12.外套、作成
「えっ、な、なんで? 職人のジョブでも拠点にある工房でしか作れないのに……その場で武器ができるなんて、ありえないでしょ」
「あー、これは……」
驚きが収まらない様子のルナールから、ショウは隣に居るセラスへ目配りをした。
すると、しょうがないと観念したように、彼女は首を縦に振る。
それを見てショウは、ルナールへ自分のジョブの説明を始めた。
「俺のジョブは『原型師』ともうひとつは『造形師』なんだ」
「ぞ、造形師? ……聞き慣れないジョブだけど」
「あれ? 知らないかい?」
「生憎、あたいは自分が生きて行くのに必要な知識にしか興味が無いからね」
「そうか。んー、説明するのも難しいな。俺自体もどうやったらなれるのかとか詳しいことは知らないし」
「――つまりは、こういうことが出来るジョブってことで良いんではないでしょうか」
「それもそうだな。どうだろう、ルナール。今はそういうジョブってだけで理解してくれるか?」
「そりゃまぁ。実際に見せられちゃ、疑いようも無いよ。それにしても――」
セラスが持っている棍へ視線を集中するルナールが、言葉を続ける。
「その棒、さっきとは雰囲気がまるで違う。強大なオーラっていうか、威圧感が半端ないよ」
「分かるのか? そういえばリリィさんたちも手に持たなくても見ただけで凄さが分かったようだったけど」
「リリィ……冒険者ギルドの受付さんか。まぁ、あの人たちは『観察眼』のスキルくらい持ってるだろうから、それでしょ」
「ルナールは違うのかい?」
「あたいのは種族的な能力というか、勘というか……感覚が人間より鋭いらしい。気配察知も得意だし」
「なるほど。ステータスは分からないけど、なんか凄いっていうのは分かる感じか」
「持ってみる?」
セラスから差し出された棍を受け取ったルナールが、再び目を見開き、飛び跳ねた。
「――っ!? な、なんだ、このデタラメな性能! 反則でしょ、これ!」
「ね? ショウさんは凄いでしょ」
もはや他人に驚かれることが自分のことの様に、セラスは嬉しさのあまり満面の笑みになる。
手をルナールへ差し出して棍を返してもらうと、彼女はそれを杖の様にして持つ。
「その性能を知られちゃ、盗まれるのも分かるな……あのさ」
「ん?」
「その……あたいの武器も作ってくれないか? もっと力が欲しいんだ」
「んー、そうだな。作ってあげることには問題は無いんだけど、今持っている素材だと少し心許ないんだ」
「……そっか」
「いずれ作ってあげるから、それまで待ってて欲しい」
「……分かった。無理にとは言えないよ。あんな性能のもん、おいそれと作れないだろうし」
「それよりまず先に試したいことがあるんだ」
「試したいこと?」
セラスとルナールが首を傾げるのを横目に、ショウはストレージボックスから『端切れ』と『回復薬』をあるだけ取り出した。
「あの『癒しの布』がもっと手に入ったら作りたいものがあるんだ」
そう言ってショウは、端切れすべてを回復薬で濡らしていく。
考えが正しければこれであの布が手に入るはず。
しばらく置いて、アイテムの詳細を見てみると――
「よし、成功だ」
全体の4、5割ほどの端切れが癒しの布に変わっていた。
それを確認すると今度は、今日セラスから渡された『外套』の設計図を取り出す。
原型師のスキルで設計図を編集し始める。
サイズを少し小さく丈を短くして、使用素材を癒しの布すべてを使うよう変えていく。
見た目はマントではなく、ポンチョ……というよりフード付きのケープと言った方がしっくり来るモノになった。
編集した設計図を保存して、残りの必要素材を用意する。
癒しの布、端切れ、獣皮をスクロールの上に置き、先程と同じように槌を振るう。
そうして出来上がったモノを一度手に持ち、広げてみせる。
『癒しのケープ:短めの丈の外套。動きやすく丈夫。癒しの効果により装着者の治癒能力を高める。【体力自動回復・小】【身体能力向上・小】』
「よし、だいたい思い描いた通りだ」
「これは……外套?」
「でもショウさんには少し小さいような」
「これは、ルナールに着てもらうように作ったんだ」
「あ、あたいに?」
「どうかな? 防御力の底上げと、体力の自動回復が付いてるから、役に立つと思うけど」
「い、良いのか? ……本当だ。これもデタラメな性能してる」
渡された外套を一通り眺め、ルナールはそれを羽織った。
元の装備も手伝って、見た目は本格的な冒険者の風貌となったルナールが、その場で一回軽やかに回って見せる。
「サイズはどうだ?」
「あぁ、少し大きめだけど、問題は無いと思う」
「そ、そうか。ちゃんと採寸しなかったからな……まぁ、成長するのも見込んで作ったってことで。長く着られるだろ?」
「あははっ、確かに。あたいは育ち盛りだからな」
