6.キョウカ
月下の平野、ショウとノートは目の前に現れたシム『キョウカ』を前に、状況を整理するために休憩をすることにした。
パールをストレージボックスへ収める際に一緒に持ってきていたアウトドアチェアと、持ち運びができる竈を設置する。
竈に火を入れ、お湯を沸かしながらショウ、ノート、キョウカの三人はイスに腰を下ろした。
ショウだけがハイチェアに座り、火の番をする。
キョウカはローチェアに身体を預けながら、揺らぐ炎をぼうっと見ていた。
「それで、君はなんでこんな夜中に山へ? 結構危険だと思うのだけれど」
「いあー、ヤバイってことは知ってるけど、ちょっとウチにも事情があってさぁ」
「ミズホに住んでいる子、だよね? 親御さんは? 心配しているんじゃ」
「あーね、まぁ日が昇る前には帰るつもりだったし、最悪説教されるだけで済むし」
「そういう問題じゃ無いと思うけれど――はい、熱いから気を付けて」
「あざーす……あちちっ」
沸いたお湯で溶いたココアの入ったカップをショウが差し出し、注意をされても口を付けたキョウカが舌を出す。
それをショウは苦笑いを浮かべて見ていたのだが、ノートは出会った時と変わらず油断のない目でキョウカを見据えていた。
「事情があるのは分かったけれど、夜の山はやっぱり危ないよ。もし良かったら町まで送って行くけれど」
「えぇ、アンタ方プレイヤーっしょ? なんでシムにそんなおせっかいな訳?」
「いや、別にそんな大したことじゃないからさ――」
「なんで山に居たか……理由ぐらいさ、教えてくれない?」
「へぇ、そっちの人は他のプレイヤーと一緒の目をしてるね。ショウ、だっけ? アンタが特別ってことか」
「質問、答える気はあるのかな?」
「別に関係ないっしょ、シムがどこでなにをしてようが」
キョウカを見ていたノートの目が一層鋭くなる。
そっぽを向いたキョウカに、ノートが睨みながら話を続けた。
「ミズホに住んでいるシムなら、あの『噂』を知らないわけないさね。プレイヤーすら近づかないような所に居るとさ、誤解を招くよ?」
「へぇ、どんな誤解をウケるのか、ウチにも教えてもらいたいもんだし」
「そうさね、例えば……君が『
「はっ、ウケる」
ノートの言葉を受けて彼女を睨み返すように顔を向けたキョウカ。
お互いの鋭い視線がぶつかり合う間に居たショウが、慌ててそれを止めに入った。
「ま、待ってくれ。その噂って被害者は皆『プレイヤー』なんだろ? 彼女はシムだ。シムはプレイヤーを倒せないんじゃないのかい?」
そんなショウの疑問に答えたのは、ノートだった。
「別にシムはプレイヤーを倒せない訳じゃ無いさ。プレイヤーに比べて倒しきれるのが難しいだけさ」
「ん? どういうことだい?」
「プレイヤーよりレベルが上がりにくく、ジョブもひとつしか就けない制約はあるさ。それが原因で余程高レベルのシムじゃなければこの世界で優遇されているプレイヤーを倒すことはできない。だけれど、実力が上なら出来なくは無いのさ」
「……本当に?」
「ああ、本当さ。まっ、倒してもすぐ神殿で復活するのがプレイヤーさ。その後の仕返しを考えると『命がひとつ』しかないシムにとって『割に合わない』だろうけどさ」
「それな。だから特別な場合を除いてシムはプレイヤーにガチバトルなんか挑まないし」
「だったら彼女は噂の辻斬りなんかじゃないだろ」
「それとは別の問題さ。なんせ、彼女は現場になっている場所に居るんだからさ」
そう言ってノートはキョウカを指差す。
獲物を見定めるように、視線を外すことをせずにノートが笑う。
「……武器も持たずにかい?」
一度キョウカを見たショウが、ノートへ顔を向けた。
黄色を基調とした裾の短い着物。金髪に染めた髪はサイドアップにセットされ、肌は小麦色に焼かれている。
しかし、彼女の手にはおろか身体のどこにも武器らしいものは見当たらなかった。
「噂話では何者かが『斬りつけて』、そのプレイヤーが持っていた武器を壊されるんだろ?」
「……」
「素手で出来るのかい?」
「……」
押し黙るノート。
キョウカに突き付けていた指は、いつのまにか下ろされていた。
「……まっ、そういう誤解もされかねないって話さね。別に私も本気でこの子が辻斬りだって思っている訳じゃないさ」
「ご心配どーも。でもお構いなく、ウチの目的は『プレイヤー』じゃなくて『辻斬り』の方だし」
「えっ、それってどういう――」
「ウチの家、剣術の道場をやってるじゃん? 毎日親が稽古稽古ってうっさいんだよねぇ。だからウチが今話題の辻斬りを成敗すれば親も色々言わなくなるっしょ?」
「いや、君の家のことは知らないけれど……それでも何も持たずにっていうのは危ないんじゃ」
「あははっ、それな。愛用の木刀持ってたんだけど、さっき驚いた拍子に落としちゃったっぽい」
「落とし――えっ!? ご、ごめん。もしかしなくても俺のせいだよね?」
「良いって良いって。いつも稽古で使っててもう古くなってきてた奴だし。家に帰ればまだいっぱいあるし」
「いやでも……ごめん」
「あははっ、シムにそんな平謝りすることなくない? 超ウケる」
何回も頭を下げて来るショウを見て、キョウカはケラケラと笑う。
どうやらショウに対しては警戒感が無くなっているようだ。
「……ねぇ、ちょっとさ。お兄さんは真剣に謝っているんだからさ、笑うのは失礼じゃない?」
「はぁ? だからウチは別にいいって言ってんじゃん。つか、今アンタと話している訳じゃ無いし、関係ないっしょ」
「あ?」
再び二人の視線がぶつかり合う。
先程より肌で感じられる程の殺気を帯びていた。
どうもこの二人の相性はそんなに良くないらしい。
そこにまたしても苦笑いのショウが二人の間に割って入った。
「と、とにかく、この子をミズホまで送って行きたいんだけれど、良いかな? ノート」
「……はぁ、ダメって言ったらさお兄さんだけで送るつもりなんでしょ? とどめを刺せない生産職と、手ぶらのシムだけじゃ夜道は危険さね。それこそ辻斬りに出くわさないとも限らないしさ」
『モォー』
「あー、はいはい。お前も忘れていないさ。採取はもう終わっているし、討伐はあと少しだから道すがら出来るだろうしさ」
「一緒に来てくれるってことだね? 助かるよ」
「ふぅ、お兄さんの人の好さにはもう呆れるしかないさね」
「……別にウチはショウだけで良いんだけど」
「あ?」
ショウと顔を見合わせていたキョウカを、ノートが睨む。
気にかけないように微笑んだキョウカに苦笑いで答えながら、ショウは鼻の頭を掻いた。
その後、ひと息ついた一行はその場を片付けて、ミズホへの帰路に就くのだった。
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