2.ミズホの冒険者ギルド
辿り着いたミズホの冒険者ギルドは、外見こそ周りの建物と同じレンガ造りの二階建てだった。
短い階段を上がり、両開きのドアを開いて中へ入る。
どうやら内装は始まりの街『エーアシュタット』に近い造りのようで、初めて来た所だったが既視感を覚えるショウ。
だがそれも、エントランスのクエストを張り出している掲示板の前に居る冒険者たちを見て、やはり違う場所なのだと現実に戻された。
エーアシュタットでは革の鎧やフルプレート、ローブなどといった装備をした冒険者たちが多かった。
だがここの主流は合戦にでも行くような日本式甲冑や流浪人のような刀を腰に差した袴姿の侍、陰陽師のような
ミズホに居る冒険者はこの都に染まる傾向があるのか、ショウたちのように他の所から来たであろうパーティーも居たが遠目から見ると明らかに周りから浮いていた。
自分たちもそう見られているのかと不安になったショウが、鼻の頭を掻きながら掲示板へ向かう。
「今日はもう時間が中途半端だから、また明日にでも行けそうなクエストを探しておこう」
「そうですね。期限も長めのモノでしたら先に受けておいて、また集合したらすぐ向かえるようにしておくのも良いと思います」
ショウはセラスたちを連れて張り出されていたクエストをざっと確認するとその目を点にした。
「……知らないモンスターや素材ばかりだな」
「エリアを越えましたからね。出て来るモンスターなどもその地域に合うように変えられているんです」
「セラス、分かる?」
「いえ、全部は。注意する強いモンスターなんかは調べて来ましたが、ここに張り出されているような種類は詳しくは分かりませんね」
「そうか……シャルムは?」
「……え……全部吹き飛ばすから、問題ない」
「ああ、そう」
「とりあえずは私たちのレベルに合ったモンスターを討伐していく方向でどうでしょうか? 生息地域自体はそんなにバラけていませんし、パールちゃんで行けば楽だと思います」
「あー、アネゴ。それは大変だと思うっす」
いくつかの討伐クエストを見ていたセラスの言葉に、ルナールは苦笑いを浮かべる。
ショウたち三人がルナールへ顔を向けると、彼女は頬を掻いて人差し指を立てた。
「ここは山に囲まれた地域なんで、あの幌馬車じゃ通れるところが限られてくるかもっす」
ルナールの言葉に気付かされたセラスが、納得したように手を叩いた。
「そうか。確かに、モンスターが居る所までが山道なら難しいかもしれないわ」
「町の周りの平野にもモンスターは居るんすけど、そいつらはあたいたちじゃ役不足というか」
「そうね。ヴェコンで私たち、たいぶ強くなっちゃったものね。ショウさんが作ってくれた装備もあるから、今のレベルよりワンランク上のモンスターでも大丈夫だと思うけれど……」
「そうなって来ると、やっぱり東の山付近っすね。この辺りで一番高くて険しい所っす」
「山まではパールちゃんで行けるとして、そこからは自分たちの足で歩くことになりそうね」
「となると……これなんかはどうかな?」
『
筆で書かれたようなモンスターの絵が載った紙を掲示板からはがすショウ。
彼から差し出されたそれを覗き見るように三人の顔が集まる。
「場所は……『天狗の山』? 方角的には東の山の事だと思いますけど、そんな名前なんですね」
「鎌鼬っすね。早くて攻撃も鋭いっすけど、アイリさんほどじゃないんで余裕っすよ」
「……ん……吹き飛ばす」
三人の同意が得られたものと見て取ったショウは一度頷き、それを手に受付のカウンターへ向かう。
そこには青を基調とした江戸小紋の着物に紺の袴を着こなす女性が背筋を伸ばして何か書き物をしていた。
「あのー、このクエストを受けたいんですけれど」
「あっ、はい。冒険者ギルドへようこそ。クエストの受注ですね、お預かりしま――」
顔を上げた受付嬢は笑顔でショウが差し出した紙を受け取り、内容を確認しようとしたところで動きを止めた。
「……失礼ですが、ミズホへお越しになったのは初めてでしょうか?」
椅子に座っているため、見上げるように上目遣いの受付嬢がショウに訊く。
「ええ、さっき着いたばかりですが」
「やっぱり。でしたら『噂』を知らないのですね。天狗の山へ行こうとするなんて」
「? 噂?」
「実は……この山へ向かった冒険者の方々が何者かに強襲される事案が発生しておりまして。その方々は神殿送りになり、武器を壊されるようでして今ではあまり人が寄り付かない場所になっているのです」
「強襲? 襲われたってことですか。何者かっていうのは?」
「顔や姿を覚えている方が居なく、噂では……天狗が出た、と」
「はぁ、天狗」
受付嬢の言葉を繰り返して、ショウはセラスたちと一度顔を見合わせるのだった。
――
ミズホの中心部、レンガ造りの建物が並ぶ地区はモダン区と呼ばれている。
そしてそれを囲むように外壁まで整備された長屋が多くを占めている区画はシタマチ区と言われていた。
そのシタマチ区の民家が立ち並ぶ小路で、そこまで息を切らせて走って来た男が置いてあった桶に躓き、盛大に転ぶ。
飛脚の恰好をした男は、転んだ体勢から地面に尻をつけるように上半身だけ起こして、今自分が来た方向を見る。
「――人の顔を見るなり逃げること無いじゃないか。ちょっとショックさね」
追いかけられ、追いつかれると思っていた男の『背後』から、彼が今一番聞きたくない人物の声が聞こえた。
声の主が暗がりの小路から音も無く現れ、恐怖から振り向く事も出来ずにいた男の肩に手が置かれる。
それを敏感に感じ取った肩がビクンッと一回跳ねた。
「な、なんでお前がこの町に居るんだ……もう俺の前には現れないんじゃなかったのか」
「こっちにも事情があってさ。昔馴染みじゃないか、少し話しをしたいと思ってさ」
「ふざけるな。お前に話すことなんて何も無いぞ」
「あららっ、随分冷たいじゃないのさ。別にあんたが私たちの忠告を聞かず、『まだ』足を洗っていないからって責めに来た訳じゃ無いさね」
「……だ、だったらどうして?」
「ちょっと小耳に挟んだのさ。今この町で話題になっている噂話を」
「お、俺じゃねぇ。俺は何も知らない……それに、部外者のお前には関係ない話だろ」
「それが、そうもいかんのさ。今一緒に旅している人がさ、行く先々で面倒事を発生させちゃうようなタイプでさ」
「あぁ? クランを変えたのか? いや、それでもわざわざ首を突っ込む事じゃねぇだろ」
「まぁ、保険さね。その人が面倒事に巻き込まれないように、私が先にその問題を解決しようかなってさ」
「お前――っ!」
影の言葉に驚き、男が肩越しに彼女を見る。
瞬間、首に匕首の刃を当てられた彼が、再び身体を硬直させた。
冷たい笑みを浮かべたノートが、男の顔を覗き込むように並んだ。
「……それじゃさ、詳しい話、聞かせてもらおうか」
背筋も凍るような視線を受け、男の内に眠っていた記憶が蘇る。
自分たちのクランを壊滅させた『
『
クランを解散させた今現在でも、彼にとってその影は恐怖の対象だった。
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