4.夜の平野

 夜の平野に出て来る危険なモンスターは通常二種類ほど。

 ひとつは嗅覚に優れ、わずかな光源でも獲物を補足できる『陰狼かげろう』。

 鋭い爪と鋭利な牙で相手を攻撃する主に群れで行動するモンスターだ。

 そして、もう一種類。

 戦場で命を落とした武者という設定の『骸武者』だ。

 兜に鎧といった具足と仮面を付けており本体の身体は見えないが、肩に矢が刺さっていたり持っている武器がボロボロだったりと雰囲気を出しているアンデット系に分類されているモンスター。

 和風のリビングアーマーと見られる事が多いがちゃんと中身は入っており、正確に言えば達人の動く死体が甲冑を着ているだけである。

 生を恨み、生きている者は目につき次第襲ってくる厄介なモンスターだが――


「ほいさ」


 ――ドスッ


 スタンを食らい仰向けに寝そべっている骸武者の頭部に、しゃがんだノートが手にしていた匕首を突き刺す。

 立ち上がり、少し離れた所に同じように倒れている骸武者へ近づき、同じようにする。

 頭部への攻撃を受けたモンスターは光の粒となり空へ昇っていく。

 今が暗い夜という事もあっていつもより幾段か綺麗に見えたそれを、ショウは地面に座り込みながら見上げている。


「はぁ、はぁ、全然、楽じゃない」


 戦闘の緊張をほぐすように、ショウは乱れた呼吸を整えようと必死だ。

 そんな彼に自分の仕事が終わったのか、ノートが匕首を鞘に納めながら近づいて来た。


「お疲れ様、お兄さん。いやぁ、見事なスタンだったさ。その籠手、実戦でのテストも合格さね」


「それは、どうも。それじゃ次からはノートも戦ってくれると俺も楽できるんだけれど」


「あははっ、それはないさ。これはお兄さんのレベルアップも兼ねているからさ」


「レベルアップ? 一緒のパーティーなら共有されるはずじゃ……」


「いや、数字的なものじゃなくて、プレイヤースキルPSの事さ。ゲーム内での戦闘経験を重ねて、思い通りに身体を動かせる訓練って感じさ」


「はぁ、訓練ねぇ。防御しているだけで良いのかい?」


「まさか……と言いたいところだけどさ、今のお兄さんじゃ倒せないでしょ? ここいらの敵」


「ぐっ、確かに。俺のグラディウスヘリオスは刀剣特効だから本体へのダメージはあまり期待できないんだよな」


「加えて生産職だから戦闘ステータスも低い。ということなったら実戦での立ち回り方を身体に叩き込んでおかないと、いざという時に動けないからさ」


「このままじゃセラスたちと一緒に戦ってもお荷物になるだけってことか」


「んふっ、そうとも言うさ」


 そうとしか取れないノートの態度を受けて、ショウはため息交じりに肩を竦める。

 よっと勢いをつけて立ち上がり、外套『ポラリス』に付いた汚れを叩いた。


「受けているクエストはまだまだ討伐数が必要だからさ、頑張ろう!」


「はぁ、自動防御があるとはいえ、対峙して凶器を振り回されるとさすがに怖いな」


「そこは慣れさね。本当なら自分の力で受けたり避けたりして成長していくんだけどさ、お兄さんの場合その段階すっ飛ばして装備の恩恵で戦っているから」


「日々精進、か。なんだかんだ言っても、俺の事気にかけてくれていたんだね。ありがとう、ノート」


「べっ、別にお礼を言われるようなことじゃないさ。お兄さんは私の『憧れ』に一番近い人だからさ、放っておけないというか……」


「あははっ、君に心配されないように、早く一人前にならないとね」


「ま、まずは人並みになるところからさね」


 少し動揺した口調のノートが、気を取り直すように空を見上げながらショウに背を向ける。

 その背中を見て、ショウは鼻の頭を掻くのだった。


 ――


 モンスターとの戦闘での立ち回り方にアドバイスを貰いながら、ショウは平野を天狗の山に向かって進んで行く。

 少し傾斜がつき始めた麓付近まで来ると雑木林が見え始め、生い茂った木々が遠目で見えていた山頂を隠した。

 ここからは採取クエストの素材を集めるというノートの言葉に、頷いたショウがストレージボックスからパールを呼び出す。


『モォー』


 夜に活動することに慣れていない様子で、辺りを見回しながら、足元の地面の匂いを嗅ぐパール。

 そんなペットの背中を撫でるショウ。


「慣れないかもしれないけれど、いつも通り頼むぞ……そういえば、何を集めれば良いんだい?」


「ここいらにある『サカサカブ』っていう料理に使うやつさね。えっと――ああ、これさ」


 夜目を利かせ、少し林に入ったところに見つけたサカサカブを採取してショウに見せるノート。

 よく見る食材のカブの形をしているが、本来の生え方の逆、丸い胚軸の部分が地表へ出ているようだ。

 薄い皮に覆われていて見た目はタマネギのようだったが、それを剥くと中にあるのはいつも見る白カブ。

 ノートから渡されたサカサカブを一通り観察したショウが、顔を近づけて来たパールにそれを見せる。


「今回はこれなんだけれど、分かるか?」


『……モォー』


 しばらくサカサカブの匂いを嗅いでいたパールがひとつ鳴き声を上げると、二人を先導するように歩き出した。


「へぇ、素材を見つけてくれるんだ。これは楽で良いさね」


「ノートは自分で見つけられるみたいだけれど」


「あははっ、あんまり下ばかり見ていると首が疲れちゃうからさ。今回は指導係として、楽をさせてもらうさ」


「それじゃ、パールの後を追おう。はぐれないようにね」


「ほいほいさー」


 林の中に入って行くパールを見失わないように、ショウとノートは並んで追いかけるのだった。

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