第3話「そして、まるで悪役令嬢だった私は――」
突然、私達の前に立ちはだかる本庄くん。
でも、その視線の矛先は私ではなく何故か相葉くんへと向かっており、何か納得のいかない様子でした。
「何か用かな?」
「お前が――お前なんかが、何で」
「何でって、何が?」
「何でお前が、高柳さんと一緒にいるんだよ!」
本条くんは、中学時代私への不満をぶちまけた時と同じように、今度は相葉くんへ向かってその黒い感情をぶちまけていました。
けれど、突然本庄くんにそんな事を言われる謂れもない相葉くんは、当然訳が分からないといった様子で少し戸惑っているようでした。
そして、そんな突然訪れた状況を前に、私は久しく忘れていた感情を思い出す――それは、焦りでした。
これまで一切会話もして来なかったけれど、あの頃の仕返しをするタイミングを伺っていたとでもいうのでしょうか。
別にそれが私に向けられるのなら良かった。
けれど、私ではなく相葉くんへ向けられるという事が、こんなにも辛く申し訳ない事だとは思いもしなかった。
しかし、これも全て自業自得。
これまでの捻くれた自分が招いた当然の結果だった――。
それでも私は、この状況を黙って見ているわけにもいかなかった。
まだ私は、これまで散々迷惑をかけた本庄くんに対して一言も謝る事が出来ていないから。
これまでの私は、近づいてくる人を遠ざけられればそれで良かった。
こんな私に近付いてくる方が悪いんだって思いながら生きてきた。
結局他人を信用出来ない私は、私の事しか考えて生きてこなかったのだ。
――でも、今は違う。
私は初めて他人に対して興味を持った。
そして、初めて人と一緒にいる時間がこんなにも愛おしいと思った。
だから、ようやく私にも生まれたこの愛おしい関係を、勝手なのは分かっているけれどどうか壊さないでと願わずにはいられなかった。
だから私は、勇気を出して一歩前へ踏み出す。
正直この状況に適した答えなんて、対人スキルに乏しい私には分からない。
けれど、まずはちゃんと本庄くんに謝らない限り、私は私の望む未来へは進めない事だけは確かに思えた。
しかし、そんな私の様子に気付いた相葉くんは、まるで私を安心させるようにニコリと微笑みながら、片手を伸ばして私の事を制止してきました。
まさか相葉くんがそんな行動を取るとは思わなかった私は、驚いて喉まで出かかっていた言葉を飲み込んでしまう。
「――話がよく分からないけど、俺と高柳さんが仲良くしているのが気に食わないって事でいいかな?」
「あ、ああ、そうだ。高柳さんはな、お前のような庶民で相手になるような相手じゃないんだよ」
「――うん、やっぱりよく分からないけど、それでも一つだけ分かった事があるよ」
「な、なんだよ?」
相変らず相葉くんの考えは掴めないけれど、それでも今の相葉くんは少しだけ怒っているという事だけは感じ取れました。
しっかりと本庄くんの目を真っすぐに見返した相葉くんは、その一つだけ分かったという事をはっきりと口にする。
「本庄くんと高柳さんの間で何があったのかは知らない。でも、きっと彼女は今勇気を出して俺の事を誘ってくれたんだ。それは今だけじゃない。俺と話すようになった頃から、ずっと高柳さんはそんな様子だったんだ」
その相葉くんの言葉に、私はそんな事まで見透かされていたという事に驚きを隠せませんでした。
そして、それと同時に私は何だか救われたような気持ちでいっぱいになりました。
やっぱり相葉くんは、こんな私の事を理解してくれていたという事が嬉しかったのです――。
「高柳さんと俺では釣り合わないとか、そんな事は言われなくても何となく分かってる。でも、だからと言って勇気を出した彼女の邪魔をしていい理由にはならないし、俺もそんな彼女の頑張りを断る理由にはならない」
そして「だから」と前置きした相葉くんは、本庄くんを睨み返しながら最後に一言告げる。
「高柳さんの頑張りを否定する権利は、お前にはない」
相葉くんは、本庄くんに向かってそうはっきりと告げてくれたのであった。
そんな相葉くんの言葉、そして迫力に少したじろいだ本庄くんだけれど、それでも納得いかない様子で再び歯向かおうと口を開こうとしたところで、騒ぎに気付いてやってきた友人の新田くんに肩をポンと叩かれる。
「――おい誠、お前と高柳さんの間に何があったのかは分からないが、今のやり取りだけ見ればお前が悪い。それに見ろ――」
そう言って、新田くんは私へ視線を向けてきました。
そんな新田くんの言葉で冷静になった様子の本庄くんは、促されるまま私の顔を見ると何故かとても驚いた表情を浮かべていました。
どうしたのでしょう――そう思ったところで、私は頬に伝わる一つの感触に気が付きました。
――あれ?もしかして私、泣いているの?
