ミズホ編Ⅱ

1.ミズホ、到着

 ミズホという都は周囲を山地に囲まれた平地、所謂いわゆる盆地に存在している。

 碁盤目状に区画が整備された都市は中心部こそレンガ造りの洋館などが目立ち、道も石畳が敷かれ文明開化の色を濃くした明治・大正時代を思わせる町並み。

 しかしそこから少しでも外側へ歩くとその景観はがらりと様変わりをする。

 石畳も無く、平屋の民家や茶屋などが並び、それらは木造が主だ。

 到着前にノートが言っていた、ごちゃ混ぜに古き日本を凝縮した感じ。

 まるで近代化の道を進んでいる都市のまわりに江戸の町がくっついたような無理矢理な情景。

 それがミズホの西側にある丘陵から見た、ショウの第一印象だった。

 盆地にある都市と言っても険しい山岳は平地の東側に集中しており、他の三方は小高い山や丘陵などでそこから他の都市へ延びる街道は整備されている。

 ノートが出発前に立てた予定より半日以上早くミズホに到着した一行は、外周部に建てられている木造の外壁に設けられた関所のような門を潜った。

 どうやらここでリスポーン地点の変更を行うようで、ショウたちは門衛に差し出された手のひら大の石板にて登録を済ませる。


「あんたら、行商人かなにかか?」


 ノートを除くパーティーメンバー全員がリスポーンの変更を済ませて、幌馬車の荷台の中身を答える。

 それを質問した門衛が御者台に座るルナールをひと目見て、対応していたショウへ訊いてきた。


「い、いえ。ただの旅をしている冒険者パーティーです」


「? その子はシムだろ?」


「ええ、確かにこの子はシムですが、俺たちのパーティーメンバーなんです」


「プレイヤーとシムのパーティー、ねぇ」


「あの、何か?」


「……いや、失礼。珍しかったものでな。通って良いよ、ようこそミズホへ」


「どうも。あっ、ひとつ訊きたいんですけど、この町で馬車も預かってくれる宿屋ってありますか?」


「それだったら近くにあるぞ。この道を少し行って――」


 手振りでショウへ道案内をする門衛。

 案内を受けたショウが手綱を握るルナールへ顔を向けると、彼女は一度頷いた。


「ありがとうございました。では」


「ああ。冒険者ギルドへの道はまた宿屋で訊くと良い。この町は通りが多くて入り組んでいるから慣れていないと迷いやすい」


 門衛に会釈で答えると、ルナールの指示でパールは再び歩き出す。

 受けた案内通りに幌馬車を進め、無事に宿を取ることが出来た。

 外壁に近く敷地が広い、茶屋が一階に併設されている質素な宿だったが、ルナールは満足そうに笑っていた。


「――んじゃ、お兄さん。私は少し用事を済ませて来るさ」


 荷物を整理し、ミズホの冒険者ギルドへ顔だけでも出そうという事になったショウたちに、ノートが手を振る。


「一緒に来ないのかい? 宿の人の説明だけだといまいち分からなかったから、案内をお願いしたかったんだけれど。確か、ミズホへは来た事があったんだよね?」


「あー、そうしてあげたいのはやまやまなんだけれど……その前にやっておきたいことがあってさ。ギルドの位置と道順を送っておくから、それを見てみんなで行ってくるといいさ」


「分かった。気を付けてね」


「あははっ、それはお兄さんの方さ。くれぐれも目立つ行動は慎むように」


「……ノートさん、もしかしてまた何か悪だくみしていませんか?」


 笑顔で手を振ったノートを見据えていたセラスが、訝し気な目で訊いた。


「人聞きが悪いね、セラス。ただ顔馴染みに挨拶をしに行くだけさ」


「誰彼構わずケンカを吹っ掛けるのはやめてくださいね」


「ははっ、努力するよ」


 踵を返し、道を歩き出したノートを一行は見送る。

 ショウは気と取り直すようにパーティーメンバーへ向き直り――


「それじゃ、俺たちも行こうか。ギルドは街の中心部にあるみたいだから、とりあえずはそっち方面へ歩いて行こう」


 セラスたち三人の返事を聞いて、ショウはノートが歩いていった通りを振り返る。

 それほど多くない道を歩く人の影に消えたのか、彼女の姿はどこにも見当たらなかった。


 ――


 碁盤目状に整備されている長屋の民家が立ち並ぶ通りを、ショウたちは物珍しそうに見渡しながら歩いて行く。

 砂利と砂で綺麗に均されてた道を、ジャッジャッと音を立てながら進む。

 博物館で再現されていたバーチャルの町並みそのままな風景に、ショウは少なからず心を躍らせる。

 街作りのゲームを愛好していた彼にとって建物のひとつ、道の一本に至るまで興味の対象だ。

 頭の中で地図を作り、町全体を思い描き店の並びや人の流れなどを想像するだけでワクワクしてくる。

 空き区画や交通の便が悪い道などがあれば自分ならどう解消するか、周りの立地を踏まえて考えるだけでニヤニヤが止まらない。

 そんな性を隠しつつ、ショウは三人のパーティーメンバーを引き連れ、都の中心部へ歩き続ける。


「……これはまた」


「す、すごいですね」


 町の中心へ近づくと、目に見える町並みががらりと変わり、そのギャップにショウは思わず声を漏らした。

 それに賛同するように、セラスも目を白黒させている。

 石畳にレンガ造りの建物、西洋風な館がいきなり視界に入って来たのだ。

 道には馬車、人力車、牛車などが行き交い、そこを往く人々も時代劇で見るような丁髷ちょんまげの侍や平安貴族のような束帯を身に纏った者、洋服に下駄といった服装の者など、見るからに統一感が無い風景が広がっている。

 それぞれの時代から無理矢理この町へ召喚されたような、ヴェコンとはまた違う文化の『ごった煮』感を感じるショウたち。

 その中でひとりだけ、そのカオスな空間に慣れた様子のルナールが一歩前へ出た。


「この町は他と比べても面白いっすよね、規則性が無いというか」


「ルナールもここへは来た事があるのかい?」


「はいっす。といっても滞在していたのは数日で、町の中は少し流し見したくらいっすね」


「そうなんだ。だからそんなにカルチャーショックを受けていないのかな」


「初めて見た時はそれは驚いたっすけど、よくよく考えればあたいの居た街や他の所も大なり小なりこんなんすからね」


「あー、確かに。ヴェコンもそうだったけれど、文化詰め込みましたって感じだよね。ノートが『凝縮された』って言っていた気持ちが分かったよ」


「あそこに見えるのが大通りっすけど、あれを進んで行けば良いんすかね?」


 道が石畳に変わってしばらく歩いた時、ルナールが先に見える通りを指差してショウに訊いた。

 ショウはノートから送られてきた地図と記された道順を見て、現在地と方角を確認する。


「そうみたいだね。いきなり町並みが変わるから別の所へ来た感覚になるけれど、俺たちが居るのはひとつの街なんだもんな。確かに少し慣れが必要かも」


「あの、ショウさん。その地図、私にも送って下さい。お店とか調べるのに必要だと思うので」


「……私も……迷いそう」


「ああ、分かった。それじゃみんなにも送るね」


 メッセージの送信画面を開き、セラス、ルナール、シャルムを宛先に加え、地図の情報を添付して送る。

 それぞれがそれを確認して画面を閉じるのを待ってから、一行は大通りを冒険者ギルドに向かって進んで行くのだった。

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