「……ルナールって、いくつなの?」
ショウとの会話を聞いて疑問に思ったセラスが訊く。
訊かれたルナールはさも当然のように――
「あたい? 11だよ」
「えっ、じゅっ!?」
「お、幼いとは思ってたけど……子供じゃないの」
「あたいの国では10歳で成人なんだ。だいたい15までには家庭を持つのが普通だけど、あたいは嫌で飛び出して来たし」
「もう、少しお転婆過ぎじゃない?」
「お転婆って言葉で片付けて良いのか?」
「とにかく! あたいはこれから色々とビッグになる冒険者ってこと!」
「あ、ははっ、それは……楽しみだな」
ショウは苦笑いを浮かべ、セラスはため息を吐き、それぞれ肩を竦めた。
「でもこれ、本当にすごいよ! 軽くて、まるで羽が生えたみたいに早く動ける!」
「え、そんな効果まで付けたつもりは無かったんだけど?」
「身体能力向上って書かれてたから、それだと思うけど」
「? ……レベルが上がったから制作物の質も上がったのかな?」
「ということは、この棍も以前のと比べてさらに良くなってるんですね!」
「おぉ、すげぇ! 見て見て!」
その言葉に目をやると、何度もバク宙をするルナールの姿があった。
喜んでもらえてなにより。元気が一番。とショウは微笑みながら頷く。
「それとルナール、その外套には元々内ポケットが付いていたんだけど、編集して『装備ベルト』に変えてあるんだ」
「装備ベルト? なんだい、それ」
バク宙をやめて、ショウの元へ戻って来たルナールは首を傾げた。
「素早く武器を変えられる機能、かな。投擲武器や補助武器なんかの小さい奴をセットできる、らしい」
「なんでそんな漠然とした言い方なんだい?」
「ごめん。俺も聞きかじった程度の知識で、実際には使ったことが無いから分からないんだ」
「ふーん、まぁ大丈夫だと思う。そんなに難しい機能でもなさそうだし、使いながら慣れていくよ」
そう笑いながら、ルナールは外套の内側を見るように捲って見せた。
それを見て安堵の表情を浮かべたショウはルナールに続けてセラスを見る。
「よし、とりあえずの準備は終わったな。これからはクエストに集中していこう」
「はい! 任せてください、今度はさっきみたいな失態は見せませんから」
「ふたりが一緒なら簡単に終わっちゃいそうだよ。あたいも頑張らないとね」
セラス、ルナールとそれぞれの言葉にショウは頷き、再び林の中を目指して歩き出す。
一呼吸置いて――
「あっ、あのさ……」
ルナールの呼び止めに、ショウが振り向く。
肩を窄めて、神妙な面持ちのルナールが――
「ほ、本当に感謝してるんだ。あたいみたいなのを助けてくれて、こんな凄いモノまで作ってくれて……」
「あー、いや。困っている人を見るとほっとけない性格なんだ。ルナールが気にする必要ないよ」
「ひ、人? ……そ、そう。分かった――」
そこまで言ったルナールが、勢い良く頭を下げた。
「これからは『アニキ』と呼ばせてくださいっす!」
「あははっ、なるほど……って、えぇええっ!? いやいや、どうしてそんな――」
「こんなに大きな恩を返すためには、あたいのすべてを使っても足りない事は重々分かってるっす。だけどアニキの力になりたいんだ」
「や……いやいや、そこまでしてもらわなくても」
「あたいを好きなだけ使ってください! あたいをアニキのモノにしてくださいっす!」
「言い方ぁっ!!」
慌てたショウはルナールに近づき、肩を掴んで頭を上げさせる。
少し落ち着こう、と深い呼吸を一回。
「……あのな、ルナール。俺が好きでやっていることに恩を感じる必要は無い。君も自分の好きなように生きて行けばいいんだ」
「自分の、好きなように? ってことは、アニキって呼んでも良いってこと!?」
「えー、なんでそうなっちゃう?」
「あたいが呼びたいからそう呼ぶ。アニキはこれまで通りで良いんで! これからもついて行くっす!」
「……分かった。呼び方に関しては好きにすると良いよ。ただし、言葉遣いは畏まらないように。いつも通りでね」
「分かったっす、アニキ!」
急な頭痛を覚えたショウは、自分のおでこに手を当ててため息を吐いた。
目を輝かせながら尻尾をブンブンッと振っている姿を直視できずに、彼は林の方へと振り返る。
「あの、ショウさん……」
「おわっ! セ、セラス? どうしたの?」
「その、わっ……私も――」
「さあっ!アニキもアネゴもあたいに続いてくださいっす! 早く行きましょう!」
「お、おいルナール! ひとりでどんどん進むなって!」
意気揚々と歩き出したルナールを追いかけるように、ショウが駆けて行く。
「……」
しばらくの間、セラスの目に光が戻ることは無かった。
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