5.闇での遭遇
「……うむ、完全に迷ったようだ」
覚束ない足取りで獣道の斜面を登っていたショウは、そう言って一度立ち止まる。
明暗調整でそれなりに周りの景色は見えるが、それでも影になっている所は暗い。
そしてさらに視界を遮る木々と茂る草。
ノートの隣でパールを追っていたはずだったが、どうやらはぐれてしまったようだ。
「一度戻って林を抜けるか……せめてまともな道に出るまで進むか」
今まで歩いて来たであろう獣道を見る。
傾斜が最初よりきつくなっていることから、どうやら山を登り始めてしまっているということは分かった。
恐らくこの斜面を下って行けば採取を開始した林に戻り、そこを過ぎれば平野に出るはず。
しかしもしかするともう少し登れば山道に出て安全に帰れるかもしれない。
登るか下るか、進む道を選択するように、ショウは顔を前後へ繰り返し振る。
その時、ショウの左前方の茂みが揺れた。
モンスターか、と身構えるように左手を上げる。
視野も取れず、足場も坂ということもあり、満足に闘えないだろうと判断したショウは相手の出方を窺いつつ山を下りる事を決意した。
茂みが一度大きく揺れ、ひとつの影がそこから飛び出して来た。
「はぁ、もうマジ最悪。なんで途中で灯りが切れるかなぁ、夜の山でこれはマジ萎えるわぁ」
裾の短い着物を着て金髪、小麦色に肌を焼いた女性がブツブツと文句を言いながらショウの前に姿を現した。
「こんなことならケチらないで高い奴買っておけば良かった……ん?」
「……」
「うわっ、人じゃん! マジビビったし!」
ショウを暗がりで見つけた女性が驚きの声を上げる。
態度からして本気で驚いた事は分かったのだが、口調のせいかどうも緊張感がなかった。
そんな女性を見開いた目で見ていたショウも、同じく驚きの声を上げる。
「……ヤ、ヤマンバだぁ!」
「山姥!? どこに――って、もしかしてウチの後ろ!? きゃぁあああっ!!」
「うわぁああああっ!!」
ショウに向かって悲鳴を上げながら走り出した女性。
それを受けてショウも悲鳴を上げながら山を駆け下り始めた。
「ちょっ!? なんで逃げるし! 待って待って! 山姥、マジ怖いんだってぇ!」
「お、追いかけて来る!」
「いやぁあ! 来ないで! どっか行ってぇ!」
「それはこっちの台詞だぁ!」
「きゃぁあああっ!!」
「うわぁあああっ!!」
二人の悲鳴が山に木霊する。
自分でも驚くほどのスピードで一心不乱に駆けるショウ。
文字通り転がるように脇目も振らず山を下り、林も抜ける。
するとショウの身体はまるで弾力を持った壁にぶつかったように身体を跳ね返される。
ぐはっ、と言葉と共に尻餅をつくショウ。
『モォー』
「あっ、やっと帰って来たさ。どこ行ってたのさ。お兄さんの代わりにこの仔を見ていてあげたんだから感謝して欲しいさ」
顔を上げると、そこにはやれやれといった顔のノートがショウを見下ろしていた。
彼女の隣に居たパールも文句を言っているかのように鳴き声をひとつ。
ショウは焦った様子で膝立ちになり、自分が走って来た方を指差す。
「ノ、ノート! ヤ、ヤマンバが出たんだ! 追いかけられて」
「山姥ぁ? 中腹より上に行かないと出ないモンスターじゃないさ。いったいどこまで登ったの――」
「きゃぁあっ! マジムリぽ! 助けてぇ!」
「あがっ!」
膝立ちしていたショウの腰に、後ろから追いかけて来ていた女性が飛びつくように突進した。
完全に背後を取られ、動きを封じられたと思ったショウがノートへ援護を求める。
「ノート! は、早くヤマンバを倒して!」
「秒で! 秒でキルおねしゃす!」
「……で、どこに居るのさ、山姥」
「へ?」
「……」
ポカンとするショウと未だに彼の背中から離れない女性を見下ろして、ノートの目が冷ややかなものへと変わる。
「い、いや。俺の後ろに――」
ショウは妹と行った博物館で見たヤマンバメイクのギャルについて説明する。
沙彩がこのフリーダムバースにも同じ名前のモンスターが居ると言っていたのでその事が鮮明に記憶に残っていた。
暗がりでばったり会ったためよく見もしないで印象だけで決めてしまったところもある。
説明を進めていくうちに冷静になったショウは、自分の勘違いだったと気付いたのだった。
ノートはため息をひとつ吐くとショウの背中に抱き着いて震えている女性に近づき、肩に優しく手を置いた。
「大丈夫さ、お嬢さん。山姥は居ない、最初からさ」
「――は? マ?」
「本当本当。だからさ、いい加減お兄さんから離れてくれないかな?」
「……はぁあっ! バビったーっ! マジ死ぬかと思ったぁ!」
抱きつきながら周りを涙目で見渡す女性が、安全を確認すると大声を上げて尻餅をついた。
「はぁ、た、助かった」
「お嬢さん……えっと、シムだよね? こんな時間にこんな所でなにをしているのさ」
「はぇ?」
改めてノートとショウを交互に見上げる女性。
目をぱちくりさせて、現状を理解しようと口をパクパクしながら何かを考えているようだった。
「その口ぶりと気配……アンタ方、もしかしてプレイヤーだったり?」
「私はノート。そしてこっちのお兄さんが――」
「ショウだ。さっきは驚かせてしまったみたいですまない、立てる?」
腰を擦りながら立ち上がったショウが、女性に手を差し伸べる。
その手をじっと見ていた女性が、ショウの顔を見て、笑みを浮かべた。
「ウチは『キョウカ』。なんかイミフな感じだけど、とりまよろ」
ショウの手を取り、立ち上がるキョウカ。
彼女の言葉がよく分からなかったショウだったが、方言なのかなと華麗にスルーすることにして愛想笑いを浮かべる。
そんな手を取り合う二人の姿を、ノートは険しい目をしながら、顔をしかめるのだった。
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