第四章 戦えませんがなんとかなるみたいです
1.前日譚Ⅰ
時間は遡り、ショウたちがフォレストウルフ討伐を終えて街へ帰る準備をしている頃。
同じく『フリーダムバース』にログインしていた『ケン・ナガレ』は、所属しているクランのメンバーたちと共にイベントクエストに興じていた。
『マールマティを倒して討伐コインを集めよう!』
クランメンバーが集めたドロップアイテムの合計でランキングされる討伐型のクエストである。
イベントが始まって間もない為か、各クランの動きはまだそれほど無い。
しかし、今回はケンの所のクランリーダーが張り切っている様子で、上位入賞を目指しているらしい。
その為メンバーに召集を掛けて、総出でコインを集める事になった。
なんとか目を盗んではショウたちの元へ指導しに通っていたケンだったが、今日はリーダー直々に呼び出されたため断り切れなかった。
「――くっ! そっちへ行ったぞ、『アイリ』!」
「任せなさい! ――はっ!」
『ッ!! キュウゥ……』
毛色は白、耳が兎のように長く、ウォンバットの様な姿形をしたモンスターを、クランリーダーの『アイリ』が討ち取る。
倒されたモンスター、マールマティは仰向けに倒れ、短い声で鳴くと身体を丸めた。
その後、光の粒となって消えた場所に討伐コインが一枚現れる。
それを拾ったアイリが――
「相変わらず、誘導は上手ね。誘導は」
「すばしっこい相手は苦手なんだよ。分かってるだろ?」
「もちろん。だから私がこうやって組んでいる訳だし……ほら、さっさと次の獲物を探すわよ」
「はいはい、リーダーに従いますよ」
ミディアムロングの銀髪を靡かせて、アイリは抜刀したままだった左手のバゼラードを鞘に納める。
ケンの方を振り向きはせず、辺りを見回して新たなマールマティを探し始めた。
そんな彼女を見て、肩を竦めるケンが一歩踏み出した時――
「――ん? 通話? ショウから、か」
自分にしか聞こえない着信音を聞き、発信者の名前を確認する。
何か分からないことがあってアドバイスが欲しいのか? と思ったケンは、アイリに断りを入れた。
「すまん、ちょっと通話する」
「えぇ? 私たちのペア、他より遅れてるんだけど……いったい誰よ?」
「俺のリア友。前に話しただろ? 始めたばかりだから色々教えてるって」
「……あぁ、そういえばそんな事言ってたわね。それじゃ、私は向こうで休憩してるわ」
ショウが『造形師』に就いていることは、念のためにクラン内でも秘密にしていた。
クラン内で知り合いに造形師が居るということがバレれば、勧誘しろだの紹介しろだのうるさいと思ったからだ。
ようは面倒くさいことはしたくなかった。
始めたばかりの初心者にはアイリも興味が無いらしく、手をパタパタと振る。
そんな彼女が離れるのを見送って、ケンは通話を開始した。
「――おう、どうかしたか?」
『あぁ、ケンか? 悪いな、忙しいところ』
「別に大丈夫さ。何か分からないことでもあったか?」
『んー、あーっと……話すと長くなるから、端的に説明する』
最初は歯切れが悪かったショウだったが、街でセラスに起こった問題について語り始める。
話が進むにつれて可愛い妹にそんな事が起こっていたとはつゆ知らず、呑気に構えていた自分に憤りを感じるケン。
ショウの話が終わる頃には、彼の額に青筋が浮かび上がっていた。
「俺の妹になんてことを! その下衆は俺が鉄槌を下してやる! 生まれた事を後悔するくら――」
『落ち着けって、お兄ちゃん』
「ばっ! おまっ! 何でお前はそんな平然としてるんだ!? 仲間がそんな目にあったってのに!」
『……怒ってるさ』
「……」
ケンが通話越しに今までの付き合いで聞いたことが無かったショウの低く、暗い声に言葉を詰まらす。
大学に入学したと同時の付き合いでまだそんなに長くは無いのだが、ショウの人当たりの良い性格に助けられたのは一回や二回ではない。
信頼と呼んでも差し支えない感情を持っていたケンは、そんなショウの怒りを声色だけで量ることができなかった。
言葉を詰まらせたことによって冷静になる時間ができたのか、ケンはひとつ呼吸を整えて本題に入る。
「……それで、これからどうするんだ?」
『被害に遭ったのはセラスで、原因は俺が作ったモノだからな。できれば俺たちだけで解決したい』
「相手はスケアクロウっつうクランなんだろ? 大丈夫なのか?」
『それを込みでお前に相談したいことがあるんだ』
「……」
ショウの退かない覚悟を感じ取ったケンは少し考えるように顎に手を当てる。
「分かった。とりあえずはクエスト報告をして、ギルドの方にも事情を説明しておけ」
『ギルドにも……大丈夫なのか? 横槍を入れられるなんてことは……』
「事後報告の方が恨みを買う可能性がある。それに、言っておけばあっちでも動いてくれるかもしれないしな」
『動く……仲裁とかか?』
「いや、それはまだお前は知らなくて良い。それと明日の昼間、予定あるか?」
『休みだけど、困った事に予定という予定は無いんだ』
「そいつは残念だな。んじゃ、ちょっとリアルで会おうぜ」
『リアルで? それは全然良いけど、なんでわざわざ』
「こっちだとふたりで話し合うっていうのも難しいだろ。場所と時間はあとで送る」
『了解。悪いな、助かるよ』
「あいよ、んじゃまた明日な」
通話を終え、ケンはしばらくその場で考えを巡らせる。
いつかはショウが造形師だということで問題が起きるかもとは思っていたが、予想よりかなり早かった。
これからの対処について考えながら、ケンは離れて待っているアイリの元へ歩き出す。
大きな岩を廻ると、丁度二本のバゼラードを納刀していたアイリの後ろ姿が見えた。
「悪い、待たせたな」
「良いわよ、別に。近くに何匹か居たからその相手をしてたし」
こちらを振り向かず落ちている討伐コインを拾うアイリを見て、ケンはすぐに彼女が不機嫌だと察した。
久しぶりにふたりでクエストに出ているのに、ほったらかしにされて拗ねているのだろう。
すぐに態度に出る所は有り難いが、今のケンにはそれをフォローする余裕は無かった。
ケンがアイリに近づき――
「アイリ、明日のスケジュールなんだが――」
「もちろん、朝からクエストよ。私も、あなたもね」
「……用事が出来た」
「……」
そこでアイリはケンに向き直り、鋭い目で睨んできた。
「何? 用事って」
「友人の悩み相談だよ。リアルで会ってくる」
「通話相手の初心者? ゲームで会えばいいじゃない」
「どうやら、そうもいかない理由があるらしくてな……すまん」
「……分かった」
もっとごねるかと思っていたが、案外素直に頷いた彼女を見て、ケンは胸を撫で下ろす。
「じゃ、私も一緒に行くから」
「……はぁ!?」
遠くの方で地面を掘っていたマールマティがケンの声に驚き、彼の方へと視線を送った。
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