16.やるべきこと

 応接室でショウたち三人を見送り、一度ソファに座り直したリリィはぬるくなった紅茶に口をつける。

 考えているのは先ほどのショウが話してくれた事案のことであり、ギルド職員としてなにができるか必死に考えていた。

 すり替えられたのはただの棍ではない。

 『造形師』が生み出した『破格』の『武器』だ。

 棍そのものの性能はたかが知れているが、それを優に超える常識外れだとリリィは自分の目で見ている。

 この件をもし無事に終わらせることができても、それが呼び水になり彼の元に有象無象が集まるのは火を見るよりも明らかだった。

 その中で、いったい自分に何ができるのか……。

 いくら考えても、辿り着く答えは『ひとつ』だった。


『……なんだ?』


 リリィの耳に、低く貫禄を感じさせる『女性』の声が届く。

 通話がつながったことを示す画面を見つめながら、リリィが口を開いた。


「……直接ご報告したい事案がございます」


『……』


「……」


 部屋を静寂が包み、リリィの喉がゴクリッと鳴った。


『……構わない。今からこちらに来なさい』


「ありがとうございます。すぐに向かいます」


 通話を終えて、自分の掌に汗が溜まっているのに気付いたリリィは、ハンカチでそれを拭いながら立ち上がる。

 扉へ歩き出した彼女の目には、確かな決意が宿っていた。


 ギルド職員として何ができるのか……。


 その答えは、『守る』事。

 ショウでは無く、セラスでも無く、ルナールでも、ましてやゴロツキのプレイヤーでも無い。

 彼女は、自分の居場所があるギルドを――『この街』を守るために行動を開始するのだった。


 ――


 応接室からエントランスへ戻る途中、ショウは振り向いて――


「ルナール。フレンド登録、しておいた方が良いだろ?」


「へ? あ、えぇ、そうっすね。そうすれば離れていても連絡できるっすから」


「あっ、じゃあ私も!」


「は、はいっす!」


 こうして三人は問題なくフレンド登録を終えた。


「……」


「アニキ? どうしたんですか、暗い顔して」


「……あぁ、そろそろログアウトしようかと思って……」


 歯切れが悪い口調でショウが言うと、ルナールが笑った。


「シムにそんな顔で言うプレイヤーなんてアニキくらいっすよ」


「もう、ルナール。ショウさんも私も、あなたが心配だから――」


「あははっ、分かってるっす。でも、大丈夫っすよ。これまでこの世界で暮らしてきたっすから」


 なおも崩さない笑みを見て、ショウとセラスは肩を竦めた。


「それに、多分これからアンリさんに根掘り葉掘り尋問をされると思うんで、退屈はしないと思うっす」


「……そうか。分かったよ。俺とセラスは一応街の外でログアウトするつもりだから」


「了解っす。なにかあればメッセージを残しておくっす」


「無茶はしないでよ?」


「だーいじょうぶっす! アネゴも心配性っすね」


 そんな会話をしながら、エントランスへ戻って来たショウたち。

 そこへ――


「ルナール! こっちきなさい!」


 カウンター越しに、アンリが手招きしているのが見えた。

 その姿にルナールが苦笑いを浮かべると――


「ね? 言った通りっす。じゃあ、あたいはここで」


「あぁ。またログインしたら連絡する」


「またね、ルナール」


「はいっす!」


 軽く手を振って、アンリの元へ駆けて行く背中を見送り、ショウたちは冒険者ギルドを後にした。


 ――


 街を出たショウとセラスは、いつものログアウト場所まで戻ってきていた。


「では、ショウさん。私も今日は落ちますね」


「あぁ、お疲れ様」


「……あの」


 メニュー画面を開いたまま、セラスがショウを見る。


「今日は本当にすいませんでした。なるべくショウさんの負担にならないよう、頑張ります」


「ははっ、気にしないでって言っただろ?」


「でも……」


「まぁ、確かにセラスには頑張ってもらう事にはなるだろうけど、俺はその手伝いをするだけだから」


「……」


「じゃあ、今日はお互いゆっくり休もう。解決はまた次回ね」


 そうセラスの頭に手を置いたショウが、彼女を励ます。


「……はい。分かりました。お、おつかれさまでした」


「うん、おつかれ」


 そう挨拶を交わして、セラスはログアウトした。

 彼女が消えたのを確認すると、ショウはストレージボックスからパールを連れ出し、草原の方へ移動する。


『モォーッ』


「悪かったな、ずっと出せなくて。もう少しやることがあるから、その間食い溜めしておいてくれ」


『モォ』


 短く鳴くと、パールは足元の草をせっせと食べ始めた。

 それを横目に、ショウはメニュー画面を開いて次回の為の準備を始める。

 彼がすべての作業を完了し、ログアウトしたのは日付が変わり、夜も大分更けた時刻だった。




 ――第三章・終

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