そう、たった今私の頬を伝ったのは、紛れも無く私の涙でした。
でも、なんで――そう思いながら、私は隣にずっと立ってくれている相葉くんの方を振り向くと、やっぱり相葉くんは私を安心させるように優しく微笑みかけてくれていました。
そんな優しい微笑みを前に、私はすぐに涙の理由が分かってしまいました。
――そっか、嬉しかったんだ
さっき相葉くんの言ってくれた言葉が、私は嬉しかったんだ。
――相葉くんだけは、こんな私の事をちゃんと見てくれていた。
――相葉くんだけは、こんな私の事をちゃんと理解してくれていた。
――相葉くんだけは、こんな私を守ろうとしてくれた――。
こうして私は、ようやくずっと胸の中にぽっかりと空いていた穴の原因が分かりました。
――そっか、私は誰かにちゃんと認められたかっただけなんだ
相葉くんは、そんなちっぽけな私に空いていたこの下らない穴すらも、こうして埋めてくれたのでした。
だから私は、覚悟を決める。
涙を拭って一歩前へ踏み出すと、本庄くんの前に立った。
「――今更こんな事を言っても無駄なのは分かっていますが、それでもこれだけは言わせて下さい――これまで色々とご迷惑をおかけして、本当に申し訳ありませんでした――」
私はそう言って、本庄くんへ向かって深く頭を下げました。
そんな私の突然の行動に、教室に残っている皆さんはとても驚いている様子でした。
それもそのはず、きっと皆さんは今日まで私と本庄くんに繋がりがあった事なんて知らなかったでしょうから。
「幼い頃から私は、私では無く高柳という看板目当てに人が集まってきている事を知っていました。それは本庄くんも同じだったはずです」
「――い、いや、俺は……」
「いいんです。だから私は、周囲に対して壁を作るようになりました。誰も私の事なんて見ようとしてくれていないのであれば、私の方から嫌われてやろうと思い、次第にこのような捻くれた性格になっていきました。――ですから、本庄くんには本当に色々と迷惑をかけてしまいました」
私は、自分の気持ちを素直に話す事にしました。
こうして話しをする事で、分かってもらいたいとか、許されたいとか都合の良い事を思っているわけではありません。
ただこれは私の、本庄くんに対する最低限のけじめ――。
「い、いや、それは――じゃ、じゃあもし、俺があの頃の事は全て無かった事にして、もう一度許嫁に戻ろうって言ったらどうする?」
しかし何を思われたのか、本庄くんは予想外の言葉を返してきました。
そして、いきなり語られた「許嫁」という言葉で、何となく私達の関係に感づいた様子の周囲の人々は、また分かりやすく驚いていました。
確かに今時、許嫁だなんて言われたら驚くのも無理はないでしょう。
それだけ私達の家というのは、世間からしたら特殊というだけです。
だから私は、そんな本庄くんへ向かってはっきりと返事をする事にしました。
「――ごめんなさい、お断りします」
「――理由を聞いても、いいか?」
「ええ、どうやら私は、恐れ多くも恋をしてしまったみたいなのです。ですから、こんな浮ついた気持ちで本庄くんを受け入れる事は、本庄くんに対して失礼だと思いますので――例えそれが、親同士が決めた許嫁だとしても」
私は本庄くんの顔を真っすぐ見ながら、そう答えました。
そんな私の答えを聞いた本庄くんはというと、さっきまでの張りつめた緊張を少し和らげると、諦めたように一度ため息をつきました。
「――まぁ、そうなんだろうな。知ってた。見てたら分かるから、言ってみただけだ」
「知ってたとは?」
「だってここ最近の高柳さん、俺には一度も向けてくれた事の無いような表情をしてたから――」
「――そう、ですか」
