ミズホ編Ⅰ
プロローグ.月下
月光に照らされたあぜ道を、二つの人影が灯りを点けずに並んで歩いている。
道幅は三メートル程だろうか。
両脇を水の張られた田んぼに囲まれた広くは無い道を、二人は肩をぶつけながら冒険の帰路についていた。
「今回は楽に討伐で来たな、コウサク」
「そうだね、ダイサク兄さん。天狗の山で『
「なぁ? 俺の言った通りだっただろ? お前は臆病すぎるんだよ」
「そうは言ったってさ……最近は町じゃ『あの噂』で持ち切りだから」
「あー、あれだろ? 『辻斬り』、だっけか? はっ! そんなの現実じゃまだしもゲームでビビることじゃないだろ。俺たちなんかはそんなのに遭遇しても神殿送りになるだけじゃねぇか」
「そ、そりゃそうだけどさ……でも被害も増えているみたいだし、僕は怖いよ」
肩を窄めて視線を落とした二人のうち、小柄な方の男が弱音を吐く。
そんな彼を見て隣を歩いていた大柄な男が大口を開けて笑った。
「お前は昔から怖がりだからな! 少しは俺の豪胆さを分けてやりたいくらいだぜ」
「いや、ダイサク兄さんのは無鉄砲っていうんだよ。それは要らない」
「まぁ、なんにしても心配は無用だっての! 俺たちには『この刀』があるじゃねぇか!」
小柄な男、『コウサク』の言葉など聞こえていないように、大柄な男『ダイサク』は自身が背中に掛けている大太刀を親指で指し、再び笑う。
コウサクも彼に倣い、腰に携えた太刀の鍔へ手を置いた。
その顔は未だに不安の色を濃く残したままだ。
「……これだって正直眉唾だよ。ダイサク兄さんがどこで手に入れてきたか知らないけれど、『造形師』が作った刀なんてそう易々と買えるわけ無いじゃないか」
「なんだと!? 俺が偽物を掴まされたって言うのか!?」
「可能性の話だよ……でも、実際使ってみてすごい性能だったし、名刀には違いないと思うけれど――」
その時、向かい風が強く吹き、会話が途切れる。
少し先に見えていた柳の枝がそれに靡き、葉の擦れる音が二人の耳にも届いて来た。
「……まっ、とりあえずは町へ戻ってクエストの報告を済まそうぜ。お前、これから仕事だろ?」
「うん、今日は夜勤だからね。ログアウトしたら準備しないと」
「悪いな、ギリギリまで付き合わせちまってよ。お前とゲームやっているとつい時間を忘れちまう」
「気にしないでよ、それは僕だって同じさ。あっ、週末に三人でそっちへ帰るって母さんたちに言っておいて」
「おぉ、分かった。孫の顔が見られるって喜ぶぞ、きっと」
「あははっ、やっと首がすわった……か、ら――っ!?」
笑いながら顔を上げたコウサクが、風に揺れる柳の枝を視界に捉えた瞬間、言葉を詰まらせ目を見開いた。
それに気付いたダイサクも彼の視線を追うように前へ顔を向ける。
柳の木の幹に、いびつな
その瘤が寄り掛かっている人だという事を理解したのは、それが木から離れてこちらを見据えるように身体を向けてきた時だった。
唯一の光源の満月を背中に背負い、逆光のため顔も確認することができなかったが、二人は瞬時に自分の刀へと手が伸びた。
自分たちに向けられているのは、『殺気』。
それも氷の刃で背骨を串刺しにされたような、冷たく鋭い殺気。
「……なんだ、お前」
「……」
ダイサクの言葉に返事は返ってこなかった。
その代わりと言わんばかりに、影が腰に携えていた刀を抜く。
月光を受けた刀身が淡く瑠璃色に輝いているのを、コウサクは身体を震わせながら眺めていた。
「どこのどいつか知らないが、やろうってのか? お前が噂の辻斬りか?」
「……」
「なんとか言いやがれ!」
無言を通す影に痺れを切らしたダイサクが大太刀を抜いて上段に構え――
――ザンッ
「……え?」
コウサクは、瞬きを一つしただけである。
影が消え、風が斬れ、隣にあったダイサクの身体は、光の粒となっていた。
理解が追い付かなかった。
兄が斬り捨てられた。
背後にふぅともはぁとも分からない息遣いを感じたコウサクは脳が状況を理解するよりも先に、抜刀しながら振り返る。
――っ
刀身の半分ほどが外へ出た時、彼の視界は田んぼの中だった。
半分は水に浸かり、視界が残っている方の目で自分の身体を見るコウサク。
彼がこの一連の状況をやっと理解できたのは、リスポーンして青い顔をしたダイサクと再会した時であった。
「……」
影は二人が光の粒となって消えるのを黙って見ていた。
納刀はせずに右手に持ったまま、ダイサクの大太刀を左手に持つ。
切っ先を地面に刺し、右手を振りかぶる。
――キーンッ
振り抜く様に放った斬撃により大太刀は真っ二つにされ、所有者と同様に光の粒になった。
続けて影はコウサクの太刀も――
――キーンッ
月下のあぜ道、瑠璃色の刀が妖しく輝く。
「……」
二つの刀が光の粒となって消えたのを見届けると、影は静かに納刀する。
何の余韻も感じさせず、影はダイサクたちが歩いて来た山へと続く道を歩き出した。
その時――
「ぅわっ、ヤバ……シショ―の言ってた通りじゃん。マジヤバい」
影が寄り掛かっていた柳の木から、高くも気の緩さを感じさせる声が聞こえた。
立ち止まり、ゆっくりと振り返る影。
先程とは立ち位置が逆のため影の顔は月の明かりで照らされ、声の主の顔は見えづらかった。
しかしそんな事はお構いなしに声の主はたすき掛けを結び直し、腰の刀を抜く。
切っ先を影に向けると、結った髪に刺した髪留めの飾りがリンッと音を鳴らして揺れた。
「えーっと、なんだっけ……あー、ここで会ったが百年目? いや、そんな経ってないし。こいつ出てきたの最近だし……あー、まぁ良いや」
切っ先を影から外し、髪留めの女は刀を上段に構えた。
「とりま、今度はウチが
影は素早く踏み込み、女の懐へ入るのだった。
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