秋の悔恨

殺人事件を起こした、元有名小説家の贖罪 ~第九章~

第九章


 あれから、2カ月ほどの時が流れた。

 だいぶ朝夕が涼しくなってきて、もうすっかり秋の気配が感じられる。


「藤田さん、そこの洗濯物をお願いできますか?」

「はい、構いませんよ」

「ありがとうございます!」

 今日も、お幸の明るい声が宿に響く。


「こら、また藤田さんに手伝ってもらって。お客さんなんだから、あんまり何でも頼むもんじゃないよ」

 女将も苦笑いしながら、お幸をたしなめる。


 もうここに来て、3か月近くが経った。

 ここでの時間は穏やかで、安らぎすら感じられるほどだった。


 しかし……穏やかな時は、そう長くは続かないものだ。


 宿に、一人の客人がやって来た。それは、藤田にとっては招かれざる客であった。


「あんた、藤田貫平さんとお見受けしますが?」

「ええ、そうですが。貴方は?」

「私は、新日本特報の明松谷かがりやと云うもんですわ」

 

 新日本特報……

 その名を聞いて、藤田は顔をしかめた。

 それは藤田が出所後、自分の家に帰った際に事件について、色々と詰問してきた記者のいる新聞社の名だったからだ。そう言えば明松谷という苗字にも、この顔にも覚えがある。2・3人程しつこく詰め寄ってきた新日本特報の記者のうちの一人だ。まさか、こんなところまで、追いかけてくるとは……

「要件は、分かっておりますな?」


 藤田が返答に窮しているのを見て、お幸が割って入ってきた。


「どこの誰だか知りませんが、うちのお客さんに迷惑を掛けるのは止めて下さい!」

 齢16とは思えない剣幕で、明松谷を叱責する。

「おやおや、これは失礼。

ただ……この御仁は人を殺して10年も服役していたんですわ。宿に長いこと泊めていると良からぬ噂が立ちますぜ?」

 へらへらと笑いながら明松谷は吐き捨てる。


 その言葉に、お幸は気色立つ。

「いい加減なことを言わないで下さい! 藤田さんが、そんなことをするはずないじゃありませんか!」

 お幸が、ここまで怒気をあらわにするのは初めて見た。

「藤田さんも、何か言ってやってください!」

 促されても、どうすることも出来ない。

 それは、紛れもない真実だからである。

 お幸が何度も呼び掛けるが、全く藤田には届いていない。



「お幸さん……この人が言っていることは……すべて事実です」

 重い口を開き、残酷な真実を告げる。

「……!」

 お幸は、あまりの驚きに声が出ないようだった。

「嘘ですよね……?」

 今にも泣き出しそうな目で、藤田を見つめる。

 藤田は何も答えることが出来ない。

 その長い沈黙を答えと受け取ったのか、彼女の目から大粒の涙が溢れ出す。

 その場にいることが耐え切れなくなり、宿の中に走り込む。

「あーあー、可哀そうに」

 明松谷は先程と同様に、へらへらと藤田に言う。



 もうここには居られない。

 そう思った藤田は明松谷に取材に応じると言い

 荷物をまとめるために、2階の自分の部屋へ向かった。




<次章へ続く>

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