15.応接室にて
冒険者ギルドへ入ると、まずエントランスがある。その両脇に掲示板が置かれており、クエストの張り出しが行われている。
受付カウンターはエントランスの奥に設けられ、その脇の扉からギルドの事務局へ入ることが出来る。
クエスト関係の事務作業、来客の対応や執務などを行っている棟を進み、ショウたちは応接室と書かれた部屋に通された。
机を挟んで向かい合うように置かれたソファへ、ショウが真ん中となって座る。
少しして、一度退室していたリリィがお茶を淹れるためのワゴンを引いて戻ってくると、手早く人数分の紅茶が出された。
「プレイヤーの方のお口に合うか分かりませんが、どうぞ」
「いただきます」
そう言ってショウは紅茶を口へ運ぶ。
良い香りがするなぁ、くらいにしか感じなかったショウだったが、隣に座っていたセラスは美味しい、と笑顔になっていた。
こういう上品な味覚の経験値を必要としてくる事に関しては、どうやらショウはあまり得意では無い様だ。
どちらかといえば、ん? と首を傾げて砂糖を大量に入れていたルナールと同レベルぐらいだろう。
「それで、お話というのは?」
「はい……実は今日セラスがここを出てからのことなんですが――」
自分の淹れたお茶が合格点だったのか、リラックスしたような笑みで会話を切り出したリリィ。
しかし、その笑顔は自分が促したショウの話が進むにつれて徐々に陰り、手にしていたティーカップがソーサーの上でカタカタと音を鳴らし始める。
セラスがアッシュという冒険者に出会った事、クエストへ向かう途中にルナールを助けたこと、ルナールが黙って街を去ろうとした理由、クエスト中に発覚した棍のすり替え事件、新たに作った盾および棍と外套について、クエストの終始――等々。
一通りの説明が終わり、場の空気がこれ以上無い程重くなった中でリリィは既にカップを置き、頭を抱えていた。
「……申し訳ありません。こちらで『留意』していた事態よりさらに深刻な事になっているようでして」
「あの、大丈夫ですか? 俺の説明になにか不備があったり……」
「いえ、ご心配なく、大丈夫です。一気に問題が山積みになり、理解が追い付かないだけですので」
「は、はぁ」
「ですが、ショウ様たちが感じている不安はもっともだと思います。ギルドでも重く受け止め、慎重に対処していきます」
「良いんですか? プレイヤー同士の揉め事なのに」
「確かに表立って何かできる訳では無いですが、冒険者同士という形なら管理するギルドも力になれるかと」
「なるほど……ひとつ、良いですか?」
「はい、なんでしょうか?」
「セラスが失くした、俺が作った棍については、俺たちでどうにかしたいと考えているんですけど」
「どうにか……と言いますと?」
「まぁ、それは追々」
そこで一度話を切り上げたショウが、苦笑いを浮かべる。
つまりはアッシュになにかしらの手段を講じるにしても、証拠品の押収などはしないで欲しいという事だろう。
そう察したリリィは、一応頷いて答えた。
「それとセラス様、これは確認なのですが……」
「は、はい」
「アッシュ、様はその棍を作ったのはショウ様だと知っているのでしょうか?」
アッシュに様を付けるか一瞬迷った様子のリリィは、真剣な目でセラスを見ていた。
「それは……大丈夫だと思います。会話の中でもショウさんの名前は出してませんし、出所も問いただされてはいないので」
「承知しました。では今頃スケアクロウはその棍を誰が作ったのか――躍起になって探しているでしょう」
「っ!?」
冷静さを取り戻したリリィが紅茶を口にしながら、彼らの行動を分析する。
想像しただけで居た堪れなくなったセラスが、身体を小さくした。
「その件に関してギルドに訊きに来るということはありえますか?」
ショウの問いかけに、カップを置いたリリィが思案する。
「……断言はできませんが、無いと思います。ただ――」
「ただ?」
「棍の制作者ではなく、最近ギルド登録した人物を知るためにこちらへ来る可能性は、あると思います」
「なるほど。いくらギルドが俺のジョブには口を閉じても、新参者は目立つでしょうからね」
ショウの頭に、中二階の酒場から響く喧騒が思い出された。
情報収集にはうってつけで、何も知らないプレイヤーならばクランの勧誘だと言えば教えてもらえるだろう。
「その様になりますと、こちらができる事は限られてしまうと思います」
「……」
リリィの言葉に、今度はショウが考える素振りを見せる。
しかし、すぐに――
「それは特に問題ないと思います……ちなみに」
「? はい、何か?」
「ギルドの建物内で『小さな騒ぎ』くらいなら起こっても大丈夫、ですかね?」
「それは……」
ショウの思惑が分からず、答えに詰まるリリィ。
彼の言う小さな、がどれほどの規模なのか計り知れないため、下手に返事ができなかった。
そんなリリィの意を汲んだのか、ショウは苦笑いを浮かべて手を振る。
「いえ、今の言葉は忘れてください。俺の独り言ってことで」
「……はぁ」
リリィはこれ以上頭を抱える案件を増やしたくなかったので、思わず頷いてしまった。
「それでは、俺たちはこれで。なにかあったら連絡を頂きたいんですが……」
「承知しました。では、ルナールちゃんにお伝えすればよろしいでしょうか?」
「そうですね、俺たちがログアウトしているときでも受け取れますし。ルナールも良いかな?」
「は、はいっす! アニキの力になれるなら何でもやるっすよ!」
「あ、あにき……?」
「あ、あははっ……じゃあそういうことでお願いします」
呼び方の説明までし始めるとしばらく終わりそうも無かったので、ショウは強引に話し合いに折を付けた。
三人が応接室から退出しようと扉へ歩き出した時――
「……ショウ様」
「はい?」
「あの、大丈夫ですか? その、色々と大変だと思いますが」
今日だけで様々な事が起き過ぎて、ショウも頭がパンク寸前だったが――
「まぁ、多分……大丈夫だと思いますよ」
苦笑いを浮かべて、彼は鼻の頭を掻いた。
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