・・・・・お前何してんの? 早く帰れよ親心配するだろそれよか俺が怒られるんだよ。・・・・・・夏海」
妹――夏海は片足を上げた格好のまま首だけ振り返りニコッとする。
「んふふ。お兄ちゃん。なつみは言いたいことがあってここに来たんですよ。話くらい聞いてくれてもいいと思わないんですか?」
「ああ、思う思う。思うから帰ってくれ。ていうかラインで充分だろ」
「ラインはギガがかかります。それに通信料も!」
「交通費よりはるかに安いわ。それになんなの、まだ月末じゃないよ。女子ってそんなに使うものなの?」
「・・・・・・ズゾー」
それにシーフードヌードル食ってんじゃねぇそれ俺んじゃないか。返事の代わりにすする音が聞こえてくる。お湯入れていい感じにほぐれているもの食うって・・・・・・最高じゃないかクソ。人が作った飯なんてここ数年俺は食ってないんだぞ! カップ麺って人が作ったものに入るんだからな!
着ていた服を脱ぎ捨てTシャツ一枚でごろごろしている妹。今日アップしたのは妹モノのラブコメのオープニングだったんだけど関連性ってあるんか? ないな。義理の妹だからかわいいとかそういうのなの? 白髪じゃないとかわいくないの?
そんなくだらないことに悩んでいると夏海はすするのを止めゆらりと立ち上がり新しくお湯を沸かしている俺の元へやってきた。
「ん? どした?」
「お兄ちゃん……。今なんて言ったの?」
「………? ん?」
ゆらり、ゆらり、ゆらりんこ。なんかゆらゆら言ってるとあれみたいだな。駄々こねる赤ちゃんをなだめている気分。
「な、何だ? 突然何を言って――」
「これ」
そう言った夏海はポケットからスマホを取り出す。そこにはRECという文字と赤いポチョマークが表示されていた。・・・・・・え? こわっ。
『女子ってそういうものなの?』
その部分を夏海は慣れた手つきで編集し俺に聞かせてくる。おい、リピートすんな。途中から「じょ」しか聞こえてないから。ていうか普段から録音してるの? だからギガがやばいとかそんな感じ?
恐る恐る下から夏海の顔を覗く。あらっ! なんてダークマター。すばらしい混沌の目をしていらっしゃる。もうなんていうか、そう! 異世界でパーティーを追い出された絶望の目! 転生しなくても見れんじゃん。つまり転生なんてしなくていい、はいQED。
「女子って、なに?」
「・・・・・・」
ちょっと待って。怖い。耳元で囁かないで。背中から変な汗かいちゃうから。右耳からは俺の『じょ』単語無限ループ。左耳からは妹の囁き『鬱☆!』ボイス。後に残るのは背中の異様な汗。
俺は動揺しながらも妹を引き剥がしスマホから手を離させる。
「今日なんだが、俺屋上に呼び出されてな」
「誰女ビッチ陽キャ美女巨乳、殺す。住所は?」
「妹が人殺しになってたまるか。俺の人生も終わるわ」
妹は前半のセリフを聞いて目を輝かせたが後半でまたダークマターに戻る。なんか面白いな。
「違う違う告白じゃないんだ。なんか俺がYouTuberということがなぜかばれてな。それを脅迫材料に――」
「お兄ちゃんを脅迫? 誰ですか? その不届き者の名は」
「最後まで話を聞け、アホ」
「うぁぅ」
頭を新聞ではたかれうずくまった夏海の頭をなでながら話を続ける。夏海は「うへへへへ」とにやけながら可愛らしく笑っていた。あ~~~~~~!かわいい!!!
「それでな」
「うへへへへ」
「その女子がいうには」
「うへへへへ」
「・・・・・・」
「うへへ、ぁぁああ! なんでやめちゃうの!」
「話し聞くかなでられるかどっちかにしろ」
「なでら・・・・・・話聞く」
なでられるの大好きかよ。そんな潤ませた瞳でこっち見んな。
「音楽部? に入れってさ」
「お兄ちゃんが音楽部? なにかの冗談なの?」
これはお兄ちゃんごときが入れるわけ無いじゃんとかそういうさげすむ表現じゃない。むしろ逆だ。逆だと信じたい。逆だよな?
さっきまでの殺気とダークマターな瞳はなく純粋な疑問の目をしている。どうでもいいけどさっきまでの殺気って語呂いいな。
「本当なんだよな~これが」
「うん、・・・・・・でも」
夏海は音楽の話だと分かるとふーんとつぶやいて電子ピアノの電源をいれた。そのまま当然のように鍵盤に指を置く。小さくカチッと音がして電源が入ると音量を落とし静かに弾き始めた。
フォルテッシモな左手に呼応するように跳ね回る右手。スケールのような旋律が部屋中に響き渡る。電子ピアノの音量は小さいはずなのにしっかり聞こえる。音抜けもなく安定した演奏だった。
おそらく部屋の防音を気にしての音量調節だと思うがこの部屋は完璧防音だしむしろ夏海の演奏だったら聞きたい人間のほうが多いだろう。
ショパン/エチュード ハ長調 Op.10-1。
夏海が考えている証拠だ。
単調なリズムが思考整理にちょうどいいらしい。二分ぐらいという曲の長さもマッチして夏海が熟考するときの曲と化している。これ中々難易度高いんだけどな。
夏海の演奏が終わると同時にカップ麺が出来上がる。俺はすすりながらパソコンの前に移動した。夏海はというと部屋の隅を眺めながらブツブツと何かつぶやいている。
「ねぇお兄ちゃん」
「ん? なんだ?」
夏海は俺のほうをゆっくり向くと指を刺してきた。そして――
「なつみ、お兄ちゃんの学校に編入するよ」
とんでもないことを言ったのだった。
☆★☆
ショパン/エチュード ハ長調 Op.10-1。馬鹿みたいに難しいです。ほんと、それはもう、はい。
でも美しい。ぜひ聞いてみてください。
これはピアノを弾く人に多いのですが、ピアノを弾く人は大抵考え事をする時、指をうごかします。皆さんも見たことありませんか? テスト中とかに指を机に打ち付けてタタタタッって音を立てている奴。
あれですあれあれ。あれなんです。
うるさいですよね。もう本当にうるさい。・・・・・・すいません、作者もよくします。
そういう時は思い切ってうるさい、と一言言っちゃいましょう。そいつは無意識でやっているはずなので意外とあっさりやめてくれますよ。
はい。どうでもいいうんちくでした。
次回も明日の午後六時投稿です。よろしく。
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