1.待ち合わせ

 晴れ渡る穏やかな休日。

 前日の夜まで大学の課題をやっていたため起床が遅くなり、待ち合わせに間に合うギリギリの時間に家を出た『萩村 匠太』。

 急いで乗った電車の中で、彼は今から会う人物にメッセージを送っていた。

 そのメッセージに返信が帰って来ることは無かったが。

 下車する駅に着いたショウはホームを早歩きで進み、改札に手首をかざす。

 ランプが緑色に光り、ピロンッと音が鳴ると改札が開いたので駅と併設されている商業ビルの中を通り過ぎ、ロータリーも兼ねた広場へと出る。


「……やっと来た」


 広場の一角に大きなモニュメントが置かれており、主に待ち合わせ場所として使われている。

 そこで人を待っているであろう集まりの中に、『萩村 沙彩』が頬を膨らませて立って居た。

 妹の姿を確認した匠太は彼女に駆け寄って鼻の頭を掻きながら頭を下げる。


「ごめんごめん。少し遅れた」


「あと十分待たされていたら帰ってたわ」


「メ、メッセージも送ったんだけれど。一応」


「そんなの知らないわよ」


「そうか……まぁ、なんとか間に合ってよかった」


「はぁ、急いでいたのは分かるんだけれど、寝癖すら直してないじゃない。ほら、ちょっとこっち来て」


「えっ、い、良いって――」


「良いからほら」


 匠太の頭へ手を伸ばした沙彩では少し背足らずなのか、踵を軽く浮かせた彼女が手櫛で寝癖を直してくれた。

 会った時は不機嫌な様子だったが、どうやらそれは匠太が遅れてきた事に対してでは無かったようだ。

 沙彩は匠太の寝癖を軽く治すと、よし、と頷いて彼の髪から手を離した。


「よう匠太、やっと来たか。珍しいな、お前が待ち合わせに遅れるなんて」


「こ、こんにちわ、萩村先輩。いい天気ですね」


 丁度その時、広場の案内板を見ていたカップルが二人に近づいて来た。

 男の方、『川上 健』は好奇な目で、『箱理 愛』は微笑みながら匠太と挨拶を交わす。

 沙彩は二人から距離を取るように、匠太の隣へ立ち位置を変えた。


「ああ、ふたりとも。遅れてごめん。大学の課題、ある程度まで終わらせておきたかったから昨日の夜ちょっと遅くまで起きててさ」


「あ? 課題?」


「え?」


「……確か健先輩、課題はしばらく無いって言ってませんでした?」


「あ、ああ。無い、はず……ほらっ、俺こいつとは違う講義取ってるし、そっちのことだろ」


「いや、お前も取っているはずだけど」


「……いつまでだ?」


「休み明けてすぐ」


「……」


 渋い顔をした健が懇願するような目を匠太に向ける。

 彼に見せてくれと言いたい気持ちと、ガールフレンドの前で格好悪いところを見せたくない気持ちが混同している顔だ。

 匠太はそれに気付かない振りをして、顔を横へ向けた。


「……あの」


 そんなやり取りを見ていた沙彩が、三人に見えるように手を上げた。


「だったら先輩たちは帰った方が良いんじゃないですか?」


「いや! それはダメだ!」


 沙彩の冷たい対応を撥ね退けるように、健は手の平を広げる。

 それを怪訝な目で見ながら手を下げる沙彩。


「せっかく、せっかく愛が外へ出かけることをオッケーしてくれたのに、そのまま帰って課題をやるなんて……こんな機会が無いと愛は外でデートなんか滅多にしてくれないんだ」


「そ、そうなの?」


「……はい。フリーダムバースあっちの方が気が楽と言いますか。色んな場所にも行けますし」


「兄妹のお出かけを邪魔しないように心掛けるし、今日は愛とデートして、今晩から課題をやれば大丈夫だ、多分!」


「そうか、頑張れよ。箱理さんと同じ学年にならないようにな」


「あ、あははっ」


「……ねぇ」


 気合を入れている健の隣で苦笑いを浮かべる愛。

 そんな二人を見ていた匠太に、沙彩は耳打ちをしてきた。


「未だに信じられないのだけれど、あの人、本当に『オルトリンデのアイリ』? 随分印象が違うのね」


「ああ、俺も最初は驚いたよ。でも沙彩みたいにゲームでもあまり性格が変わらないっていう子の方が珍しいのかもな」


「なによそれ。あっちで会っても私だって気付かなかったくせに」


「あははっ、その件は悪かったって。謝っただろ?」


「むぅ……そもそも、なんでふたりで出掛けるって話であのカップルも付いて来るのよ」


「仕方なかったんだって。今日の事を健に言ったらあんな事を真剣な顔で言われたんだ」


「はぁ、まったく……三人も子守りしなくちゃならないじゃない」


「ははっ、それは俺も思った――」


「あ?」


「……そろそろ行くか! 健、ほら行くぞ!」


「お、おう……なぁ、沙彩ちゃんお前を睨んでるけど、大丈夫か?」


「いつものことだ。早く行こう」


 沙彩からの殺気の籠った視線から逃げるように、匠太は一行を先導するように歩き出すのだった。

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