3.深夜のクエスト
翌日。
ここで言う翌日というのは匠太たちが日常生活を過ごしている現実世界でのことである。
ミズホに着いた一行は冒険者ギルドでクエストを受注して、軽く町を散策した後ルナールが泊まる宿まで戻り彼女を除く三人はログアウトをした。
ゲームから戻った現実世界では日付が変わろうとしていたため、匠太は寝支度を整えそのまま眠りについた。
朝になり、大学が休みという事もありいつもより少し遅い時間に起床した匠太は、ベットから起き上がり一度身体を伸ばす。
「ふぁ……いかん、ミズホのインパクトが強すぎて夢にまで見てしまった」
町を行き交う文化がまるっきり違う服装をした人の流れに揉まれる夢を見て、自分がまだゲームの世界にいるのではと錯覚してしまった。
悪夢というわけではないが、それでも見心地はあまり良くなかったので彼は洗面台に行き、水で顔を洗って気分を切り替える。
朝食を済ませてから家事を軽くこなし、急ぎの課題も無かった匠太は、お昼前には手持ち無沙汰になってしまった。
セラスたちとフリーダムバースで合流するのは夕方と約束していた。
世間では平日、彼女たちは学校へ行っているのだ。
大学の関係でこの日は講義も無く、休日を謳歌しようと考えていた匠太だったが、早くもやることが無くなってしまった。
どこか外へ出かけようかと考えていると、耳に付けていたインカムからメッセージが来た事を知らせる通知音が鳴る。
送り主は、ノートだった。
『お兄さん、お暇だったらちょっと私の受けたクエスト手伝ってもらえませんか?』
それだけの短い文だったが、暇な彼にとってはベストタイミングの誘いだ。
匠太はトイレを済ませた後、肩を回しながらベットへ向かい、ゲームデバイスを被って横になる。
多少の嫌な予感がよぎったが、彼はそのままいつもより随分と早い時間にフリーダムバースへログインするのだった。
――
ショウがログインを完了し、セラスたちと別れた宿の前に現れる。
現実世界とは逆に、フリーダムバースの世界は夜だった。
メニュー画面を開き、ゲーム内時間を確認するとどうやら深夜の時間帯のようだ。
恐らく目の前の宿を取っているルナールも就寝中だろう。
そんな事を考えていたショウがメニュー画面を閉じた瞬間――
「ばぁっ!」
「ぅ――っ!」
いきなり背後から耳元にかけられた言葉に、もう少しで声を上げる所だったショウ。
素早く自分の手で口を塞ぎ、それを防ぐ。
驚いた心臓を落ち着かせようと鼻で荒い呼吸を繰り返しながら、後ろを振り向いた。
「やあ、お兄さん。こんばんわ」
「はぁ、はぁ……ノート、もう少し普通に登場できないのかい、君は」
「いやぁ、隙だらけの背中を見ちゃうと、ついさ」
「今ここは夜なんだから、騒ぐような事はダメだよ」
「あははっ、律儀だねぇ。ゲームの中で寝るのはシムだけなんだからさ、大丈夫さ」
「いや、そこが問題なんだって。起こしちゃうし、迷惑だ」
「ふぅん……やっぱりさ、そういうところ気にしちゃうんだ。お兄さんらしくて良いけれどさ」
「茶化さない。それで、クエストっていうのは?」
「あー、そうそう。少し町の周りを見て回りたくてさ。平野での討伐クエストと山の麓での素材採取のクエストさ」
「ふむ。ふたつも?」
「素材を集めに行って帰って来る間に出来る討伐さね。普通に採取だけで行ってもつまらないしさ」
「それで人手が居る、と? ノートならひとりですぐ終わるだろ?」
「分からないかなぁ……私はお兄さんと『二人』で行きたいって事さ」
「? ああ、暗くて怖いとか」
「は?」
「でもそうだな、採取クエストだったらパールも連れて行った方が良いかもしれないし、俺ちょっとストレージボックスに入れて来るよ」
「あっ、ちょっ――」
宿屋に向かったショウの背中に声を掛けかけたノートが、途中で伸ばした手を引っ込める。
予想もつかない言動をしてくる彼に、苦笑いを浮かべるしかないノート。
「まったく、やっぱり一緒に居て飽きないね、お兄さんはさ」
――
宿を管理しているシムに身分を提示して、預けていたパールをストレージボックスに納めたショウ。
幌馬車の方は邪魔になると思い、そのまま宿に置いておくことにした。
待っていたノートと合流したショウは町を出て、南に続く街道をすぐ東に逸れた。
「こっちの山って事は、もしかして『天狗の山』かい?」
「そうさ、良く知っているね」
「実は昨日、冒険者ギルドで俺たちもクエストを受けたんだけれど、その時に受付の人が話題にしていたんだ」
「ああ、随分と物騒な噂話があるみたいだね、最近はさ」
「ノートも知っていたのか。プレイヤーが襲われて武器を壊されるって事が多発しているみたいだ」
「おぉ、怖い。そんなものには関わりたく無いさね」
「冒険者の間では『辻斬り』なんて呼ばれているみたいだし、俺たちも巻き込まれないように注意しておかないとね」
「……そうさねぇ」
夜の平野を歩くショウとノート。
町を出た時、月明かりしか光が無く、暗闇の中を進むのかとノートへ訊いたショウ。
すると彼女は『設定で明暗調整すれば良いさ』と、アドバイスをくれた。
言われるがままに設定を変更したショウ。
結果、昼間のように明るいとまではいかないが、十分先を見渡せるほどの視界を手に入れた。
「そういえば、これって鉱山みたいなところでも有効だよね? わざわざランプを用意して行っていたんだけれど」
「へ? あー、それってもしかしてさ、『あの受付の人』に教わったこと?」
ノートの言葉に、頭にエーアシュタットの冒険者ギルドで受付嬢をしているシム『リリィ』の顔を思い浮かべ、一度頷く。
「設定はプレイヤーしか変更出来ないからさ。向こうとしては自分たちが分かる範囲でお兄さんをサポートしたかったのさ」
「なるほど……
「多分ね」
確かに自分のパーティーにはシムであるルナールが居る。
プレイヤーだけが使える機能を使って彼女が置き去りにされないようにという配慮があったのかもしれない。
そう考えたショウは、自分の考え足らずを反省すると同時にリリィへの感謝の気持ちをさらに大きくした。
「あっ、そうだ。お兄さんさ」
「ん?」
「これ、送っておくさ。パーティー申請。どうせだったら私のクエストを一緒にやって報酬をもらった方がお得さね」
「ああ、ありがとう。でも俺、自分でクエスト受けてあるんだけれど、大丈夫かな?」
「……あー、それは大丈夫だよ。一度に受けられるクエストの数は決まっているけど、今回は私がパーティーリーダーをやるからさ」
「そうか、なら平気かな」
ノートの言葉を受け、送られてきたパーティーへの加入申請に『はい』と答えるショウ。
「それじゃ、二人だけの夜のクエストに、行こうか」
どこか楽しげな顔をしたノートはショウの二、三歩前を歩き、肩越しに振り返る。
ただの下見のつもりのクエストの付き添い。
そう思っていたショウがノートを追うように、一歩足を踏み出すのだった。
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