2.前日譚Ⅱ
それから時間が進んで、ショウとセラスがログアウトするため冒険者ギルドを出た頃。
彼らから話を聞いた後、『ある人物』と面談の許可を取り付けたリリィが、ギルド事務局の廊下を速足で歩いていた。
先程まで居た応接室から階段を上がり、最上階。
その奥にある部屋の扉前まで来て、リリィはひとつ息を整える。
ノックをしようと胸まで上げた手を扉に当てようとした時――
「……入れ」
「っ!? ……失礼します」
結局ノックをすることは無く、リリィはそのまま『執務室』へ入っていく。
広く設けられた部屋には、来客をもてなす為のソファとローテーブルが中央に、左右の壁には絵画やら剥製やらが飾られている。
窓を背にして執務を行うデスクがあり、リリィを部屋に招き入れた人物が顔も向けずに手元の書類作業を続けていた。
リリィは真っ直ぐにその人物の元まで歩いて行き、デスクを挟むようにして立つ。
「ギルドマスター、お仕事中失礼しま――」
「手短に頼む。あまり時間が取れなくてな」
前置きは必要ないようだった。
リリィは目の前に座っているギルドマスター『イザベラ』を見ながら、緊張で喉をゴクッと鳴らす。
長い髪を結い、綺麗にまとめ上げられている姿は、遠目から見れば貴族の令嬢とも見て取れるかもしれない。
しかしその髪で顔の左半分を隠している理由が、彼女がしている眼帯だと気付く距離まで来ると大抵の者なら気圧されるだろう。
その存在感、威圧感が彼女を並々ならぬ戦士だということを肌に、心に感じさせる。
まだ目を合わせていないだけリリィは耐えられていたが、もしこれで顔を見合わせての話だったら――
「どうした、何か問題があったのだろう?」
少しの間の沈黙もイザベラが顔を上げながら発した言葉に終わりを告げる。
彼女は切れ長の目をリリィに向けた。
瞬間、身体に冷や汗が噴き出て、リリィは頭を下げてしまう。
蛇に睨まれた蛙よろしく彼女は声を絞り出すように報告を始める。
「も、申し訳ありません……実は、プレイヤー間でトラブルがあったようでして、その報告をと」
「ふむ。お前がわざわざ私に報告という事は、厄介な案件ということか?」
「そう、です。あるプレイヤーが、初心者から武器を自分のと入れ替えて騙し取ったとのことです」
「……それだけか? ……ふむ、窃盗として立件するにはグレーゾーンだな。ギルドで動くことも無いと思うが」
「確かに。交換したとそのプレイヤーが言えば、水掛け論に持ち込まれる可能性が高いです」
「それに、被害者は初心者なのだろう? モノ自体も大したことは無いのではないか?」
「……」
「どうした、違うのか?」
「……その武器を作ったのは、『造形師』に就いているプレイヤーです」
頭を下げながら報告をしているリリィは見ていなかったが、彼女の言葉にイザベラは久しぶりに驚きの顔を浮かべていた。
まずイザベラが頭で思ったことは、報告が冗談では? という疑いだ。
いや、真面目な彼女がそんな質の悪いことを言うはずがない。
次にすぐに思いつく各地に居る造形師たちの顔。
彼らの誰かが作ったモノか?
であるならばそんな『危険』なモノをこの街に置いておくわけにはいかない。
押収でも接収でもしてなんとしても然るべき所へ持って行かなくては……。
「製作者は分かるか? 名が分かれば武器の特徴を把握できるかもしれん。被害も最小限に抑えられる」
「……制作したプレイヤーは……『ショウ・ラクーン』様です」
「……誰だ? それは」
「最近、始めたばかりの……被害に遭った方とは別の初心者です」
「なんっ――バカなっ!?」
自分が知らない造形師の名前を聞かされ、しかもそれが初心者。
先程よりもさらに驚いたイザベラは、思わず机を叩き席を立ってしまった。
相手が驚くことが分かっていたリリィはこの反応を身動きひとつせず、頭を下げたまま耐える。
自分でも予想外の反応だったイザベラが、落ち着きを取り戻すためコホンッと咳ばらいをして椅子に座り直す。
「……まず、その初心者がこの冒険者ギルドに登録をしたという報告は受けていないが」
「申し訳ありません。登録の際、就いているジョブについて詳しい聴取を怠っていました」
「つまり、この件が耳に入って初めてその初心者が造形師だったと分かった訳か?」
「はい、そうです」
「……」
イザベラは下げて以来一度もこちらを見ないリリィを眺め入る。
(最初から知っていたか。それを隠した。
普段のイザベラであれば自分で蒔いた種だ、と突っ撥ねるところだが、今回はそれができないでいた。
もし初心者から武器を盗るような下衆なクランに造形師が入ったとしたら。
なりふり構わずその者をこき使い、あまつさえこの街のパワーバランスを崩されかねない。
そんな予想がすぐできるほど、この街の冒険者の『質』は悪かった。
「事は重大だ。なんとしても穏便に解決しなくてはならない。『綺麗にすべて』な」
「はい」
「早急に手を打つ必要がある。『クエスト』を発行する」
「受けます」
「お前が? ……いいだろう。後見人はアンリとする」
「承知しました……ひとつ、よろしいでしょうか」
「なんだ?」
「ショウ様本人より相手側に渡った武器に対して自分たちで対処したい、と言われております」
「対処? 具体的には聞いているか?」
「いいえ……しかし、クエストの遂行はそれが終わった後にしたいと考えております」
「……事の重大さを加味しても、そう考えるか?」
「はい」
イザベラは少し考えるように眉に力を入れる。
今回の案件はリリィが報告を怠り、造形師に対して十分な管理をしなかった事がそもそもの原因だ。
その原因を生んだ彼女が自ら後始末を買って出るのは当然として、少しその初心者に肩入れが過ぎる、とイザベラは危惧したのだが――
「お前も甘いが、私も大概だな……」
そう言ってイザベラがため息交じりに石板を机の上に出した。
リリィの前にそれを差し出し、宛てがうように促す。
彼女が自分の冒険者証をその石板に当てようと手を伸ばした。
「仮に少しでもクエストが滞るようなら……優先することは分かっているな?」
イザベラの言葉に、リリィの伸ばした手が止まることは無かった。
「承知しております」
「なら良い」
ピロンッと音が鳴り、クエストの受注が終わった。
リリィは冒険者証を戻し、イザベラに深く頭を下げる。
姿勢を正して、部屋を後にしようと扉へ数歩進んだとき――
「その造形師の顔も見ておきたい。クエスト終了の後、私の元へ連れてきなさい」
「……承知しました」
退室の前にもう一度お辞儀をして、リリィは執務室を出て行った。
その扉をしばらく見ていたイザベラが、伏し目がちにひとつため息を吐く。
「初心者の造形師、か。何とも厄介な案件だが……はぁ、どうしたものか」
今夜は強い酒を飲みたい気分だ、とイザベラは中断していた書類仕事を再開するのだった。
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