11.自動防御
手にしたできたての装備の性能を見て、ショウはこんなものかと頷く。
アイリやパーティーメンバーの装備を一新したため造形師としての作成の熟練度は上がっている。
今回の防具自体の性能や付いているスキルは普通で見れば破格ではあるのだが、ショウにとっては大分見慣れたものになっていた。
「こんな感じだけれど、どうかな?」
ショウが隣に立って居たノートへガントレット『クレプス』を渡す。
受け取ったノートは驚きの表情の代わりに妖しい笑みを浮かべ、一度小さく舌なめずりをする。
放っておけばそのまま持ち帰りそうな顔を読み取って、ショウが再び声を掛けた。
「……あげないよ?」
「っ! わ、分かっているさ。これはお兄さんの大事な生命線だからね、それを取り上げるなんてそこまで鬼畜じゃ無いさ」
「それは、気遣ってくれてありがとう」
「じゃ、さっそくさ性能をテストしようか」
「テスト? 近くにモンスターは居ないはずじゃ……」
「何言っているのさ。私が『これ』を投げるから、それを防げれば大丈夫さね」
そう笑顔でショウに見せたのは、ノートが愛用するクナイだ。
上位プレイヤーでレベル差など文字通り雲泥の差があるノートの攻撃を、彼に防げと言っているのだ。
これならば道中にモンスターが出てくるのを待っていた方が『安全』だ。
「いや、さすがにそれは痛いって。アヤの攻撃も完全には防ぎきれなくてダメージは入っていたし。これから出発するんだ、体力を減らすのは……」
「大丈夫だってさ。もし防御に失敗してもさ、その性能なら神殿送りにはならないだろうさ」
「そういうことを言っているんじゃなくて――」
「ほっ! ――ほらー、お兄さん、準備してー」
目の前に居たはずのノートが一瞬のうちに姿を消し、驚いたショウが声の方へ顔を向ける。
十メートルほど離れた位置にこちらへ手を振るノートを見つけた。
移動系のスキルを使ったのだろうが、そこまでしてクナイを投げたいのか、とショウは一度渋い顔をする。
その感情を読み取ったのかは分からないが、ノートは準備が完了するのを確認しないまま、オーバーアクションで投擲体勢に入った。
それを見たショウが慌てて装備メニューを開き、クレプスを腕へと装備する。
――キンッ!
装備をし終えてまだ画面が閉じられていないタイミングで、ショウの前方から金属同士がぶつかる音が聞こえた。
恐る恐るメニュー画面を閉じて、音の原因を探るショウ。
すると、いつの間にか前に突き出していた左腕と、自分の足元に突き刺さったクナイを確認することが出来た。
「って、いやいや! 殺る気満々じゃないか! えっ、投げるならせめてひとこと言ってくれないか!?」
「ああ、ごめんごめん。そんなのしたこと無かったからさ」
実戦で宣言してから闇討ちなどしないのだから当たり前である。
「まぁ、なんとかなったみたいだし良いじゃないのさ。それじゃ、次は分身するクナイを投げる――よっ!」
「言えば良いってもんじゃないよ!」
せっかくの宣言を言い終わる前にノートは再びクナイをショウへ向けて投げる。
一本だったクナイが数本に分かれ、それぞれが別の軌道を取りながら目標の急所へ迫る。
――キキキーンッ!
ほぼ同時に身体へ刺さるタイミングだったクナイを、ショウの意識とは関係なく動いた左手が弾いた。
弾いたのだが、彼自身に実感が無い。
衝撃も手ごたえも、全く無かったのだ。
まるで当たる前から見えない壁に弾かれたような、そんな感覚であった。
その事に違和感を覚えたショウは自分の左手に視線を落とし、拳の開閉を繰り返す。
「どうしたのさ、お兄さん」
いつの間にかショウの目の前まで戻って来ていたノートが、彼の行動を見て訊いた。
そんな彼女に今自分が感じた違和感を伝えると、今度こそノートの驚きの表情を見ることが出来た。
「……それは、多分スキル『神通力』の影響だと思うけれどさ。そんな効果は聞いたことが無いさね」
「ノートでも知らないのかい?」
「そのスキル自体、レアで滅多にお目にかかれないからさ。加えて他のスキルとの相乗効果でそんな現象が起きているんだろうさ」
「ま、まぁ、有利って事は間違いないんだし、とりあえすはオッケーってことで……」
「そんな軽く流せることじゃ無いんだけれどさ……でも確かに。それを周りに言えば大騒ぎだろうし、私はそんなものの中心には居たくないさね」
「じゃあ、これは他言無用って事で」
「ほいさ。私はお兄さんを観察してそのスキルの正体を研究することにするさ。解明できたらさ、私の防具も作って欲しいなぁ」
「あっ、ちょっ――」
ねだる様な仕草をしながら、身体をショウへと摺り寄せるノート。
いきなりの事で対処に慣れていないショウは、思わず身体を硬直させる。
そこへ、ネメスィが飛んできた。
ショウにくっ付いていたノート目掛けて飛んできたのだが、それはクレプスの『自動防御』によって弾かれた。
跳ね返されたネメスィを、こちらへ走って来ていたセラスが華麗にキャッチする。
「ノートさん! なにやっているんですか!? 離れてください!」
「あーぁ、まぁたお邪魔虫が来ちゃったさ。目ざといというか、なんというか……」
「――ほらっ! 早く離れて、下さい! こんな外で、破廉恥ですよ!」
「あー、はいはい」
詰め寄って来たセラスに引っ張られ、渋々ショウから離れるノート。
彼女とショウの間に入り込み、守るようにセラスは棍を構えた。
「ちょっと目を離すとこれなんですから……ノートさんはもっと貞淑になっては?」
「あははっ、それは御免被るよ、これが私だからさ」
「むー……」
睨むセラスをいつもの軽口でいなすノート。
お互い容赦のない態度の応酬を見ていたショウが、鼻の頭を掻いた。
「あの、仲良く……ね」
少なくとも注意のためだけにネメスィを投げるのはやめさせなければ、とショウは心の中で決意するのだった。
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