2.歴史の勉強
駅からバスへ乗り、揺られること十数分。
目的地最寄りの停留所で降りた匠太たち一行は、空に浮かぶ巨大なホログラムの看板を仰いでいた。
『日本の歴史・文化を学ぼう!』
「……で、『博物館』。妹とふたりで出掛けようって考えた場所が、博物館?」
「そうだ。なんでも今、日本の文化にフィーチャーした特別展をしているみたいでな。沙彩も勉強のいい刺激になるかと思って」
「……はぁ、ありえない。小学校の遠足じゃないんだから、もっとあるでしょ? 映画とかショッピングとか」
「えっ、でもほら。せっかく来たんだし、一緒に見て回ろうって」
「家に帰ったらお母さんに言いつけてやる」
「相談したら『あら、良いわね~』って言ってたぞ」
「……ホント、ありえない。はぁーっ、家に帰ったら感想文でも書かせる気?」
「ははっ、まさか」
頭を抱え、絶え間なくため息を吐いている沙彩の背中を優しく叩き、匠太は彼女の前を歩き始めた。
それに渋々付いて行く形で沙彩も足を博物館へ向ける。
二人のやりとりを見ていた健と愛は顔を合わせて――
「……健先輩は行き先のアドバイスとかしなかったんですか?」
「匠太のとこは家族でそういうのが好きなんだな、ぐらいにしか思っていなかったが……違うみたいだな」
「大丈夫でしょうか、妹さん。不機嫌になって辺り一面火の海にしちゃうなんてことは――」
「いや、それはさすがに。ゲームの中じゃないんだし、大丈夫だろ」
フリーダムバース内での『アヤ』を沙彩の姿に重ねて、二人は一度身震いをした。
兄妹の邪魔をしないように、と匠太たちに追いつかないように距離を取って博物館へ入って行くのだった。
――
展示物の内容としては、まるで歴史の授業を受けているかのように縄文時代から始まった。
立体映像で再現された生活様式や当時の人々など、ホログラムでの捕捉の説明を受けながら時代は進んで行く。
「……そういえば」
「ん?」
それまで大して興味も無さそうにしていた沙彩が、口を開いた。
「最近、ログインしていないようだけれど、どうしたのよ」
「ああ、ゲームの話か……えっと、話すと長くなるんだけど――」
鎌倉時代から平成まで早足で見て回っていた沙彩の隣に並びながら、匠太は鼻の頭を掻きながら経緯を説明した。
結果として沙彩がリーダーを務めるクラン、『ムスペルヘイム』の勝利として終わったのだが、その余波は匠太が考えていたものより大きいものだった。
自分たちの決闘を皮切りに始まった大祭『スタンビート・フェスティバル』、ショウは祭りを楽しもうとパーティーメンバーと共に街へ繰り出したのだが、そこで大勢の人だかりの中心になってしまった。
どこへ行こうと人、人、人……。
闘いの勇姿を称える者、決闘での戦法について質問してくる者、自分たちのクランに勧誘する者、等々。
プレイヤー、シムを問わず、絶え間なく押し寄せる人波にうんざりした匠太は愛が組織しているクラン『オルトリンデ』のハウスへ避難した。
どうやらSランクのプレイヤー、『アヤ』の武器を壊し、降参寸前まで追い込んだ無名のプレイヤーとして決闘を観た者が吹聴して回ったらしく、『ショウ』はヴェコンの街で一躍有名人となってしまっていた。
クランにも所属していない彼を自分の所に置いておきたい、と熱望する冒険者たちの血走った目に恐怖した匠太。
そんな彼に「私の所には怖がってそれほどですけど、先輩は人畜無害そうですからね」と決闘の時の相方であるアイリが笑いながら言った言葉を未だにはっきりと覚えている。
「そんなこんなでほとぼりが冷めるまでオルトリンデのハウスに匿ってもらっていたんだけど」
「でもイベント初日には居たじゃない」
「時間も経ったし大丈夫かなって……まぁ、沙彩と一緒に居る時は人も近づいて来なかったんだけれど、街の門の所で待ち伏せされていてね。入れずログアウトして、そのままって感じ。一応パーティーメンバーには連絡してあるから、心配はされてないと思う」
「ふーん……ねぇ、そういうことなら私が一緒に居てあげようか? そうすれば絡んでくる連中も居なくなるんじゃない?」
「いや、沙彩に迷惑はかけられないって。イベントも終わったし、そろそろ大丈夫だと思うから、明日当たりログインしてみるよ」
「……あっそ」
つまらなさそうな顔で匠太の前を歩き出した沙彩が、しばらくしてある展示物のコーナーで足を止める。
それに続いて匠太もそこに書かれたホログラムの説明文に目を通す。
『~ギャルの歴史~』
「沙彩、こういうのに興味があるのか?」
「そんな訳無いでしょ。こんな格好の人たちなんて、今じゃ街を歩いていても見かけないし」
「昔のゲームなんかにはたまに出てきていたみたいだけど……へぇ、歴史も書いてあるぞ。1970年代に生まれて色々な派生に進化していったみたいだ」
「……なんでバカ兄の方が興味津々なのよ」
「いや、だって……百年以上の歴史ある文化だぞ? ほら、名前も特徴的だし。『渋谷系』とか『黒ギャル』とか『ヤマンバ』とか――」
「山姥ならフリーダムバースに居るわね」
「そうなのか?」
「和をモチーフにした『ミズホ』って地域があるんだけれど、そこに出現するモンスターとしてね」
「……それとは別みたいだな。いや、見たこと無いから分からないが」
時代が進むにつれて流行した文化も日常という景色の中から姿を消していく。
栄枯盛衰は世の常。
そんな自分とは馴染みが薄く興味も物珍しさぐらいにしか持てなかった匠太は、先を行ってしまった沙彩を追いかけるように残りの展示物を見て回るのだった。
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