「ああ、それを見せられた俺は、正直に言って悔しかったんだ。ずっと近くにいた俺じゃ無くて、どうしてそんなぽっと出の相手に対して、そんな表情を向けてるんだってね。でも改めて考えてみると、俺はこれまで高柳さんの事をちゃんと知ろうとなんてしてこなかった。だから分かったんだ、これはきっとお互い様なんだなって――」
本庄くんは、そう言うと一度深呼吸をして覚悟を決めると、再び言葉を続ける。
「――だからさ、高柳さん。改めて俺と友人になってくれないか?」
「――友人、ですか。でも――」
散々迷惑をかけた私が、今更本庄くんと仲良くしてもいいのでしょうか――。
「ああ、友人と言っても何も特別な話しじゃない。朝会えばおはよう、そして帰りに会えばまた明日を言い合う、普通の関係ってだけさ」
「――――成る程。ええ、それでしたら」
私は本庄くんの差し出す手を取りながら、そう返事をしました。
私が手を握ると、本庄くんは少し後悔するように微笑んでいました。
「――なんていうか、俺も前に色々言ったりして、その、あの時はすまなかった」
「謝らないで下さい。こんな我儘で最悪な女を相手に、むしろよく耐えていたと思います」
「ハハ、悪いけど自分でもそう思うよ。でも、だからこそ違ったんだな」
「ええ、勝手な話しだとは思いますが――。では、今日はこれで失礼します」
「ああ――また明日な」
また明日――まさかそんな言葉を本庄くんから言ってくれる日が来るとは思わなかった私は、思わず嬉しくなって微笑んでしまう。
そんな私の微笑みを前に、やっぱり本庄くんは辛そうな笑みを浮かべていました。
「――ごめんなさい、帰りましょう?」
「ああ、帰ろうか」
こうして私は、自分のいざこざに巻き込んでしまった相葉くんに恐る恐る声をかけました。
すると相葉くんは、全然気にしていない様子で優しく微笑みながら、何事も無かったかのように私の隣を一緒に歩いてくれました。
◇
「先程はすみません。――それから、ありがとうございます」
「ん?いや、別にいいよ」
「――それでですね、察しの良い相葉くんなら、もう分かってると思いますが、私は――」
帰り道、勇気を出して私がそう話を切り出したところで、相葉くんは話を遮るように急に立ち止まりました。
「――えっと、高柳さん。いいかな?」
「は、はい、何でしょうか?」
「――俺、人と違うし、よく変わってるって言われるんだ。友達もほとんどいないし、頭が良いわけでも運動神経が良いわけでも、それからお金持ちなわけでもない」
自虐的な言葉を並べる相葉くん。
でも私は、それが大事な話しだという事は分かっているため、そんな相葉くんの言葉を黙って聞く事にしました。
「でも、さっきのやり取りで気付いちゃったんだ。――あぁ、なんだ俺、高柳さんの事が好きだったんだなって」
「――理由を伺っても、宜しいでしょうか?」
「うん、最初はただ気になっていただけだった。何でこの人は自ら嫌われようとしてるんだろうってね。でも、話すようになって分かったんだ、なんだやっぱりこの子全然悪い子じゃないじゃんってね。それからは、俺も高柳さんと話すのが楽しくなって、気が付くと高柳さんの事ばかり考えるようになってたんだよね。でも、その理由が今日までずっと分からなかったんだ。――だけど、さっきの本庄くんとのやり取りで、一つの可能性が確信に変わったんだ――俺は高柳さんの事が好きだから、あんなにも本庄くんが許せなかったんだってね」
相葉くんは、恥ずかしそうに頭を掻きながらも、しっかりと自分の言葉で気持ちをちゃんと話してくれた。
嘘偽りない事が伝わってくるその言葉が、私はとにかく嬉しかった。
「――だから、高柳さん。良かったら俺と、付き合って下さい」
「――はい、こんな私でよければ、よろしくお願いします」
私は返事をすると共に、再び頬に伝わる感触に気が付いた。
今日は本当に泣き虫だなと思いながらも、私はその涙を止める事は出来ませんでした。
