12.能天気
ごたごたを経て、野営の片付けを終えたショウたち一行はパールが引く幌馬車に乗り込み、再び街道を往く。
目指すはアズム地方でも三大都市に数えられる都、『ミズホ』だ。
特に一部のプレイヤーたちから根強い人気があり、その理由は――
「要するに、『古き良き日本』を凝縮した感じの町さね」
幌馬車の荷台でセラスの隣に座っていたノートが説明口調でショウに話している。
ショウとノートの間に鎮座していたセラスはその会話に入らず、ただじっと座っていた。
「和風、っていうことかい? 確かに今までの街は、日本人が考えた西洋風な感じが多かったと思うけれど」
「そういう点で言うとけっこう様変わりしているというか、カルチャーショックを受けるかもしれないさ。なんせあんな町、現代の日本でも絶対に見られないだろうからさ」
「というと?」
「言葉の通り、『凝縮』されているのさね。文化のメインは近世とされているけれど、平安、鎌倉、大正、平成なんかの時代もごちゃ混ぜにされていて、もう闇鍋状態さ」
「それは色々とやり過ぎな感じはあるね……でもフリーダムバースって、国産ゲームだろ? なんでそんな滅茶苦茶になってしまったんだい?」
「だからだろうさ。多分、運営も日本という国が好きなのさ……ただ、それぞれ好きな時代が違うって言うだけで」
「結果、全部詰め込んじゃいました、と」
「休日に博物館へ行くくらいのお兄さんなら、もしかしたら肌に馴染むかもしれないさね。ある意味、面白い町であることには変わらないからさ」
「楽しみなような、少し怖いような」
「……あのー、アニキ――」
ノートの話に肩を竦めて苦笑いで答えていると、御者台に座っていたルナールが肩越しに声を掛けて来た。
その顔は何か言いづらそうな、奥歯にモノが挟まったような表情だった。
「実は相談したいことがあるっす」
「ルナール? 大丈夫だよ、なんでも言ってくれ」
「あの、ミズホに少しの間滞在してからガルドガルムへ向かいたいなぁ、って思っているっすけど」
「ありゃ? ミズホには立ち寄るだけでひと息ついたらすぐ発とうかと思っていたんだけれどさ」
「そうなんすが、一応故郷に一報入れてから向かいたいなって。勝手に出ていった手前、実家もあたいも準備が要るというか……」
「俺は全然良いけれど……どうかな、ノート」
セラス、シャルムもショウの言葉に頷きで了承を伝えると、考えるように自分の顎に指を当てていたノートへ訊く。
「そうさね……エリアを跨いでいることと、大きい町ってことを考えるとお兄さんが到着早々人混みに揉まれるってことは無いだろうけどさ」
「けど?」
「プレイヤーもクランもそれなりに存在している町だからね、もしもっていう事もあるしさ。そうなったらすぐに町を出る事」
「そうなったら俺だけでも山里に隠れるようにすれば、大丈夫じゃないか? 神獣の街へ行くときに拾ってくれれば」
「結局みんなお兄さんに付いて行くんだろうし、意味無いさ。それだったら実家に連絡取れなくてもガルドガルムへ向かった方が早いさ」
「えっ、そうなの?」
「あ、あたいもアニキにそこまでしてもらうなら、覚悟を決めて帰るっすけど……」
ルナールは頬を掻き、苦笑いを浮かべる。
どうやらショウと離れてまで我が儘を言うつもりは無いらしい。
自分の事で振り回して申し訳ない気持ちになるショウ。
「でもそれはそうなった時に考えれば良いと思うし、それまではミズホに居よう。俺も目立たないように大人しくしているから」
「はいっす、できるだけ早く話をつけるんで!」
「新しい町、楽しみですねショウさん。私、観光出来る所が無いか調べておきますね」
「そうだね。色々と見て回りたいな」
決意を新たに笑顔で頷き合うショウとルナール。
セラスの言葉に新天地への期待を膨らませるパーティーメンバーたちだったが――
「……大人しく、ねぇ。できれば良いけれどさ」
ひとり諦めたように鼻から息を吐いたノートが御者台の方へ顔を向ける。
幌馬車の荷台から見える少しばかりの空には、ゆっくりと雲が流れていた。
――
ショウたち一行が幌馬車の中で思いを馳せている頃、彼らが向かっている都『ミズホ』では物騒な噂が住民の間で広がっていた。
その噂は聞く人を委縮させ、町の賑わいも少し前までと比べても徐々に弱くなってきている。
しかし町の中心より少し離れたとある武家屋敷は、それとは関係ないように今日も賑やかだった。
「――お前はっ! またそんな恰好をして! もっとお淑やかにできないのですか!」
「これがっ、ウチのっ、生き様って言ってるっしょ! 誰にも迷惑かけて無いんだから、良いじゃん!」
「お家に! かけているんです! 迷惑を!」
周りの家よりも何倍も広い敷地を有しており、塀に囲まれた立派な門構えの大きな武家屋敷。
そのこれまた広い庭先にて、二人の女性が木製の武器で激しい攻防を繰り広げていた。
「そんなワケ無いっしょ。パパがいつも言ってたし。『武士たるものひとつの信念を貫き通せ』って。ママだって言ってたじゃん、こんな顔して――」
「父上と呼びなさい! それに私はそんな蛸みたいな顔はしませんっ!」
ママと呼ばれた目を吊り上げた女性が顔を真っ赤にして、手にしていた長柄の棒を構え、素早く何度も斬撃を繰り出す。
棒の先端は刀のような刀身を模しており、それが薙刀の稽古に使われるものだと分かった。
その幾度となく迫る鋭い攻撃を、もう一人の髪色が明るい娘が手にしていた木刀で捌いていく。
母親の方はきちっとしたお団子に纏めた髪、袴にたすきがけ、鉢巻までして気合十分。
それに対して、娘の方は黄金色に染めたウェーブのかかった髪をサイドアップに結っており、丈の短い黄色が基調の和服から覗く足は、健康的な小麦色に日焼けしていた。
この家ではもはや日課となっていた母と娘の口喧嘩が、木がぶつかり合う音を重ねて、空に響いている。
「――はっ!」
上段の構えから繰り出されたひと際力のこもった母親の振り下ろしを受け、娘はその衝撃を利用して後方へ飛ぶように退く。
着地をするまえから木刀の先を相手に向け、油断なく立ち上がった娘が不機嫌そうに整えた眉毛をハの字にした。
「ちょっと、ママ! ガチの攻撃やめてって! マジおこなの?」
「……恰好の前にその言葉遣いを直した方がいいようね。性根ごと」
「あーね、テンアゲのところ悪いんだケド、今日はこれでドロンするわ」
「逃がすわけないでしょっ!」
踏み込み、下段からの斬り上げを繰り出す母親の、木で出来た薙刀は空を切った。
一瞬で姿を消した娘を、首を振って探す。
「これ以上ガチでやってせっかく盛った髪が崩れちゃったらつらたんだし、ちょっと行くところあるから。んじゃねぇ~」
声の方へ顔を向けた母親が塀の上でしゃがんだいた娘を見つける。
娘が手を振ると、塀を飛び越え向こうの通りへと姿を消してしまった。
「話はまだ終わってませんよ! 待ちなさい、『キョウカ』!」
――ミズホ編Ⅰ・完
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