2.初ログイン

 再び目を開けた匠太が立っていたのは、円柱の中に設置された舞台の上だった。

 壁は舞台を囲うように見上げる限り続いていて、終わりが見えない。

 顔を正面へ向けると、まるでホテルのフロントのようなところに居た一人の女性と目が合った。


『ようこそ、フリーダムバースへ! あなた様の来訪をお待ちしておりました』


 終始崩さない姿勢と笑顔を向けられ、多少気恥ずかしさを感じた匠太。

 それを隠す様に、鼻の頭を掻きながら彼女に近づいていく。

 フロント越しに見た女性は、匠太よりいくらか年上だろうか。

 髪を後ろで結い、ひとつの団子に束ねていて、大人な雰囲気を醸し出していた。


「あっ、えっと。こんにちわ」


 匠太が挨拶をすると、フロントの女性は一瞬キョトンッとしたがすぐに笑顔に戻った。


『はい、こんにちわ……ふふっ』


「えっ、どうしました?」


『いえ、すいません。『ここ』で面と向かって挨拶をされるのは珍しいことでしたので』


「ここ? ……ここって、どういったところなんですか?」


『え?』


「え?」


 匠太の言葉にはてなを浮かべた女性を見て、彼も同じように首をかしげる。


『もしかして、お客様はこういったVRMMOは初めてですか?』


「あー、はい。初めてですね」


 もっぱらSLGをやっていた匠太にとって、自分でなにか行動するというものに馴染みが無かった。

 いつも彼がやっていたのは、範囲を選択したり、物を動かしたり、NPCに指示したり等々。


『そうでしたか。分かりました。ではまずここでどういったことをするのかご説明いたします』


「あっ、はい。よろしくどうぞ」


 と、会釈する匠太。

 人見知りでは無いが、年上との接し方に若干の苦手意識があるのが彼の弱点だった。

 それを見て、女性は笑顔で頷く。


『ここはフリーダムバースへ冒険に出る前の準備を行っていただく場所になります』


「準備……準備、ですか」


『まず最初は、お客様のお名前をお伺いします』


「萩村 匠太です」


『あっ、いえ。本名ではありません。冒険で使われるユーザー名です』


「あ、ああ! そっちですか、はは。えっと……じゃあ『ショウ・ラクーン』でお願いします」


 笑うのをこらえているのか、口元を隠した女性に匠太は再び鼻の頭を掻きながら伝えた。


『はい、かしこまりました。では、ショウ様。私、この度ショウ様のサポートをさせていただくNPCの『サラ』と申します』


 と、サラが匠太にお辞儀をする。


「あっ、どうも……え、NPC!? えっ、本当に?」


『はい。私は管理AI型の登録用NPCです』


「こんなにちゃんと受け答えできるんですね。表情とかも……本物の人かと思いました」


『ありがとうございます。このフリーダムバースは次世代型の自立NPCがたくさん暮らしています。冒険に出ますと多くの出会いがあると思いますよ』


「そ、それは……楽しみですね」


 人間だと思っていたサラがNPCと分かった衝撃の尾を引きながら、匠太は無理やり笑顔を作った。


『ではショウ様。まずはこのフリーダムバースでのショウ様の容姿をお決めください』


 そういってサラが匠太の左隣へ手で視線を促す。

 見るとそこには匠太と同じ背丈のマネキンが置かれていた。


『変更したい部位を触っていただき、自由に編集することができます』


「へぇ、キャラクタークリエイトって奴ですね。本格的なものは初めてです」


『ちなみに、性別も変えることができますよ』


 なにを企んでいるのか、含み笑いをするサラを見て匠太は苦笑いを浮かべる。


「そ、そこまでは結構です」


 苦笑いのままマネキンと向かい合って腕を組む匠太。

 少しの間を開けて――


「現実の姿を取り込むことってできますか?」


『はい、もちろん』


 サラが答えた直後、マネキンがまるで鏡に映った姿のように匠太の容姿に変わった。


「おぉ! すごい、なんか感動」


 取り込んだ自分のアバターを三六〇度ゆっくり眺める。

 本当に生き写しのようで、ほくろやそこから生えている毛まで再現されていた。

 その出来の良さに、匠太はこれで満足してしまった。

 今までプレイしてきたゲームにこの機能があれば、作った街や星を自分の姿で散策できただろう。

 フォト機能があるゲームであれば異世界旅行と称して自撮りしまくっていたに違いない。

 そこが唯一悔やまれるところであったが――


「うん、よく分からないし、このままで良いか」


『え! いいんですか!?』


 カウンター越しに眺めていたサラが驚く。


『他のお客様はベースを自分にしましても、色々理想に近づけるために変更なさいますよ? こだわるお客様でしたら一日かかることも――』


「い、いや、さすがにそこまでは。それに、どこをどうすれば良いのかよく分からなくて……」


『コホンッ』


 と、ひとつ咳ばらいをしたサラ。続けて――


 『僭越ながら私がお手伝いしてもよろしいでしょうか』


「お手伝い?」


『現実の姿ですと、それが原因で身元が分かってしまうリスクがございます。ですのである程度は変更を加えたほうが、快適に冒険を楽しんでいただけるかと。それに――』


「それに?」


『ショウ様は元は良いのです。そこを磨かずに冒険へと出るなんてもったいないです!』


 つまり、素の自分はもったいないってことか? と頭に浮かんだ疑問を振り払って、匠太は頷く。


「そういうことでしたら、サラさんが思うように変えてくれませんか? その、参考までに」


『かしこまりました! お任せください!』


 初対面で失礼な物言いをしたサラが鼻息荒く、自身の前に現れたコンソールを動かしていく。

 その鬼気迫る表情と、どんどん自分の姿から遠ざかるアバターを見守り、数分。


『できました』


「誰だ、これ」


 そこには、世界イケメン俳優名鑑に載っててもおかしくないであろう絶世の美男子が立っていた。


「いや、原形とどめてないし」


『えっ、いけませんか?』


「いけませんねぇ」


 これといったこだわりは無いのだが、この美男子にふさわしい立振る舞いを匠太はできないだろう。

 そこに気を揉むのは面倒だったので、残念だがこの案は没となった。


『そうですか……残念です』


「できれば元をあまり変えずに、ちょこっと手を加えるくらいにしてもらえませんか」


『はい、ではそのように』


 と、見るからにテンションを下げたサラが匠太の原形を調整していく。


『こちらでいかがでしょうか』


 背丈や顔のパーツなどには大きな変化が無く、髪色も黒から紺へと変わった自分を見て、匠太は頷いた。

 『キレイな匠太』と言えばぴったりハマる(元も汚い訳では無いが)アバターの肩に手を置いて――


「いいですね。これでいきます」


『では、登録いたします』


 そう言って、マネキンだったキレイな匠太が消え、それが匠太自身へ反映された。

 体格は変わっていないので違和感は感じず、顔は見えないのでとりあえずは気にしないことにする。

 サラのテンションは会った時と同じような事務的なトーンに落ち着き、次の設定に移った。

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