人生において、こんなに嬉しいと思った事なんて無かった私は、今だけは全てをさらけ出しました。
それは相葉くんも分かってくれたようで、そんな私の事を優しく抱きしめてくれました。
「――ごめんなさい」
「ううん、謝る必要ないよ」
こうして私が泣き止むまで、相葉くんは優しく抱きしめていてくれたのでした。
◇
「おはよう、高柳さん」
「おはようございます、本庄くん」
朝登校すると、先に教室にいた本庄くんが挨拶をしてくれました。
だから私も、ニッコリと微笑みながら挨拶を返したのですが、隣にいた高木さんが私の事を睨んできました。
あの一件から、私は相葉くんとお付き合いする事になりました。
そして本庄くんはというと、教室であのやり取りの一部始終を見ていた高木さんに告白され、お付き合いする事になったようです。
高木さん自身、ずっと本庄くんに想いを寄せていたようで、だから元許嫁の私の事が気に食わないというのは当たり前の事でしょう。
ですからこれは、私が時間をかけてでもしっかり向き合う問題だと分かっていますので、そんな高木さんに対して悪い感情など抱きません。
むしろ、好きな人の為に素直に一生懸命になれている彼女の姿は美しいとすら思っている程です。
そして本庄くんはというと、高木さんに告白されて暫くは答えを保留にしていたようですが、本庄くんは本庄くんなりに気持ちの整理をした上で、これからはしっかりと高木さんと向き合う覚悟を決めて受け入れたとの事でした。
もう私の時のように、許嫁だとか可愛いからだとか、そんな上辺だけで相手を見る事はしたくないと話す本庄くんの言葉に、私はまた少し心を痛めてしまいました。
もし幼い頃の私が、もう少し強かったら結果はどうなっていたんだろう――なんて考えが過りましたが、すぐにその考えは取り消しました。
何故なら、結局本庄くんに私は相応しくないからです。
そう思えるのは、今の本庄くんと高木さんを見ていればすぐに分かる事です。
「ちぇ、結局相手無しは俺だけかよ。爆発しろ」
そこへ丁度、朝練を終えた新田くんがやってきて冗談を言った事で、私達は一緒になって笑い合いました。
こうして皆で一緒に笑い合える関係は、私にとって新たな大切なモノになっています。
それから私は自分の席へ着くと、少し遅れて隣の席から椅子を引く音が聞こえる。
「――はよ」
そして、やっぱり朝は弱いようで今日もギリギリ聞こえるぐらいの声で挨拶をされたので、私もいつも通り挨拶を返す。
「はい、おはようございます和樹さん。今日もお弁当持ってきましたよ」
私がニッコリと微笑みながらそう言うと、和樹さんは顔だけこちらに向けて少し不満そうな表情を浮かべる。
「――うん、それは有難いけど、野菜は苦手なんだよ」
「駄目ですよ?野菜もちゃんと食べて下さいね。じゃないと――」
「じゃないと?」
「――将来一緒になった時、病気になられても困りますから――」
自分で言っておいて、恥ずかしさから思わず頬が熱くなっていくのを感じる。
それは和樹さんも同じようで、見る見るうちに顔が赤くなっていくのが分かりました。
「――じゃあ、しょうがないな、食うよ」
恥ずかしそうにそう呟く和樹さんの姿に、私は自然と笑みが零れてしまうのでした――。
こうして、まるで物語に出てくる悪役令嬢のような私は、今では笑い合えるお友達、そして何より大切な相手に囲まれているおかげで、退屈だった学校生活も毎日楽しく過ごす事が出来るようになったのでした。
まるで悪役令嬢な私を変えてくれたのは、貴方でした ~完~
まるで悪役令嬢な私を変えてくれたのは、貴方でした こりんさん@コミカライズ2巻5/9発売 @korinsan
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます