13.セラス

「ところで、君はどうして上から滑って来たの?」


「あっ! そ、そうでした! 私、あっちの方でモンスターに襲われて、逃げてきたんです」


「えっ、モンスター!? そいつらは――」


「あ、あそこです! 追いかけてきてます!」


 少女が指差した方を見てみると、丘の上からこちらへやってくる影を見つけた。

 ブヨブヨとした濁ったゼリーのような身体。跳ねて、這っての繰り返しで近づいてくるそれはRPGの定番モンスター『スライム』だった。

 それが三匹、隊列を組むわけでもなくそれぞれがショウたちへ向かって来ている。


「なんだ、あの粘液状の……あれがモンスター?」


「スライムですよ。知らないんですか? ここへ来る前に辺りに出るモンスターを調べてきたので、間違いないです」


「ス、スライムだって? あれが? スライムって、青くて目があって、笑ってる口があるやつでしょ?」


「はぇ?」


 実家にあった古いゲーム頼りの知識だったが、どうやら間違っていたようだ。

 何を言っているのか理解不能な顔をした少女を見て、ショウは自分の認識を改めた。


「とにかく戦闘の準備を……君は戦える?」


「む、無理です! このロザリオは回復魔法の効果を高めるだけで、攻撃力は無いんです」


「だよね……じゃないと逃げてこないか」


「逃げましょう! 道まで戻ればスライムたちも追ってこないと思います」


 少し考えて、ショウは持っていた棍を握り直した。


「いや、俺が戦う。君はできれば援護を」


「だ、大丈夫なんですか? 戦闘のジョブでは無いのでは……」


「これが初戦闘だからね。どうなるか分からないけど」


「――分かりました。できるだけ助けになるように頑張ります。私は回復魔法が得意なので、体力は心配しないでください」


「ありがとう、助かるよ。俺はショウ・ラクーンだ」


「えっ、あ、はい。私は『セラス・プリア』です。よろしくお願いします」


「セラスか、よろしく。俺がもし倒されたらそのまま逃げてくれ」


「わ、分かりました」


「よし、行くぞ!」


 五メートルほどにまでやってきたスライムに向かって、ショウは棍を構えながら近づいていく。

 三匹のうち、他の二匹より少し逸れたところに居るスライムへ標的を定める。

 棍の端を持ち、スイカ割りのような動作でショウは振り下ろした。

 しかし――


「せいっ!」


『ピュー(ヒョイッ)』


 ドガッ!


「なっ! 避けられた!?」


『『『『ピュー!』』』


「うわっ、ちょっ! まっ――」


「ショウさん!?」


 狙われたスライムがショウの攻撃を華麗に避け、他の個体と示し合わせたかのように飛び跳ね、突進を仕掛ける。

 避けようにも身体が動かずまともに三匹の突進を受けたショウは、思わす棍を放り投げてしまい、仰向けに倒れてしまった。

 スライムたちはそのままショウの身体に張り付き、『溶解液』で永続ダメージを与えてくる。


「えっ、いや、ちょっ! あつっ! イタタタッ!」


 このフリーダムバースでは痛覚に限らず、嗅覚や味覚などは初期の設定で最小、感じるかどうかという程になっている。

 臨場感を出したいというプレイヤーはこれらを自己責任で変えることができるが、ショウはまだ初期設定のままだ。

 よって、たとえダメージを受けたとしても痛いはずは無いのだが、当たったということでつい口にしてしまう『アクションゲームのあれ』だろう。

 ダメージを受け始めてから視界に出てきた緑色のバーが徐々に減っていくのを見て、これがゼロになるとヤバイ! とショウは焦る。


『『『ピューピュー』』』


「こ、この! 離れ――」


「――えぇいっ!」


『ピュッ!!』


「ぐほっ!」


 振り解こうと胸辺りにくっ付いていたスライムを引っ張っているとき、ショウはスライムごと攻撃を受ける。

 攻撃の主は、ショウが放り投げた棍を装備したセラスだった。


『ピュ……ピュー』


 セラスの一撃を喰らったスライムは弱った声を上げ、光の粒となって消えていった。


「おぉ! これは……よし、セラス!」


「は、はい!」


「こいつらが俺に張り付いている間に、攻撃してくれ!」


「わ、分かりました! えぇいっ! えいっ!」


 ショウがセラスに向かって大の字に寝ると、まだ彼から離れないでいるスライムを叩き始める。

 倒れている男が腹、足と年端もいかない少女に叩かれている図は、他の者が見たら一体何事かと驚くだろう。

 それでもなんとかセラスの攻撃は、外れてショウ自身に当たるということはなく、綺麗に一撃でスライムたちを倒す事ができた。


「ふぅ……助かったよ、セラス」


「はぁ、はぁ。な、なんとかなって良かったです」


「武器があれば戦えるんだね。俺よりも強いじゃないか」


「いえいえ、そんな! この杖のおかげですよ」


「……それ、一応『棍』なんだけど」


「え!? スタッフじゃないんですか? これ」


「広義の意味的には、まぁ同じ、かな」


 地面に座るように身体を起こして、ショウは苦笑いを浮かべる。

 ただ魔法には影響しない物理攻撃重視のモノだけど、と付け足して説明した。

 それを聞いたセラスは、頭の上にはてなを出すように首を傾げながら――


「そう、なんですね……あっ! そうでした。ショウさん、今傷を治します!」


「えっ、あぁ、ありがとう」


 思い出したかのようにセラスはショウの横に膝をついて、手をかざした。


「傷つきし者に癒しの光を――『ファーストエイド』」


 セラスが呪文を唱えると、手にしていたロザリオが光り、その柔らかい光がショウを包んだ。

 緑から黄色に変わっていたゲージは満タンになり、視界からゆっくりと消えた。


「ありがとう。これで大丈夫みたいだ」


「よ、よかったです。モンスターを倒したのも初めてでしたけど、誰かに回復魔法を使ったのも初めてだったので……」


「そうなの? でも助かったよ」


「そんなそんな――」


『モォー』


 会話中のショウたちに仔牛がゆっくり近づき、二人の間に割って入って来た。


「なんだよ、お前も助けてくれても良かったんだぞ」


『モォー』


 無茶いうなよ、と言いたそうな目をしながら、仔牛は頭をショウの背中に擦り付けた。


「あぁ、分かったよ。悪かったって」


『モォー』


「ふふっ……なんだか、面白い人だなぁ」


 ショウと仔牛のやりとりを見ながら、笑みをこぼしたセラスが、小さく呟くのだった。

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